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「好きを仕事に」が蔓延する社会。

スティーブ・ジョブズ伝説のスピーチ。

 2005年、スタンフォード大学の卒業式でスティーブ・ジョブズさんの伝説のスピーチを筆頭に、先進国全体で「好きを仕事に」が流行しているように感じる。

 日本社会でも、バブル期のような年功序列賃金もなければ、大企業ですら終身雇用の維持が難しいとされ、40歳を過ぎた辺りから希望退職者を募って人員整理を進めている印象すらある。

 その中で、労働で目に見えた対価が得られない不確実な社会なら、せめて好きなことを仕事にしてQOLを高めようと、自己実現を仕事に重ねる動きを目にするようになった。しかし、仕事と自己実現を本当に重ねてしまって良いのだろうか。

好きを仕事にすると嫌いになる。

 最近の小学生に将来なりたい職業を聞くと、それなりに高い割合でYouTuberと回答されることが、保険会社や日本FP協会の調査で明らかになっている。

 確かに、YouTubeに投稿されている動画からは、投稿者の楽しそうな雰囲気が伝わり、これで生計を立てられるのであれば、好きなことだけ行って生きていけそうな気がする。

 しかし、本当に好きなことだけ行って生きていけるのだろうか。私は中学時代、放課後自由にコンピュータ室のパソコンが使えることを理由に科学部に所属していた。

 幽霊部員多数で、それらしい実験も予算の都合上、年に1〜2程度しかなかったから、実態としてはひとり自由研究状態で、ニコニコ動画全盛期の頃にWindowsムービーメーカーでクソ動画を自主制作した経験があるが、編集作業でカット割りや字幕を入れる面倒臭さを嫌というほど味わった。

 ある程度収益化できれば、面倒な作業を外注化することも可能だが、その領域に達するまでの間は、基本的に自分で全ての雑務をこなさなければならない。

 これは何もYouTuberに限った話ではなく、独立・起業全般に言えることである。好きなことだけで生きていく為に独立したのに、会社員時代には分業されていて、やらなくてよかった営業や経理・総務などの余計な付帯作業が却って増加してしまい、本業に集中できなくなるなんて事態は職人気質な人ほど陥りやすい。

 好きなことをする前に、やらなければならないことが多過ぎると、次第に好きなことに集中できなくなり、いつしか気分が乗らなくなって、最後は嫌いになってしまうのである。

2番目に好きなことを仕事に?

 これは私が実際に聞いて胸を打たれた言葉である。一見、なぜ?と思うが、いちばん好きな物事はこだわりが強過ぎて妥協できず、多い通りにならないことで嫌いになってしまった際、逃げ道がなくなってしまうと言った感じの説明だったのをおぼろげながら覚えている。

 例え両親の助言だろうと鵜呑みにせず、少しでもおかしいと感じれば理詰めで論破して、大人の言うことを聞かなかった、タチの悪い少年時代の私でも、この言葉は納得したのである。

 私は22歳の時に電車を運転する立場となったが、私にとって電車の運転は男の子なら一度は経験するであろう、大きい鉄の塊を意のままに操縦するカッコよさから憧れるような、好きか嫌いか問われれば、嫌いではないから好き程度の普遍的なものでしかなかった。

 養成所同期が新発売のNゲージで盛り上がる中、これから嫌でも毎日見る電車の模型を、何が好きで身銭を切って買うのだろうかと思う程度に冷めていた。

 それは一番好きなものがエヴァンゲリオンだったからである。結果論ではあるが、年齢的に本気でアニメーターを目指せば、奨学金を借りて然るべき大学を出て、スタジオカラーに入社して、何らかの形でシン・エヴァンゲリオン劇場版の制作に携われた可能性はあったが、私はその道を選ばなかった。

 師と仰ぐ宮崎駿さんが、「庵野は血を流しながら映画を作る」の発言からも分かるように、没カットの屍の上に成り立つ作品である。制作はキツいだろうし、苦労の割に合わないのは目に見えている。人生の救いとなった作品そのものが嫌になって、過去の自分を全否定するような事態を想像するだけでも恐ろしかった。

 これは、さようなら全てのエヴァンゲリオン~庵野秀明の1214日~の後半部分における、CGI監督の鬼塚さんの発言で「最初に言うんですよ。(中略)エヴァンゲリオン最後まで好きでいてくださいって、嫌いにならないでくださいって、何回も直すし無くなることもありますって、だけど最後までお付き合いくださいって」に趣味を生業にした瞬間、それが趣味ではなくなってしまう本質が詰まっていると感じた瞬間だった。

 世の中に蔓延る「好きを仕事に」は、例えどんなに嫌いなこと、つまらないことでも割り切って取り組む覚悟が必要なのである。

どの仕事も、初めから好きだったわけではない。

 鈴木祐さんの科学的な適職の内容でも、好きなことを仕事にしても幸福度は持続しない。仕事は続けるうちに好きになるもので、結果として天職になることが、2015年に行われたミシガン大学の研究で明らかにされている。

 SOD創業者である高橋がなりさんも、アダルトビデオ自体は嫌いだったが、当時のアダルトビデオ業界は経営が甘かったことから、ちゃんとした経営をすれば勝てることを確信してSODを立ち上げ、今の地位を築いている。

 そうして、経営しているうちにアダルトビデオを好きになれたと、マネーの虎で発言していたことからも、思い入れのない仕事から好きを探すことの重要性が窺える。

 私の実体験としても、志願した鉄道乗務員よりも、乗務員になるための腰掛け程度に考えていた駅員の方が、思い出補正的があることを差し引いても幸福度は高かったように感じている。

 生業にしている以上、どんなに気が乗らなくても、決められた行路を決められた通りに乗務しなければならないし、長時間の行路に限ってブレーキのクセが悪い編成が充当されたとしても、お金を貰って運転しなければならない。電車でGO!のようにお金を払い、乗り気な時だけ区間と車種を自由に選んで運転するのとは訳が違うのである。

 今、思い入れのないことを仕事にしている人はチャンスと捉えよう。つまらないことでも割り切って熟しているうちに、きっと天職に巡り会えるから。

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