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人を責めるな、しくみを責めろ。

デッド・ザ・ロック。

 3/2 21:50頃、JR川越線の単線区間で上下線の列車がお見合い状態となり、乗客が3時間近く閉じ込められた。川越線と聞くと埼玉の田舎路線と思われるかも知れないが、大宮-川越間は埼京線と一体運行となっているため、池袋、新宿、渋谷を走っている10両編成の列車がそのまま乗り入れ、一個列車の定員(乗車率100%)は1564名となっている。

 そのため万が一、列車事故が生じた場合の被害は甚大になる可能性が高いことから、本件の報道で「あわや正面衝突」などの過激な見出しが用いられているが、本件で正面衝突が起きる可能性が、絶対ないとは言い切れないものの、業界人としては仮に運転士がファインプレーをせずとも大事故には至らなかっただろうと思う。

 と言うのも、本件の概況を見る限りでは、指扇駅を出発した下り列車の進路が本来の南古谷駅に向かうものではなく、回送列車用の川越車両センターに向かう進路が構成されていたことに起因するものだからだ。

 なぜ営業列車で回送列車の進路が構成されたかの疑問は残るものの、下り回送列車、上り営業列車のパターンであれば、信号及び転てつ機(以下ポイント)の動作は安全が担保されている構成であり、正面衝突に至ることはなく、安全上の問題は見当たらない。

 下り列車の運転士が荒川橋梁を過ぎた辺りで、車庫側に進路が構成されている異常に気付き、車庫に分岐するポイントよりも遥か手前で列車を停めた。

 しかし、仮に異常に気付かなかったとしても、そのまま車庫に入るだけであり、そもそも指扇駅を出発する時点で、運転士が次の南古谷駅と車庫のどちら方向に進路が構成されているのかを知る術はない。

 JRが特別な装置を導入していない限り、基本的にはサムネイルの信号機まで進行して初めて、南古谷方面に開通しているか(右上)、川越車両センター方面に開通しているか(左下)が分かる仕組みとなっている。

 一方の上り列車が進行を許可されていたのは、車庫から合流するポイントの手前までであり、安全の根幹となっている、一区切り(基本600m)の区間に1つの列車しか入れない「閉塞」のルールが脅かされていた訳ではない。だから一介の鉄道員として、JRを擁護する意図はないものの、正面衝突に至ることはなく、安全上の問題が見当たらないと記せる。

ヒューマンエラーはなくならない。

 南古谷駅の信号現示に従い出発した上り列車は、所定のダイヤであれば下り列車との交換を行ってから出発することになっているが、本件が発生したときは、当たり前だが下り列車と交換せず発車したため、川越車両センターに合流するポイントの前後でお見合い状態となってしまった。

 運転士何してんねん。素人の筈の乗客がおかしいと思っていたのに、なんで毎日同じところ走っているプロが、異常に気付かず発車させてんねん。などと上り列車の運転士を責めるのは筋違いだろう。

 そもそも列車の扉が閉まるまで、運転士は列車を起動できない仕組み(インターロック)になっているし、何より扉を閉めるのは車掌である。一人がヒューマンエラーを起こす可能性はそれなりにあっても、二人同時に誤発車させることは、可能性ゼロではないが考えづらい。

 私はJRの職員ではないが、鉄道各社の信号システムは、基礎原理が同じであるため、概況の通りであれば信号システム上、南古谷駅の出発信号機は「進行」の緑色、少し先の車庫から分岐した先にある信号が「注意」の黄色、その先の合流するポイントの手前で「停止」の赤色が現示される。

 そして、本件の上り列車が南古谷駅を出発する時点では、先がカーブしていることから、当該信号機はおろか、一つ手前の信号機すら死角となって視認は困難で、本件のような異常に事前に気付けない仕組みと思われる。

 だから運転士は、信号の現示に従い南古谷駅を出発し、上り列車が車庫から営業線に合流する手前で停まっている。下り回送列車なら、そのまま車庫まで進行した後、上り列車に対して進行信号が現示されるから、下りが回送列車だったら何ら問題にはならなかった。

 つまり、今回は下り列車が異線進入するところを、運転士が異常に気付き車庫に入る前に停めたため、結果としてお見合い状態になっただけであり、正面衝突未遂の重大インシデントには該当しない。

 とはいえ業界人として、ヒューマンエラーが発生する前提のもとで、仮にエラーを起こしても乗客が3時間も閉じ込められるような、大事にならない仕組みは必要だと考えるし、これまで想定できた筈の穴を塞がず放置してきた、JRの体質にも似た何かが露呈した一件だと感じる。

ミスした時の対処が体系化されていない。

 私は指令所員の経験はなく、ぽっぽ屋もドロップアウトするため、運転士目線でのみ記すことができるが、運転士は信号現示が絶対である。

 今回のようなダイヤが乱れで、南古谷駅で交換が行われることなく、進行現示が出た場合、イレギュラーだと思うか、思わないか。仮に気付いたとして、違和感を感じながらも出発させるか、指令に確認するかのフローとなるが、ダイヤ乱れでの列車交換場所の変更が、日常的に無線連絡なしで行われている場合、少しの違和感を感じながらも出発させることになるだろう。

 それ位、閉塞信号機の現示は絶対なのである。フェールセーフの考え方から、万が一信号機に異常が発生した場合は停止(赤色)現示となり、正常に動作している場合のみ進行(緑色)現示が出る仕組みとなっており、進行信号が現示された以上、次の信号までの閉塞区間には列車が居ないことが担保されている。

現場手前。画像右側の信号機が黄色、その先が赤色現示だったものと思われる。

 進んだ先で不可解な停止現示となっていて初めて、指令に無線連絡をして指示を仰ぐ形になる訳で、本件では上下列車とも担当する運転士に問題はない。問題はないが、仮に些細なことでも報告できる環境にあれば、今回のようなお見合い状態には至らなかった可能性も捨てきれない。

 下り列車が乗客を乗せているにも関わらず、回送の進路が構成されたのも、運行管理システム側のバグなのか、指令所側で手動扱いに切り替えてヒューマンエラーが発生したのか。

 もし、後者であれば、列車番号で営業列車か、回送列車かを判別できるのだから、システム上、例え手動でも営業列車には入区の指示を受け付けない仕様に改修すれば、指令員のワンミスで3時間もお見合いする膠着状態にならなかったと思う。

 また業界あるあるだが、ミスを起こさないための取り組みは体系化されているのに対して、ミスした時の対処フローが体系化されていない。航空業界の様に、あらゆる事態を想定して、平時からそれに備えた訓練を従事員に積ませることが、異常時の対応に生きてくるのだと思う。

 私はその仕組みを変えられる立場にない。しかし、変えられる立場にある人は、その場はたとえ面倒でも、長期目線で考えて行動に移して頂きたいものである。人を責めるな仕組みを責めろ。トヨタの習慣に敬意を表して。


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