笑うバロック(648) 続(635)もしかしたらマレ録音史上初かも

ケラスとタローのマレ・アルバムについて。
ケラスの音はなめらかつやつやでシンプルに美しい音なのだと思います。ですが何だか遠くの音に聴こえました。ガラスの向こうで鳴っているBGMのような音楽。聴く人の気に障ることは絶対しません。その分聴き手を寂しくさせる演奏かしら。
もっとも、マレの音楽が遠くの音であり、ガラス越しのBGMでは、と考えるとまあそうかもしれません。
でも、ガンバで聴いたときそう聴こえなかったのはなぜなのか。初めて接したライブのマレは1987年シュタインマン来日時に聴いた平尾さんのソロでした(今村泰典氏のリュート伴奏)。この時も遠くに感じました。ただ、こちらから近づいてみなければ、という思いを抱かせるものでした。
「5つの古いフランスの舞曲」という編曲(ビオラとピアノのため、1917年ロンドンで出版あり)は1988年にユーリ・バシュメット来日のプログラムにあったかと。やはりもっと近づかないとわからないなあ。

バシュメットは1981年の旧ソ連のテレビドキュメンタリーでマレを弾いています。2008年くらいのCDでは2つのマレ編曲を録音しています。ケラスは録音では第3巻のイ短調プレリュードから始めています。バシュメット盤はニ短調とありますが楽器違いで編曲移調された同じ曲です。
バシュメットは特段古楽と関わりはあまりなく、いわゆる古楽の響きとは一線を画しています。マレはすべてピアノ伴奏。よく言えば生粋のビオラ奏者。そうした点ケラスはいかにも現代の名人で器用に古楽の人たちとコラボします。
しかし、マレやクープランを、「器用」で弾くのは違和を覚えます。
不思議なもので、聴いているとバシュメットの方が「古さ」を意識しているように感じます。ビオラレパートリの拡充を目指す先人が編曲したビオールの作品を、編曲が生まれた時代背景を意識して、ショスタコービチ、ヒンデミット、バルトークと並べる構成を、現代のビオラ奏者として考えているような、気がします。
ケラス、タローのチェロ、ピアノ版マレ・アルバムにはケラスがどこに立って、どこに敬意をはらい、どこに向かって弾いているのか、わたしには無味無臭に感じてしまいます。バシュメットはマレをレパートリにしたけれど、おそらくバッハのガンバ・ソナタは弾いていないと思います。バッハの無伴奏チェロをビオラ版にして弾こうという意識もあまりなさそう。コダーイ編曲のバッハの半音階的幻想曲も弾いていないのではないかしら。

Альтист Юрий Башмет - video 1981

この第3巻の編曲はロベール・ブーレイというビオラ奏者。姓名から推察するとローランス・ブーレイの親か兄弟でしょうか。出版楽譜では、通奏低音のリアライズはローランス・ブーレイが担当しています。1953年ころにふたりのブーレイによって録音も。

1954年ころにはマレの第4巻の2つのガンバのための組曲のビオラ編曲版を録音していました。こちらはロベール・ブーレイとマリ・テレーズ・シャイエ・ギヤルのビオラ、ローランス・ブーレイとイルムガルト・レヒナーの2人がクラブサン伴奏。

1954年ころ

一方、フランスバロックの泰斗ローランス・ブーレイ女史には、こんな録音がありました。
チェロ奏者エチエンヌ・パスキエとのマレ。どうやら第1巻からト短調でまとめた組曲。パスキエとはバッハも録音しています。ただし伴奏はあくまでクラブサンです。このパスキエ、メシアンの「世の終わりのための四重奏」の初演者です。

1957年ころ


ケラスのマレは、ドビュッシーとプーランクのアルバムの路線で計画されたのかもしれません。なんでも器用に高水準の録音を残すチェロ奏者なのですが、わたしには器用貧乏な雰囲気に聴こえてしまいます。


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