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国民は増税、自民は脱税?


税金一揆が起きる日も近い?

 絶賛確定申告期間の今、政治資金問題でいわゆる裏金が雑所得扱いとなるため、脱税ではないかとの見方が有力となっており、マルサは何を忖度しているのかと思う一方で、背中を見せる立場の政治家が脱税しているのなら、庶民が脱税したところで文句は言えない筈である。

 しかし、現実は庶民は脱税でペナルティを受けているのに対して、政治家は2,000万円レベルで収支報告を忘れていても、訂正報告と無罪で済んでいる状態は、もはや社会主義国と揶揄されても致し方ない状況となっている。

 野党から「税金一揆が起きますよ」と糾弾される体たらくだが、現状維持を良しとする、なぁなぁまぁまぁの文化で、この状態を誘発した我々にも、税金の使い道を透明化する方向に圧力を掛けてこなかった意味で、責任の一端はあるだろう。

 性善説に基づき、源泉徴収という名のノーガード納税装置で、ブラックボックス化している税の使い道。国民負担率40%台後半と、まさに五公五民のネオ江戸時代な現状が、反乱によってドラスティックに変化するイメージは湧かない。

 だが、勘の良い人は既に海外移住したり、もしくは実行できる体制が整っているか、国内に残るにしても税制を知り尽くして、平均的なサラリーマンよりも、遥かに少ない税額しか合法的に納めない方向に舵を切る形で、馬鹿正直に五公五民とはならない術を持ち合わせている。

 たくさん稼ぎ、たくさん納税するのが社会的には美徳なのかも知れないが、横並び意識の強いこの国で、たくさん稼げば妬まれ出る杭を打たれては、足の引っ張り合いに終始するリスクを負う。

 そこまでして働き、納税したところで政治家の汚職で、税金が有効に使われていない可能性があるのなら、世間一般のモノサシにおける高給取り(本物は確定申告必須のため、あくまでも世間一般でイメージされる高給)として、源泉徴収で自動的に納税される仕組みを、馬鹿らしく感じるのは自明の理だろう。

 その手の人たちが、現在は少数派かも知れないが、金融教育によって勘の良い人が量産されれば、合法的に税から逃れる形で、静かな税金一揆が起きる日は近いのかも知れない。

算出できない所得の申告は無理ゲー?

 かく言う私も、20代ながら税制の歪みを利用して、所得として捕捉される名目値で落ちこぼれ感を出すことにより、シルバー民主主義で厚遇される弱者側として立ち振る舞うことで、合法的に税負担から逃れ、便益は享受する形で割合平穏な生活を営んでいる。もちろん、7万円給付を受け取る側に位置する。

 税務署や自治体の税務課に、所得として捕捉される金額を少なくすると記すと、いかにも所得隠しを行ったり、実態の伴わない個人事業で赤字を計上するみたいな、紛れもない黒や、それ寄りのグレーなものを思い浮かべがちである。

 政治家の裏金ほど露骨なものでなくても、某優待名人さんが「株主優待には税金が掛からない」と語っている。これも厳密には雑所得として、年間20万円を超える場合に確定申告が必要となるため、自転車で爆走している某氏が受け取っている株主優待の総額だと、確定申告していなければ脱税に当たる。

 とはいえ実際問題、それでマルサが動くかと問われれば、可能性はほぼ無いだろう。仮に5億円の株式を優待利回り1〜2%で運用しても、毎年得られる株主優待の総額は500〜1,000万円と概算する。

 その雑所得の然るべき税率は、所得税+住民税で30〜43%と税額にして150〜430万円。遡れる7年分で見積もっても、脱税額は3,000万円程度にしかならず、マルサが動く目安となる脱税額1億円には程遠い。

 また、脱税で刑事告発に足る根拠となり得るレベルで、贈呈された株主優待で享受した利益を算出するのも現実的ではない。金券くらいは算出できても、自社商品の贈呈や、無形のサービスと引き換えた場合、無いものを証明することになるため、取れるであろう税額を考えたら、調査する膨大なコストは割に合わない。

 だからと言って有耶無耶にして良いとは思わないが、所得として算出しようがない株主優待を、雑所得として申告するのも無理ゲーだろう。

コストが限りなくゼロならコスパは最強

 ましてや住民税に20万円ルールの特例は存在しないため、本来であれば株主優待が贈呈された年は1円から申告する必要があるものの、複雑怪奇な税制故に、パンピーに申告不要と勘違いされる20万円以下は見過ごされがちである。と言うよりも、一々指摘していたらキリがない。

 これは株主優待に限った話ではない。農家のお手伝いをして見返りで貰えるお米や野菜みたいな、地域のコミュニティ内で、労働力と引き換えに金銭を介さず贈与されるモノ。献血ルームで提供されるお菓子や飲み物。Web上の報酬をギフト券に引き換えた等々。

 これらは贈与ではあるが、所得金額として捕捉することが現実的ではなく、かつ暦年で見ると少額故に、ひとつひとつは見過ごされるような利益である。

 これらを複数組み合わせることで、所得上は低所得者として落ちこぼれ感が出て、弱者救済の民主主義らしく、税金や年金免除、健康保険料減免の施しを受けながらも、実態としては身を粉にして死んだ魚の目をするような働き方はせず、ゆるく自活できる。

 税金という名のコストを支払うから、コスパ至上主義に則って費用に見合う効果を期待してしまうわけで、そもそもコストが限りなくゼロに近ければ、効果が多少杜撰でも元は取れるコスパ最強状態となるため、政策に期待を抱かなくなる。

 税金一揆が起きるとしたら、見限る形での政治離れとセットで起きるのが私の推察であり、最良の官僚ばかりが集う現在の衆愚政治では、「決断」という名の方針転換が成されないうちは、盤石な生存戦略となるのかも知れない。


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