見出し画像

閃光中毒

そういう性格なのか、常に激しい閃光のようなものを求めている気がする。今までの人生とは相入れなさすぎる違和感の塊のような人や、口にする言葉や言い方が全部おもしろすぎて最高!!!となるような人、自分の心が震える出来事、作品との出会い、私のリアリティにぶっ刺さる言葉…雷のような衝撃を受けるもの、人、こと、場所。運命的なもの全て。毎日雷を落とされたい。毎日ものすごいスピードで何かを好きになりたい。のめり込みたい。閃光中毒。

学生の頃からちょっと変わった人や場所とつるむことが多かったせいか、「普通」では全然物足りない。超のつく初期のベンチャーで早くからインターンをしていたというのもあるかもしれないけど、もっと早く、もっと厳しく、もっとあからさまなもの、もっと心が震える、閃光的な圧倒的なものを常に探し求めているし、そういうものに飢えている。いわゆる「刺激」と言われるやつだ。激しいものに出会った時だけ、私は自分の輪郭をはっきりと感じることができる気がする。何がきらいで、何が好きで、今何を求めているのか、そういうのは閃光的な何かがないとあまり見えてこない。
閃光のない生活は私にとって恐怖だ。それがない生活に慣れると、自分にとって本当に必要なものが見えてこなくなる気がする。誰かから言われたことをその通りにやって、自分もみんなと同じようなものを欲しい気持ちになって、結局自分を見失い、ついには失ってしまうんじゃないか。今のところ私が最も嫌う状態は惰性と外部から植え付けられた偽物の満足感だ。

晴れた日の瀬戸内海みたいな生きざまもいいと思うけれど、おそらくは若いエネルギーが有り余っているのか、そんな凪の状態には飽き飽きしてしまう。何もないって本当に物足りない。
だから毎日毎週同じことをする生活は絶対に無理だ。たとえお金をもらっていたとしても。常に大きく変化していき、予測がつかず、多少は雑なものの方をやっているほうがよっぽど生きた心地がする。単なるルーティンだけの生活をしてしまうと、私も多分坂口恭平氏の言っているように退屈で死にたくなるだけだろう。まるでマグロのようだ。

そんなこと言っておいて。最近、閃光のような何かがあったっけ…と振り返る。
おくりバント会長の高山さんも、間違いなくそのひとりだ。会長は閃光の一筋でしかなかった。ビジネス系だと高山会長のようになるのが目標だ。





最後まで読んでくださりありがとうございます。 いいね、とってもとっても嬉しいです!