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8月20日(日)日記

*野村訓市

毎週日曜日の夜20:00はjwaveで野村訓市氏のラジオを聴いている。

最初は能楽師の野村萬斎氏だと思って聴いていた。「能楽師なのにやけに低くて渋い声だなぁ、いいなぁ」と思っていたのだが、いつか調べてみたら全然ちがった。肩書き不明のサングラスをかけた別人であることがわかった。てっきり「ややこしや〜」の顔でマイクに向かって喋っていると思っていたので、野村萬斎でなく野村訓市だったことを知ったときはなんというかちょっとショックだった。

そんな衝撃はすっかり忘れて、今は野村訓市としてちゃんと聴けている。翌日の月曜に備えるためのチューニングとして。

野村氏は海外のセレブとも親交があり、これまでに50ヶ国も旅をしてきたという。番組のテーマはやはり旅で、リスナーも海外に慣れている人がよくハガキを送っている。あるときは「海外出張でタイに向かう航空機の中でこれを書いています」という商社マンらしきサラリーマンだったり、ある時は「先日、若い頃に使っていたバックパッカー用のリュックを押し入れからひっぱり出してみました」みたいな旅人がたくさんメッセージを送られてくる。
彼らがリクエストをする曲はだいたい名前の知らないコアな洋楽だ。それに一人一人、メッセージが長いし、深い。誰も笑いをとりにいこうとしないし、ネタメールも送ってこない。「ふざけた」感じがいっさいない。真面目に、そしてどことなく切ない感じが漂うラジオなので、明日から社会で揉まれるという若干憂鬱な日の夜に聞くのはぴったりなのだ。

野村訓市氏は独特の低音ボイスで、それでいてゆっくり喋る。飲んでいる酒がうまく感じる。ゆっくり喋る人は多分、動作もゆっくりだ。タバコの灰を落とす時は口元からゆっくり灰皿まで手を伸ばすんだろうなとか、ロックのウイスキーが入ったグラスも静かにコースターの上に置くんだろうなとか、野村氏にもついついそういう妄想をしてしまう。品が良い。

海外を飛び回り、お酒とタバコが大好きで、もちろん音楽にも精通している。そんな彼の元には毎週リスナーからお悩み相談がやってくる。どれも真剣で、ある時は恋愛相談、ある時は学生の進路相談だったりする。
どの質問にも野村氏は「僕に聞くなんて、宛先を、間違っているんじゃないでしょうか」とここでもやはりゆっくり、そして低音ボイスで淡々とボケる。

最近一番おもしろかったのは、「婚活で知り合った良い感じの女性と、今度カフェに行くことになりました。都内でおすすめのカフェを教えてください」というもの。それに対して、「おしゃれなカフェなんて、全く行きませんし知りません。どこがいいですかねぇ。ルノワールでも、いかがでしょうか」野村氏が淡々と低音ボイスで思わず爆笑してしまった。いい感じのデートに、ねずみ講が巣をつくるルノワールをすすめる皮肉具合よ。「俺に聞くな」という雰囲気がバシバシ伝わってくる。

もちろん、すべての質問に対してこんなふうに斜めに返しているわけではない。先週は車を持つことの良さについての質問だったが、「車を買うというのは近年コスパの観点から避けられているかもしれませんが、車があればどこにでも行けるんですよ。言ってみれば数百万で自由を買うこと。自由を手に入れられるなら、結果的に安いんじゃないでしょうか」と言っていて、なぜか私はそれがひどく印象に残っている。ほぼ毎回の放送で、ついつい考え込んでしまうような、はぁと感心してしまうような打ち返しをしている。
野村氏の人生経験の豊富さを物語っている。

今日ももちろん聴いていたのだが、もうすぐ留学に行くという24歳の女性からのメールで「3年前から毎晩父とこのラジオを聴きながら、あーでもないこーでもないと晩酌させてもらってました。でも留学に行くのでそれも叶わなくなります。そんな父に野村さんセレクトで1曲、プレゼントしてくれないですか」というものだった。それには野村氏も感動したようで、「考えられますか?みなさん24歳のころを覚えてますか? 24歳の女性が父親と聞いてくれるだなんて、色々ある人生でも捨てたもんじゃないなって思いました」と言っていた。

ラジオは、語る側からするときっと孤独な仕事なんだと思う。収録の場合は特に、リスナーからの反応はリアルタイムにやってこない。マイクに向かって、聴いてるか聴いてないかわからない電波に乗せてひとり語りをするという行為。

ハガキを送ったことはないが、ラジオは間違いなく人の人生に寄り添ってくれるメディアだと思う。この曜日のこの時間に、同じ声が聞こえてくることの安心感。その時間に一緒にいる人や家の様子、窓の外の様子はナビゲーターの声を聞くだけで鮮明に思い出されてくる。放送している1時間はあっという間だ。ラジオを聞いているときだけ、私は時間に意識的になっているような気がする。
テレビを持たない私にとって、ラジオは私の中でいつしかペースメーカーのような存在になっていた。

常習的に聴くようになってからまだ1年も経ってないが、これからもラジオと一緒に思い出を重ねていきたいと思う。決まった曜日の決まった時間、ラジオをつければ必ずその人がそこにいてくれる。その事実に救われるような夜、ささやかで内省的な夜をこれからも何度も経験していきたい。

今日の野村氏のラジオで流れてた超メロウな曲。


ちなみに今までで一番グッときた曲はこれでした。思わず調べてダウンロードした。つやっぽい夜はさることながら、ふしぎと朝にも昼にも合うんですよ。ブエノスアイレス、いつか行ってみたい場所です。



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