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東京美容院サバイバー

東京って、なんでこうもふつうに美容院に行って、ふつうに満足のいく施術を受けるのがむつかしいんだろうか。星の数ほどある都内の美容院からひとつを選ぶことのハードルがいささか高すぎやしないか。すくなくとも、私のような人間にとって、東京の美容院に行くことはかなりの労力を必要とするのだ。

webで「🔍ロング カット 美容院」などと検索するまではいいとして、問題はそこからだ。まるで迷路。なんということでしょう、検索した瞬間に同じような見た目と評価の美容室が出てくるではありませんか。永遠にスクロールをしても終わりが見えてこない。しかも東京はエリアが無限にあり、まずエリアで決めなくてはいけない。自分の家の近くや勤務先、1,2駅先の大きな駅、もしくは足を伸ばして渋谷や新宿、青山などザ・大都会のトップサロンに行くこともできるっちゃできるのだ。もう何がなんだかわからない。

ためしにひとつサロンを選んでメニュー欄をタップしてみる。すると出てくるのはまたもや幾多のメニューたち。世の中のヘアサロンの施術は、どうやらカット単体か、カット+カラー、カット+パーマの3種類だけではないらしい。
東京さはカットだけでも数種類あるし、カラーの仕方もアルミニウムみたいな何かの名前の施術方法がある。
毎度お馴染み、現代技術に甘やかされている赤ちゃんの私は選択肢が無限にある環境でたったひとつを選ぶことができない。いろんな条件の中からあれやこれやと探せる人は本当に才能がある人だと思う。自律性の才能。

てなわけで、学生時代はいつも、長期休暇で広島に戻るたびに地元で行きつけの美容院で切ってもらうというスタイルを4年間ほぼ毎回続けていた。地元は信頼できる美容院といえばそこしかないし、シャンプーも気持ちがいいし、何より担当の美容師さんとは高校生から切ってもらっている仲だ。

けれども、一度社会人になればそうそう帰省することはできなくなってしまう。土日は人と会う約束があり、少しでもきれいにしていきたい。毛先の痛みが最近気になり出して、鏡をみる前に暗い気持ちになる。それになんとなく最近はもやもやすることが多く、気分的に変化をつけたい。
仕事中にふと思いたち、ほぼ思いつきでその日の夕方で空いている時間を探すことにした。

しかしここは迷路。まず、その予約サイトの会員登録からはじまる。まるで一問一答のクイズをしているみたいだ。クイズに正解した人だけが、おやつのケーキを食べられる、とでも言うかのように。
居住地と名前や住所、年齢、性別、DMの送信の可否などを一個ずつ地道に入力していく。もしかしたらこの作業が皿洗いと洗濯を干すに次いで嫌いな作業かもしれない。

仮認証からまた本ページにとび、ログインをして、再度該当のページに飛ぶ。メニューを選び、ようやく予約が完了した。

時間になって行ってみるとそこはビルの5階、なかなかスタイリッシュなコンクリ調のヘアサロンで少し怖気付く。(店内の写真などいっさい見ずに決めていた)
問診票を手渡されて書いていく。接客のところに静かな方がいいか、わいわい喋る方がいいか、こだわりはないかの3つから選べるようになっていた。さすが都会。あまりにうるさい人も勘弁だが、人間観察が好きなので東京の美容師がどんな人なのかも気になる。結果「特にこだわりはない」にマークをした。

少し待ってから、オレンジヘアに細かいパーマをかけたメガネの男性美容師がやってきた。そういえば男性に切ってもらったことがない。
へ〜と思いながら、やや冗長(めちゃくちゃ丁寧だった)な今日の説明を受け、カットに入る。さすが東京の美容院、当たり前のようにタブレットでdマガジンの読み放題だった。雑誌好きおれ歓喜。これが田舎の美容室は私の見た目からアシスタントさんの独断と偏見で「私が読んでそう」な紙雑誌を3冊ほど置いてくれるのだ。いつも私がきている服によってはviviだったりminiだったり、あるいは街のタウン誌(?)の時もあった。それが読みたいかどうかはどうでもよくて、(実際全部読んでしまう。ふだんは絶対に買わないので。)「へ〜、こんな印象なんだ、私って」と私の印象を客観的に見れる楽しい機会でもあるのだ。

作業中、私の指先にオレンジヘアの彼の手が少しだけ触れると、彼はすかさず「すみませんっ!大変失礼しました..!」と謝った。「へ〜、都会はそういうところキチッとしてんだね〜」と思いながら、「あ〜、大丈夫っすよ」といった。

施術中、オレンジヘアの彼が少しずつ会話を通して私との距離感を探ってくるのがわかった。「へ〜」と真顔で調子良く相槌をうちながら、リラックスした状態でオレンジヘアの彼の質問に答える。さあ読むぞと開いたdマガジンのページが、話している間に時間が経って消える。そのたびに電源をつけ、読んでいたページに戻り、しばらくたってまた会話がはじまる。私は口を極力開かずしゃべる癖があり、マスクと美容室の雑音に紛れて何度か私の声が届かない時があった。私が話したコメントがうまく回収されず、所在ない気持ちになった。
会話の合間合間にどうせなら絶対に読まない雑誌を読もうと思い、経済誌のForbesを開く。集中して読まないと入ってこない内容なのだが、なんせオレンジヘアの彼がぽそりぽそりと会話を挟んでくるのでなかなか入ってこない。

途中で出身はどこかと聞かれ、広島と答えると、「結構遠い〜!」と行って自身が青森出身であることを話し始めた。聞くと青森では金髪など誰もおらず、彼は帰省する時には必ずオレンジを黒に染めて帰るのだそうだ。
「青森の人たちは赤っぽい茶髪が多いですよ」と言ったので、「ああ、それはやっぱりりんごをたくさん食べるからですか?」と真顔でボケてみたのが、本人には全く聞こえなかったようで(もしくは何言っているか理解されず聞こえないふりをされた)、ガンスルーされてしまった。しっかりと恥ずかしい気持ちになる。
う〜ん、東京の美容室はやはり難しい。

伸ばしている最中ということもあり、結局4cmだけ切ってもらった。メニューはカット+3stepsトリートメントという名前だったので、カットの後すぐにトリートメントに入った。完全に名前で決めたメニューだったのだが、どうやらこの3stepsはシャンプー後に「異なる3種類のトリートメントをつけますよ」というものだったのだそうだ。もっと薬剤をつけ置きするようなしっかりしたものかと思っていたので、ちょっと拍子抜けした。
オレンジヘアの彼に「しっかり3種類、つけときましたんで!」と言われてシャンプー台から起こされ、今回の施術は終了。随分と呆気なく終わってしまった。時間にしてちょうど1時間。

確かに毛先を切っただけの髪は前よりもきれいで、量も空いてもらって手触りが軽くなった気がする。「ぷは〜〜、美容院行ったった〜!」という達成感がない以外には、概ね満足だった。

しかしその後もこの物足りなさが尾を引き、せっかくオレンジヘアの彼に切ってもらった顔周りの髪を、家に帰って全部自分で姫カットに仕上げてしまった。
普通の紙用のはさみで顔まわりの髪の毛をジャキジャキ切っていく快感。背徳感。適当にやったら昔の麻丘めぐみみたいな髪型になった。
ようやくイメチェンの達成感に包まれる。

こうして私の初回のサバイブは終わった。
本当に頑張ってサバイブした。こんなに大変な思いをするなら、しかも広島で切れないならばもう、いっそのこと自分で切ってしまいたい。

東京の美容院通いはやはり、私にとってはおそろしく難しかった。



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