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「芸術神学」批判序説 ~ 新しい公共劇場の在り方を模索するための省察 ~(8)

 あるいはファッションデザイナーの山本耀司(1943-)は、たしか記憶では、「オレの服は着られることによって完成する」といったことを語っており、示唆に富む。作品はいつもすでに「未完成品」。あらかじめ完成しているのではない。着られてはじめて完成する、というわけだ。

 服を着る、という実践は、発信者の〈世界〉と受信者の〈世界〉を重ねること、交流、であろう。もちろん発信者は最初から着られることを想像して作品を創造する。発信者の〈意味の場〉は受信者の〈意味の場〉をすこぶる意識したものであろう。が、しかし、そのような事前に想定された〈意味〉に受信者は囚われるものではなく、着ることによって潜在的な可能性を拓いていく。
 ゆえに、服の〈意味〉は、まずは着られることによって完結するのである。しかしもっと言うと、服を着る、ということは、つねにすでに〈他者たちの眼差し〉に晒されることであり、〈他者たちの意味の場〉とつねにすでに交流している。
 服を着る、ということは、〈他者たちと共に生きる〉ということ、そのものである。服を着ることで、ぼくらは〈誰か〉になり、〈誰か〉になることで〈他者たちと共に生きる〉。

 これが、ポスト「芸術神学」時代の〈アート〉について、一つの指針となる。
 〈アート〉にふれることは「真理」を受容することではない。生きることである。
 もはや「真理」を握る権威としての「芸術神学」は死んだ。肝心なことは、〈アート〉と共に、ぼくらがどう生きるか、である。〈アート〉を生きることである。ゆえにドゥルーズはこれを「電源に接続するような読書法」だと言った。

 〈アート〉はぼくらの生に「電源」を供給してくれる。もちろん、肌に合わず、供給してくれない「電源」もあろう。〈意味の場〉が、あまりにズレているからだろう。そんなときは当座捨て置き、ドゥルーズが言うとおり、つぎの「電源」を探せばよい。

 いくつかの〈アート〉は、ぼくらの〈意味の場〉を変容させることだろう。ぼくらはその変容を楽しむことができるし、変容を生きることになる。

 新しい服を着ること、いや、着るだけではなしに、マチへ出かけること。そこに〈意味〉がある。服という「箱」の中身の探索ばかりでマチへ出かけないのはもったいない。

 さて、そうなると、ポスト公共劇場の在り方とは、どのようなものになるだろう?
 ズバリ!「電源」の供給業者だろう。
 ポイントは、芸術作品にふれることでも「正しく」理解することでもない。その服を、あなたがどのように着こなし、仲間と一緒にマチへ出かけるか、にある。

 これまでの文化政策は、どちらかというとアーティスト至上(中心)主義的であり、「芸術神学」を土壌とする、サプライサイドの文化政策であったと言える。市民は一方的な受容者であり、受け身だ。
 これからはディマンドサイドの文化政策へとシフトしていくべきだろう。主役はアーティストではない。あなただ。

 おそらく、「芸術神学」的なピラミッドの頂上に君臨していたものは、オペラでありクラシック音楽だったろう。
 ポスト「芸術神学」時代では、すでにそのようなピラミッドは完全に倒壊しているが、それでもなお、ある種の優等生を一つ挙げよというなら、それは「ファッション」だろう(もちろん、もはや序列などないが)。
 なぜなら、そこでは〈アート〉することと、生きることが相即しているからだ。
 たとえば川久保玲のコム・デ・ギャルソンのダイレクトメールには、「自由を着る。」とある。服という名の「箱」を着るのではない。むしろ「箱」を爆破してくれるものがコム・デ・ギャルソン服であり、そこでぼくらは自由を着ることになる。
 〈アート〉とは、自由を着ることだろう。「芸術」をありがたく拝んで鑑賞することではない。着ることはすなわち生きることであり、〈他者たちと共に生きる〉ことであり、そこから、ポスト「芸術神学」への道が拓けてくる。

 もはや制度化する〈意味の場〉、平たく「(芸術の)業界」と言ってもよいだろうが、そんなものに囚われる必要はない。発信者はアートし、生きる。受信者もアートし、生きる。それでよいのだろうし、もっと言うと、発信者と受信者の分断すら超えたほうがよい。
 ポスト公共劇場、あるいは公共劇場2.0の在り方とは、「業界(制度)」を捨て、人々と共にマチへ出かけること、人々の生の現場、日常的実践に、アートを挿入すること。
 ただし、それは広く人々をクラシック音楽ファンとか演劇ファンにすることではないし、普及啓発のためマチへアウトリーチすることでもない。そもそもアウトリーチは「芸術神学」に囚われた実践である。
 制度化する〈意味の場〉からはもう離れたほうがよい。「業界」の発展に寄与する必要も寄り添う必要もない。「業界」というシステムの未来は、「業界」に委ねればよい。

 かつて宮沢賢治はこう言った。

【職業芸術家は一度亡びねばならぬ】
[宮沢賢治「農民芸術概論綱要」『宮沢賢治全集10』ちくま文庫、1995]

 かなり過激な発言だが、これに「誰人もみな芸術家たる感受をなせ」と続けているところを見れば、彼の目指すところもまた〈アート〉することと生きることを相即させることにあり、むしろ「業界」の存在が人々から〈アート〉を奪っているのではないか、と考えていたことが読み取れる。

 ぼくは学校の教室で「音痴」だと言われてしまい、以来、歌えなくなってしまった。ある番組で、チベットのどこか、亡くなった仲間を弔うために誰かが即興で歌いだし、みんながそれに合わせて歌い、踊る様子を見て、「歌うことは人間の生にとって根源的な衝動ではないか」と思うようになった、と同時に、すっかり歌えなくなってしまった自分が悲しくなった。
 歌をうまくなりたければ、どこかの教室へ通うことになるだろう。そこで「うまい」と評されれば自己肯定感が増し、「へた」と言われればガッカリするか、あるいはより努力することになるだろう。そして、「上」には「上」がいることを知り、どこかで自分の所を得て、ささやかな自己満足感と無力感に浸ることになるだろう。
 そのストーリーは、想像するだけで疲れる。
 もっと自由に歌いたい。けれどもその自由は、チベットのどこかにはあっても、今の日本にはない。どちらが幸せなのか、よくわからない。
 ぼくらは「芸術」を手に入れて、〈アート〉を見失ってしまったのかもしれない。

 公共劇場2.0の運動、それは、少なくともぼくにとっては、「忘れ物」を取りに行くこと、喪失したものを取り戻すこと、なのかもしれない。

 ある芸術系の研究者が「一人一人が芸術家(になるべき)だ」とかいうことを感動的な口調で言っていたが、よくよく聞いてみると、それは「みんな音楽教室へ通ってヴァイオリンを習うべきだ」とかいう妄言に近い内容であり、ガッカリしたことがある。
 宮沢賢治も同じようなことを言っているように聞こえるが、ぜんぜん違う。彼は一人一人の生に〈アート〉を取り戻すべきだ、と言っているのであって、一人一人がいわば「なんちゃって芸術家」になれ、と言っているわけではない。

 公共劇場2.0、それは、〈アート〉という忘れ物を取り戻しに行く場所であってほしい。

 しかしここで、いわば究極の問いにぶつかる。

 そもそも〈アート〉とは、何か?


《つづく》

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