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教育コンピュータ『PLATO』

 世界初のFPS(First Person Shooting)である『Spasim』(1974/3)は、テキスト入力形式のアドベンチャーゲーム『Star Trek』(1971, Mike Mayfield)をベースにして作成された先進的なシューティングゲームです。SpasimがStar Trekと大きく異なるのは、単なるテキスト入力形式のゲームではなく、スペースシップ内をワイヤーフレームでリアルタイム描画し、さらにネットーワーク回線を使って通信対戦することができることでした。1970年代中期になぜこれだけ高度な処理を行えたゲームが存在していたことに驚きを禁じ得ません。

 Spasimが近代的なゲームのように高度な処理を行うことができたのは、『PLATO』と呼ばれる教育システムを稼働させるための大型コンピュータで作成されていたためです。PLATOという名前は、かの有名な哲学者プラトンにちなんでつけられていますが、正式名は「Programmed Logic for Automatic Teaching Operations」の略語です。直訳すれば「自動教育オペレーションのためにプログラムされたロジック」といったところでしょうか。

 アメリカがこの学習システムを作成しなければならなかったのは、1957年10月4日、ソビエト連邦共和国が人類初の人工衛星『スプートニック1号』の打ち上げを成功させたことに端を発します。アメリカを中心にした資本主義陣営は、ソビエト連邦共和国を中心にした社会主義陣営と対立を深めていましたが、宇宙開発競争も両陣営の威信と覇権を賭けて行われていたのです。結果、先に宇宙へ辿り着いたのは社会主義陣営の筆頭だったソビエト連邦共和国でした。

 1950年代末のアメリカでは、大学教育を受けられる人はごく一部の限られた人たちだけでしたが、宇宙開発競争に負けたことを受け、自国の教育制度が大幅に遅れていることを痛感せざるをえませんでした。科学や工学に対して多額の資金を投入し、コンピュータを利用した教育を施して、この遅れを巻き返そうと考えたのです。

 スプートニック1号の打ち上げが成功した翌年1958年、アメリカ空軍の科学研究事務所がペンシルバニア大学でコンピュータによる教育についての議題を中心とする会議を開きました。この会議ではいくつかのグループ(そのほとんどはIBMのグループ)が教育に関する研究結果を発表しています。

 イリノイ大学の物理学者チャーマーズ・シャーウィンが考案した「コンピュータ化された学習システム」も、その会議に向けて検討されていたシステムのひとつです。

 最初のミーティングのあと、同大学の学部長より紹介された物理学者ダニエル・アルパートを筆頭に、教育者・数学者・心理学者などを含めてプロジェクトは進行していましたが、何週間経っても彼らはチャーマーズ・シャーウィンが示したデザインに沿うコンピュータを設計できずにいました。このまま、残念な結果をペンシルバニア大学の会議で発表するしかない状態にまで追い詰められてしまったのです。

 しかし、ギリギリのところで実験室助手を務めていたドナルド・ビッツァーが、デモンストレーションシステムを構築可能であることを提示しました。それは「ドリル式」のシステムでした。ダニエル・アルパートは、さっそくドナルド・ビッツァーにミーティングを開くように言い渡しました。

 このような紆余曲折を経て最初のPLATOシステムである『PLATO I』(1960-1961)は完成しました。PLATO Iは、教育研究機関が独自に設計・開発を行い、そして所有した世界最初のコンピュータ『ILLIAC I(Illinois Automatic Computer)』(1952、イリノイ大学)上に開発されました。

 Spasimが作成されたのはもう少し後のPLATOシステム、『PLATO IV』(1972-1975)を利用したコンピュータ上で作成されています。PLATO IVはPLATOの父であるドナルド・ビッツァーが発明した新新鋭のプラズマ・ディスプレイ端末を利用し、PLATOに更なる革命をもたらしたと言われている至高のシステムです。

 利用されたプラズマ・ディスプレイはメモリとビットマップ・グラフィックスの両方を1つのディスプレイに組み入れて設計され、512×512ドットという高解像度の画面を持ち、秒間に60本もの線あるいは180個のキャラクタ表示を描画できるほど性能を高めることに成功しました。

 また、このディスプレイには16×16グリッドに仕切られたタッチパネルが供えられていました。PLATOを利用する学生たちは、このパネルをタッチして出題してほしい問題を選択したり、またその回答を行なっていきながらドリルを進めることができたのです。

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