博士課程に進むか悩んでいる、あるいはポスドクになるか悩んでいるあなたへ

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。注意欠如多動性障害(ADHD)・精神障害者手帳2級で博士(生命科学)のred_dash です。いつもnoteを読んでいただいて、ありがとうございます。

 新年一発目なので、過去に戻れるなら若い日の自分に伝えたい話を書きます。博士課程進学予定、在学中ないし卒業直後ぐらいの方に向けたメッセージにもなっていますが、自分の実力を信じる方はこんな話を読んでいる間に研究を進めたほうが吉です。具体的には、学位取得後に学振PDや海外学振をサクッと取る予定の方は読むだけ時間の無駄です。一方で、進学や就職に不安のある方は、こんな話も現実の一端としてあるんだな、ぐらいの感覚で読んでもらえれば幸いです。では、始めます。

 大学の教授をはじめ、いわゆるアカデミック関係者は研究のすばらしさを語ります。研究生活に潜む困難については、あまり詳らかに話すことを好みません。実際に、研究が存分にできる学生生活は楽しいです。しかし、だからこそ、私はあえて言いましょう。Ph.D なんて取るもんじゃない。博士号が足の裏の米粒と言われるのは本当だ。やめておきましょう。

 何故やめておいたほうが良いかって? 金銭面と、それに付随する生活の様々な便益の面で、一般的なサラリーマンに比べて困難を迎える可能性が高いためです。具体的には結婚が困難なこと、結婚生活の継続が困難なこと、住む場所の選択と移動が困難なこと、人間関係が不自由なこと、社会保険の獲得が困難な場合があること、などです。
 勿論、そんなことは百も承知でアカデミックの世界に残る人も多いでしょう。少なくとも、私はそのつもりでいました...。今では自分がいかに世間知らずで、予測される困難について考えが甘かったかと感じます。アカデミックの生き残り達、すなわち教授陣の言葉には強烈な生存者バイアスが掛かっているのではないかと私は推測しています。私はビックリする程の困難に直面しましたので、その試行錯誤とその記録の一部として、今回は給与に関する話を書いてみます。あくまでサンプルサイズN=1に過ぎませんが、進路決定と生き残りの参考になれば幸いです。

ポスドクの給料とその実態

 松本佳彦先生が、下記の通り、大学教員の給与と、給与体系について書いていらっしゃいます。

 近年の新任教員に対して広く導入されつつある「年俸制」が、自分にも適用されています。大阪大学においては、まず「基本年俸」というのが定められ、その12分の1が毎月の給与として支払われます。それとは別に6月・12月に賞与が支給されます。賞与の額は、「イメージ」として説明を受けた内容によれば、それぞれ基本年俸の12分の2を基準として、勤務成績の評価によって決定されることになっています。裁量労働制であり、残業代の発生はありません(これは従来の給与制度でもそう)。
 さらに、次の点が重要です。
 退職金は支払われない。これが一番注意しておかなければならない点でしょう。もう一度書きます。退職金は支払われない。
通勤手当、住居手当、扶養手当などの手当もなし。
https://ymatz.net/journal/20170503/

 以上を踏まえたうえで、インターネット上に存在する給与事情を見ながらよく考えてください。各種手当と、何より退職金がないことは生涯の所得に大きく響きます。つまり、単純な額を民間勤めの友人と比較してはいけません。

oxonさんが、主要な研究機関の研究員の給与についてまとめてくださっています。
研究者を目指す大学院生なら知っておきたい、天文分野のポスドクの給料の相場 - 宇宙線実験の覚え書き
https://oxon.hatenablog.com/entry/20131127/1385515094

じょうてんさんは、学振DC~学振PDを含むポスドクとして生活した際の給与について記録を残してくださっています。
天文研究者(PD)の給与記録
http://www.joten.info/misc/salary.html

こちらの方は、海外ポスドクとしての実体験を記載していらっしゃいます。給料が月3742$で手取りが2353.54$だそうです。羨ましいなぁ。
ポスドク3年目の給料 : not only 1, but No.1
http://blog.livedoor.jp/braindrain23/archives/51108606.html

もう少し昇進した、助教や准教授の給与額については小町先生が公開されています。だいたい400万強から始まって、助教3年目で580万円くらい。下記以外にも、続々と情報を公開していらっしゃいます。

国立大学助教の給料 - 武蔵野日記
https://komachi.hatenablog.com/entry/20110122/p1

国立大学2年目助教の給料 - 武蔵野日記
https://komachi.hatenablog.com/entry/20120130/p1

助教は3年目から給料の伸びがフラットになる - 武蔵野日記
https://komachi.hatenablog.com/entry/20130124/p1

公立大学准教授の初年度の年俸 - 武蔵野日記
https://komachi.hatenablog.com/entry/20130615/p1

公立大学准教授の初年度の時給は2,400円 - 武蔵野日記
https://komachi.hatenablog.com/entry/20140126/p1

「大学教授」の「給与、手当、ボーナス」一体どれくらいもらってるの?(小町 守) | 現代ビジネス | 講談社(1/6)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/77839

 ただし、こうした情報が「成功者バイアス」を伴う"上澄み"である可能性には気をつける必要があります。あなたが学振や海外学振、あるいはNIHのグラントを取るようなラボに所属しているならば、上記のような話は参考になります。一方で、給与には大きな格差があることは、Nature誌も指摘している通りです。

米国のポスドクの給料格差 | Nature ダイジェスト | Nature Research
https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v15/n2/%E7%B1%B3%E5%9B%BD%E3%81%AE%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%89%E3%82%AF%E3%81%AE%E7%B5%A6%E6%96%99%E6%A0%BC%E5%B7%AE/90856

 私は成功者バイアスに引っかかった口です。こんなはずじゃなかった、感じました。私の給与所得の推移はだいたい以下の通りです。

博士課程1年目:240万円(学振DC)
博士課程2年目:240万円(学振DC)
博士課程3年目:240万円(学振DC)
ポスドク1年目:300万円(科研費ポスドク)
ポスドク2年目:200万円(科研費ポスドク)
ポスドク3年目:0円(無給の非常勤ポスドク)

悲しいから、指をさして笑うのはやめてくださいね。これも現実の一端。

自分の業績を"成功者"の業績と比較しよう

 将来の給与について考える際に、成功者バイアスにとらわれないための一つの方法は、自分の業績がどの程度の位置関係にあり、どのような人たちと比べることが妥当かを検討することです。自分の業績を客観的に見たときに、十分と言えるか調べたことはありますか。

 一つの目安は、いわゆる若手の登竜門となる学術振興会の特別研究員PD(いわゆる学振)です。
 学振PDに通った人の数と実績について、松井大さんがツイッター上で報告しています。

これは心理学分野での話です。もちろん、彼が学振に通らなかった人のスコアを(個人には困難なので)提示していない点には注意が必要ですが、参考になります。おそらく、いわゆる"理系"と呼ばれる分野では、より業績争いが熾烈になると私は推測します。あなたの業績はいかがでしょうか。


それでも研究職をあきらめたくないあなたへ

 さんざん、研究者の怖い話を書きました。博士課程に進むのはやめよう、Ph.D を取るのはやめよう、研究者になるのはやめよう、と思った人がいるかもしれません。そもそも、そう感じた人はここまで読んでくれていないかもしれません。寂しいです。
 それでも研究者になりたいな、とモヤモヤした気持ちを抱えて最後まで読んでくださった方へ。ぜひ、研究者になってください。今感じた、そのモヤモヤを大事にしてください。きっとあなたは研究者になれます。とても苦労するかもしれないけれど、きっとなれます。

 職業とは、リスクを取ることです。リスクを取ったうえで、それを捌いて見せたときに給与が得られ、それを続けたときに社会的にもだんだん認められます。研究者というのは個人事業主に性質がかなり近く、収入は事業所得にかなり近いと思ってください。税務署は以下のような要件を以て、事業所得を判断します(注1)。

・営利性 有償性の有無
・継続性 反復性の有無
・自己の危険と危険において営まれる費やした精神的、肉体的労力の程度
・社会的地位が客観的に認められるか
・業務から安定して収入がみこまれるか

副業は、雑所得になるの?事業所得じゃダメ? | よしむらともこ税理士事務所 https://zei777.com/blog/704/

 だから、研究者になるにあたってリスクがあるのは当然です。リスクがある以上、怖くて当然。その怖さを力と知恵と勇気をもって捌いてください。がんばってください。恐怖の向こう側で研究を楽しみながら待っています。

注1: この主張はちゃんと裁判による裏付けがあります。最高裁の昭和56年の判決です。孫引きですが、引用します。

最高裁判決では
所得税法27条1項に規定する事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいうものと解される。
最判昭和56年4月24日

副業)事業所得と雑所得の違い|判例をもとにポイントを解説 | 千葉県船橋市、市川市、浦安市の税理士 西船橋駅徒歩2分の酒居会計事務所の税金ブログ https://www.sakai-zeimu.jp/blog/archives/43507


弁護士による解説も参考になります。

[無料公開中]さっと読める! 実務必須の[重要税務判例] 【第42回】「弁護士顧問料事件」~最判昭和56年4月24日(民集35巻3号672頁)~ | 菊田雅裕 | 税務・会計のWeb情報誌プロフェッションジャーナル | Profession Journal https://profession-net.com/professionjournal/income-article-371/

参考

副業は、雑所得になるの?事業所得じゃダメ? | よしむらともこ税理士事務所 https://zei777.com/blog/704/

副業)事業所得と雑所得の違い|判例をもとにポイントを解説 | 千葉県船橋市、市川市、浦安市の税理士 西船橋駅徒歩2分の酒居会計事務所の税金ブログ https://www.sakai-zeimu.jp/blog/archives/43507

[無料公開中]さっと読める! 実務必須の[重要税務判例] 【第42回】「弁護士顧問料事件」~最判昭和56年4月24日(民集35巻3号672頁)~ | 菊田雅裕 | 税務・会計のWeb情報誌プロフェッションジャーナル | Profession Journal https://profession-net.com/professionjournal/income-article-371/

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