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140字小説

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140字以内の小説をまとめました。 全作無料で読めます。有料版との違いは、目次+あとがきの有無です。
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#140字小説

弱盗

強盗になりきれなかった私は、弱盗になった。
人の弱さを盗み取っては売りさばくのだけれど、弱さなんてだれも欲しがらない。
増えてゆく弱さの在庫。
弱さを盗まれた人たちは強さしか残らず、立派な強盗になっていく。
奪われた弱さには見向きもせずに。

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送別会

旅立ちの前日、みんなが別れを惜しんで、送別会をひらいてくれた。

「あなたがいなくなっちゃうなんて寂しい」
「私も、私がいなくなっちゃうなんて寂しい」

いなくなってしまった私のことを、今でも私は考えるのです。

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髪の実

チェリーみたいな赤紫の実が、髪の毛先にぽんと生えるようになった。
最初は気味悪くて捨てていたけど、バカな弟が口にして「美味い」の一言。

それから私の髪の実は大盛況。
おやつ代わりに友達によくもぎられます。

だけど好きな人には絶対に食べさせない。

この気持ちの意味は、髪の実ぞ知る。
なんてね。

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現実

「もう現実なんか見たくない」
「目を背けるんなら、背けた先にちゃんと見るもの用意しとかなきゃね」
「何も見たくないんだよ」
「でもあんた見るものなかったら、自分を発見できないじゃない」
「じゃあ、君を見る」
「そうしなさい」

 それからずっと、一緒にいる。

 現実よりはいいものを見つめ続けて。

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でも

この国のどこかに『でも』が密集している部屋がある。

『でも』の主張は一貫していた。

どれだけ考えても、どれだけ納得しても、どれだけ感銘を受けても、どれだけ変わろうとしても、どれだけ笑われても、でも、私にはできない。

それでも活動は続く。

部屋の中を回っているだけなのに、いつまでも。

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私にできないことならやりましょう、と、全能の神は言った。

できることしかないなんて、無能な神ですね、と私は言った。

できないことを探して、神は私の家に居候している。

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サーチライト

スマートフォンの画面が光ったと思って見つめると、それはバックライトがきえる瞬間で、視界の端でとらえる光の消失が、いつもまぶしい。

光は失うときがいちばん輝いている。

星と同じだ。

光を失うことで、光っていたという事実が鮮明に届く。

消失のきらめきは何よりも輝かしく、心を惹きつける。

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「なんかもう出がらしで生きてる気がするんだ」
「余生みたいな?」
「そう余生。でもね、冷静に考えてみれば、生まれたときからみんな余生なんだよ!」
「……うん、そんなどや顔で言われても困るけど」
「そんで余生のあとには余死があるわけさ!」
「おーよしよし」
「慰めなんて……慰めなのそれ?」

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なれ

「なれあいというのは一人じゃできないので、一方通行の場合は「なれ」と呼ぶべきです」

という論を後輩は唱える。

「私と先輩で言うと、先輩からのなれですね」
「いや俺はおまえになれてないけど」

なぜか驚愕されて、以来、なれるまでという名目で付き合いが始まった。

なれあいはまだ完成しそうにない。

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生い立ち

生まれたあなたは世界最年少の心を育て始める。

心は子孫を残さないし、別れることもできない。死ぬまで一緒に生きていく。

時には色を変えたり、姿を隠したり、声を失ったりもするけれど、いつでも離れることはない。

どうして私なんかを育てたの、と聞かれる時もある。

それでもあなたは心を手放さない。

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強盗

これで最後と決めていた。

自転車で追い抜きざまに、老婆が大事そうに抱え込んでいた手荷物を奪い取る。

バッグの中には硬貨の一枚もなく、真っ白な卵が一個だけ。

どうしたものかと悩んでいると、殻が割れてピアノが出てきた。

小さすぎて鍵盤が押せない。

太く歪に育った自分の指をじっと見る。

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仕事

落ちこぼれを拾う仕事をしている。

今にも落ちこぼれそうな人を見つけ、監視し、落ちこぼれた瞬間にさっとすくい上げて混乱させる仕事だ。

落ちこぼれたはずだったのに、折りよくおさまっている事に気付いたときのあの顔!

頼むから落ちこぼれさせて下さいなんて頼んできた奴もいたが、俺は容赦しない。

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魔女の魔法

自分の気持ちを分かってもらえず、泣いてばかりいる娘がいました。

娘を憐れんだ魔女は、魔法をかけてあげました。

するとどうした事でしょう。娘が流す涙に、感情が宿ったのです。

「お腹がすいたよ!」

「眠たいよ!」

「寂しいよ!」

一粒ごとに、娘の感情を呟く涙たち。

娘は思いました。

正直すごく邪魔。

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世界一

ママのご飯が世界一おいしい、と息子は言った。

「パパもそう思うよね?」

何気ない息子の呟きに、私は答えられなかった。

翌日、私は長い休暇を取り、息子を連れて世界中を回る旅に出た。

ありとあらゆるご飯を食べ、記憶する。

帰国後、自宅に妻の姿はなく、私は息子の言葉を証明できないことに涙した。

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