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いじめの相談と守秘義務

スクールカウンセラーなどの心理職向けの記事です。

毎日新聞に、「いじめ相談内容、保護者の意向に反し学校に漏らす 西宮市教委」という記事が掲載されていました。

スクールカウンセラーや心理職として、この問題は誰にでも降りかかってくる問題だと思います。記事を元に考察してみました。

組織の問題と捉えるべきでは?

 教育行政という大きな組織の中の中で、(おそらく非常勤の)心理士による相談活動は組織の動きの中のごく一部分を担っているに過ぎません。組織がしっかりと相談活動の役割や機能を組織の活動全体の中に位置づけることが大切で、それが不十分だと深刻なケースでは支援や対応が上手くいきません。

 今回の事案の問題は、相談活動を組織の中に適切に位置づけていなかったために生じた問題だと考えられます。少しずつ考えて行きます。

いじめ相談の役割や機能

 色々な教育委員会で、いじめの相談窓口が設けられていて、いじめの相談が行われています。ホームページで周知されていますが、どのような役割や機能を果たしているのかについては、明確にされていないことがほとんどです。しかし、いじめの相談では、相談を受けた後の対応や支援は、事案の特徴や相談者の思いやニーズによって、様々な対応が求められるはずです。大きく、以下の4つに分けて考えます。

(1) 相談者の気持ちを受け止めて、心理的なケアをする

(2) 具体的な対処方法をアドバイスする

(3) 相談者からの情報を基にして学校に働きかける

(4) 相談者とチームになって、対策を考え事態に対処する

 (1)と(2)は、相談という枠組みの中で対応・支援できるケースです。ほとんどの相談の中で自然に行われているものです。多くの場合、この(1)や(2)の関わりで、相談は進んでいくと考えられます。

 (3)は、現実的な対応が必要な場合です。学校という枠組みの中で対応・支援しなくてはならないケースだと言えます。できるだけ早く、いじめを止めなくてはならない場合には、(3)の対応が取られることが多いと思います。この場合、相談者から了解を得つつ、どのような目的でどのように働きかけるかについて、相談者と共通理解を得る必要があります。しっかり打ち合わせをしてかなり具体的に決める必要があると思われます。もちろん当事者である子ども本人の思いやニーズをしっかりと踏まえる必要があります。

 (4)は、深刻ないじめが生じている場合です。深刻ないじめが生じている場合は、被害を受けているこの児童やその学級に問題が生じていると考えるのではなく、この学校全体が対処する機能を失っているという問題だと考えることが必要です。そのため、(3)のように単に学校を指導するということでは、かえって問題が大きくなってしまう可能性が高いと考えられます。(4)は学校が機能していないため、学校という枠組みを超えて、市の教育行政として対応・支援するケースです。この場合は、保護者や子どもと市教委の担当者がチームになって、支援や対応を考えなくてはなりません。極めて具体的に打ち合わせをして、子どもや保護者の気持ちに寄り添いながら、一歩ずつ丁寧な支援・対応が必要になると考えられます。

 このように対応や支援が異なってくるわけですから、いじめ相談を運営している組織(市教委)が、いじめ相談の役割や機能を以上のような形で整理して捉えていることが極めて大切です。どのような事案で、どのような対応や支援を行うことが望ましいのかを明確にして、その際の対応の流れを明確にすることが求められます。そして、市教委として、それを組織内(相談員を含む)で共通理解を図ることが重要です。

今回の事案について

 今回の事案では、深刻ないじめが生じているという事案の性質上、(4)の対応が必要だったと考えられます。一方、保護者は、(1)や(2)の対応を求めていたと考えられます。
 電話相談では、(3)の対応を念頭に置いて、「説得」をしてしまったのではないかと思います。勝手な想像ですが、教育委員会の通常対応の流れだったの可能性は高いと思います。そのため、相談を担当した臨床心理士もしっかりと検討することなく(3)の対応を取ってしまったのかもしれません。そして、教育委員会も(3)の対応を行ったために、問題が大きくなったと捉えることが適切だと思います。

 なお、記事では情報を学校に漏らしたことが問題のように書かれていますが、相談者と上手くチームになって支援・対応を行っていくことができなかったという問題だと言えます。その背景にある、組織としての準備不足こそが本質的な問題です。

また、記事では市教委のコメントが以下のように紹介されています。

「市教委は、保護者への確認不足と、担当者間での情報共有の不足があったと認め、今後は保護者の意向確認の徹底や、複数の担当者で対応方法を確認するとしている。」

とのことです。

 このコメント自体が、市教委が十分に理解できていないことを明確に示しています。そもそも、上記のようにいじめ相談の役割や機能を明確に位置づけることができていないということがあるのですが、担当者の問題や担当者間の情報共有の問題にしてしまっています。まずは、いじめの電話相談が果たすべき役割や機能から整理して考えなくてはならないと思います。

心理職として

 以上のように、相談活動が組織の活動の中で役割や機能がしっかりと位置づけられていないことがあります。実際上、そのような場合は多いのではないかと思います。臨床心理士などの心理職は、自分の所属している組織が、心理職の役割や機能を組織の活動の中に位置づけているかどうかを、自分の専門性を生かして、しっかりとアセスメントする必要があります。そして、支援や対応がどの枠組みの中で行われるべきかを判断することが求められます。

 こういった判断をもとに活動することがクライエントを守ることになり、さらには自分自身を守ることにもつながると思います。

臨床心理士の倫理として考える

日本臨床心理士会の倫理綱領を見ると、今回の事案に関連する内容があります。まず、第2条の秘密保持と第4条のインフォームドコンセントが該当します。以下に、倫理綱領を引用します。http://www.jsccp.jp/about/pdf/sta_5_rinrikoryo0904.pdf

第2条 秘密保持
会員は,会員と対象者との関係は,援助を行う職業的専門家と援助を求める来談者という社会的契約に基づくものであることを自覚し,その関係維持のために以下のことについて留意しなければならない。
1 秘密保持
業務上知り得た対象者及び関係者の個人情報及び相談内容については,その内容が自他に危害を加える恐れがある場合又は法による定めがある場合を除き,守秘義務を第一とすること。
2 情報開示
個人情報及び相談内容は対象者の同意なしで他者に開示してはならないが,開示せざるを得ない場合については,その条件等を事前に対象者と話し合うよう努めなければならない。また,個人情報及び相談内容が不用意に漏洩されることのないよう,記録の管理保管には最大限の注意を払うこと。

第4条 インフォームド・コンセント
会員は、業務遂行に当たっては、対象者の自己決定を尊重するとともに、業務の透明性を確保するよう努め、以下のことについて留意しなければならない。
4 自他に危害を与えるおそれがあると判断される場合には、守秘よりも緊急の対応が優先される場合のあることを対象者に伝え、了解が得られないまま緊急の対応を行った場合は、その後も継続して対象者に説明を行うよう努める。

第2条第2項の情報開示の内容に該当する問題ですが、今回の対応は倫理的な問題があったと捉えられます。ただし、説明をして同意を得たと思い込んでいたわけですので、単純な守秘義務違反とはなりにくいと思います。また、個人的に勝手に動いて学校まで伝えたということでなく、組織の上司に伝えて組織として判断して学校へ伝えたということですから臨床心理士個人の守秘義務とはなりにくいと考えられます。また、私の推測のように、相談業務が市教委の業務の中での位置づけの不十分さがあったうえでの組織としての通常対応の範囲だったと捉えられる場合には、臨床心理士個人の倫理違反は大きくはないと判断されるかもしれません。
また、いじめの被害を受けているということですから、第4条インフォームドコンセントの第4項に書かれていることに該当する可能性があります。ここでも、十分な説明と同意が得られているわけではないので、この内容から倫理的な問題があったと捉えることが必要です。

ちなみに、今回の事案によって臨床心理士個人の倫理違反について、日本臨床心理士会に通告などがあった場合には、日本臨床心理士会倫理規程に基づいて倫理委員会が調査などの対応をすることになると思われます。

この場合、調査に基づいて処遇が決定されます。処遇は、厳重注意、教育・研修の義務づけ、一定期間内の会員活動の停止、退会勧告、除名となっています。

今回の事案では、私の個人的見解ですが「教育研修の義務づけ」という処遇になるのではないかと思います。
了解を得たとの思い込みがあった、組織としての動きであったという点から考えると、連携、チームの構築、保護者面接での支援のあり方などについて、学びを深めてもらうことが適切ではないかと思います。

公認心理師だった場合

この事案の心理職が公認心理師だった場合、守秘義務の問題はどのように捉えると良いでしょうか? 公認心理師法を見ると、第41条に秘密保持義務が書かれています。

(秘密保持義務)
第四十一条 公認心理師は、正当な理由がなく、その業務に関して知り得た人の秘密を漏らしてはならない。公認心理師でなくなった後においても、同様とする。

この条項に違反したと判断される場合は、登録の取り消しまたは公認心理師という名称の使用が期間を定めて停止される可能性があります(第32条)。また、1年以下の懲役又は30万円以下の罰金を課される可能性があります(第46条)。ただ、この場合告訴されて裁判を経ることになります。

この事案で、どのように判断されるかは分かりませんが、第41条の条文に「正当な理由がなく」と書かれていることは大切です。個人的な考えですが、今回の事案では、市教委としての正当な理由はあったと考えられますので、第41条に違反しているとは判断されない可能性が高いと思います。

倫理と法律の二段構えの意味

法律というのは、倫理よりも厳密・厳格なものです。そのため、倫理違反とされることでも、法律違反とならないことは非常にたくさんあります。つまり、法律だけでは倫理的な問題には対応できないのです。
また、逆に深刻な事案は倫理だけでは対応できません。臨床心理士の資格から除名されても、それだけで終わりです。公認心理師であれば、法律で罰せられて1年以下の懲役又は30万円以下の罰金となる可能性があります。
こんなふうに、倫理と法律の二段構えになっていることは、様々な倫理違反行為に広く厳格に対応することができるのです。

こういったことがあるため、カウンセリングを利用する場合には臨床心理士と公認心理師のダブル資格のカウンセラーに相談することが安心・安全にカウンセリングを利用することにつながると思います。

日本臨床心理士会倫理規程
http://www.jsccp.jp/about/pdf/sta_4_rinrikitei20170512.pdf

日本臨床心理士会倫理綱領http://www.jsccp.jp/about/pdf/sta_5_rinrikouryo20170515.pdf

公認心理師法
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=80ab4905&dataType=0&pageNo=1


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