努力至上主義の現在~量から質へ~

戦後日本の教育現場において、啓蒙されてきた努力至上主義の内実は「量」だった。

しかし、21世紀以後、努力の内実には「量」だけではなく、「質」が加えられたのである。

量だけを追及する旧来の努力至上主義に対しては、「いくら努力しても、どうにもならないことがある」という正論が、カウンターとして、ある程度は有効だったのだが、潮目が変わり始めたのは、イチローが日米通算2000本安打を達成した2004年だったと思われる。

「天才打者·イチローは不断の努力によって生まれた」という物語と、「努力できる才能」という概念の出現。それ自体は、旧来の努力至上主義への援護射撃というか、アリバイをより強固にする程度の意味しかなかったわけだし、スポーツの世界(野球に限って言えば)においては、王貞治が「毎晩日本刀で素振りをしてた」エピソードとか、落合博満が「現役時代は誰よりもバットを振っていた」と後述していたり、才能と努力のハイブリッドは、特に目新しくはない。

問題は、それに「質」が加えられることによって、非常に厄介な共通認識が世間に浸透してしまったことだ。

「才能が無いから、努力してもダメだったのではない。努力の仕方が、方向性が間違っていたのだ」という、才能の無さから目を背けるエクスキューズを与えてしまったのである。

所謂、「夢として目指す」系の職業に就こうとした場合、必ずある段階で自分の才能の無さを認めてきっぱり諦めるか、自信が確信に変わり、「成れる」かが分かれる。

目指すのがアスリートの場合、持って生まれた身体能力と運動神経が主な指標だろう。その競技を始めたのが小学生の時だとしたら、高校生になる頃には、ほとんどの人が才能の有無、向き·不向きを自覚出来るはずである。

身体能力と運動神経は、文字通り身を以て把握出来ることなので、才能が無かった場合、「ちゃんと納得して諦められる」のが、アスリートを目指す上での利点と言える。早めに人生設計の見直しが出来るからだ。

一方、厄介なのは広義での芸能、芸術、文筆業など(以下、芸能と一括する)自分の才能の有無を判断しにくい職種を目指す場合である。

そもそも、自分にはその道の「才能がある」ことを自認していなければ、「目指す」ことすらしないだろう。客観的に才能が無いことを認めるのは、心理的にもしんどい。

だから、オーディションに落ちても、ステージでウケなくても、「審査員に見る目がない」とか、「客が分かってない」とか、「先鋭的過ぎて理解されない」という類いの理屈で、自分の才能を盲信し続けるのだ。

しかし、実際には有るのか無いのか分からない才能にすがりながら、結果が伴わないまま月日だけが流れれば、焦りや不安に苛まれ始めるのが当然である。

そこで、ようやく「自分にはその道の才能が無かったのではないか?」と疑念を覚え、やがて疑念は確信に変わり、「いくら努力してもどうにもならないことがある」ことを悟り、「ちゃんと納得して諦められる」のだ。

その時には、既に30才を超えている人も少なくないが、人生設計を見直すタイミングとしては、ギリギリ間に合うところだろう。「何かを始めるにあたって、遅過ぎることなどない」という言説はもちろん正しいが、「早いに越したことはない」のもまた事実である。

ここまで、所謂「夢として目指す」系の職業をアスリート系と芸能系に大別して、「ちゃんと納得して諦められる」までの道筋を、それぞれの一例として挙げたわけだが、そこに満を持して立ちはだかるのが、努力の「質」問題というわけである。

長年、量だけを追求していた努力界に、質という概念を持ち込んだのは島田紳助だ。

2007年、NSC(吉本興業の芸人養成所)の特別講義の席で、「正しい方向性の努力を続けることの大切さ」を説いたのである。

これが単に「未来のスターを目指す芸人のタマゴ達に向けてのハウツー」であれば、何の問題もないのだが、この講義の様子はDVDソフト「紳竜の研究」内の1コーナーとして広く流通してしまっている。

また、更にタチが悪いのは、島田紳助自身が講義の内容を要約して、バラエティー番組で「一般論」のような体裁で流布したことだ。

「芸人のタマゴ達」だけでなく、「夢を追って頑張っている全ての人達」くらいまで、対象を拡大しても、まだギリギリ許容範囲だが、所謂「一般人」の日常の延長線上にある、ビジネスや恋愛にまで適用出来る理屈として流布したのは、明確な罪である。

島田紳助がテレビを通して世間に残した、負の遺産と言っても差し支えないくらいだ。

改めて説明的に書くのは野暮ったい気もするが、島田紳助は、若手漫才師日本一決定戦M-1グランプリの創始者である。

M-1グランプリは2001年に開設され、結成10年以内(2015年以後は結成15年以内に緩和された)のグループにだけ、出場資格の与えられた大会だ。

若手芸人にとって決勝に進出することには、歌手にとっての、紅白歌合戦出場よりも高いプライオリティが有ると言っても過言ではないのである。

このM-1グランプリ開設の動機の1つとして、島田紳助は「芸人に辞めるきっかけを与えるため」と語っている。

曰く、「10年やって準決勝まで行けなかったら、そのコンビはアカンということ。才能の無い芸人がそのことに気付かないまま続けるのは、本人も周りも不幸にする」

10年というタイムリミットに、どれだけの正当性があるのかはイマイチ分からないが、単に区切りが良いから、と片付けても良いと思う。(これが仮に8年だったら、どんなに正当な根拠を示されても、何となくしっくり来ないだろう)

要するに島田紳助は、芸人のタマゴ達、及び若手芸人達に「ちゃんと納得して諦められる」きっかけとして、M-1グランプリを開設したということである。

だが、前述したように「正しい方向性の努力を続けることの大切さ」を説いたのもまた、島田紳助なのである。この矛盾点について、島田紳助本人はちゃんとした落とし所を用意してたのだろうか?

検証にあたり、2つの仮説を立てた。

1:2001年のM-1開設当初から、2007年のNSCでの講義の間に、思うところあって変節した。

2:元々そういう考え方だった

結論から言えば、身も蓋も無いような、歯切れの悪いような言い方になるが、1、2両方である。

1については、2001年のM-1では酷評されたフットボールアワーとチュートリアルが、それぞれ2003年、2006年のM-1で優勝した事実を受けて、努力を続けることで報われたサンプルケースを目の当たりにしての変節と思われる。

2については、もう少し詳細な説明が必要だろう。御存じの方も多いと思うが、島田紳助は芸能活動以外にも、飲食店の経営、プロデュースなど様々なビジネスを展開していた。そして、それらのビジネスを始めた動機について、件の講義で語っている。

曰く、「自分が漫才師として世に出て、テレビタレントとして成功したノウハウが、他のジャンルでも通用することを証明したかった」

つまり、時系列としては2の方が先なのである。
フォローめいたことを言うつもりは無いが、このタイムラグに確信犯的な悪意は無いように思う。

島田紳助がサイドビジネスに手を付け始めたのが、厳密にいつなのか、筆者が持ってる文献では確認出来てないが、「隠してる」つもりが無かったのは事実である。ただ、板東英二ほど明け透けではなかっただけだ。

島田紳助がイチから自身の才能を正しい努力で磨いて成功したのは、漫才師としてのデビューから、司会者としての地位を確立したところまでである。

他業種での成功は、「タレント·島田紳助」のネームバリューによって得られた副産物であって、イチからその道で努力している人とは、前提となる条件が違い過ぎる。

そうして得られた成功を全て「自分の努力の成果」として語ることを許すべきではなかったのだ。

例えば、元·力士とか元·プロ野球選手が焼き肉屋をオープンしたとして、実際に足を運ぶ客は「ファン」であり、その元·力士や元·プロ野球選手の名前が有るからこそ成立するビジネスである。肉の味なんて二の次だろう。あまりに不味ければ、潰れるだろうが、そこそこのクオリティが保証されていれば、まぁまぁやって行けるのだ。

島田紳助が、持って生まれた才能を正しい努力で結実させたタレントとしての実績を10とするなら、飲食店のプロデュースなどの副業は、5、6か、どんなに高く見積もっても7くらいじゃないだろうか。

「そこそこのクオリティ」での成功体験のノウハウを、あらゆる業種で通用するノウハウとして流布するのは、言葉は悪いがイカサマである。

本人の誤認が世間に誤解を与えたまま浸透する、という多重構造的な間違い。脱サラして開店したラーメン屋が、そこそこのクオリティのモノを島田紳助の後ろ盾無しに出しても勝算は無いのだ。

重ねて述べるが、島田紳助はタレント以外の業種に於けるハウツーについて、メディア(主にテレビ)で語るべきではなかった。

どのジャンルでも、所謂「成功者」が語るハウツーが眉唾モノであることは、ほとんど誰もが分かっている。川藤幸三(阪神タイガースOB)なんか、講演会で「どうすれぱホームランをたくさん打てるようになりますか?」という子供からの質問に「メシをいっぱい食べて、バットを思いっきり振ったらええ!」と答えていた。その通りなら、リトルリーグの少年達は全員将来プロ野球選手である。

「努力の質」を重視する考え方自体が悪いわけではない。特にスポーツの世界に於いては、より効率が良く、ケガのリスクの少ないトレーニング法や、食事の管理などが常識に近いレベルで共有されることによって、アマチュアのプロ転向率を上げ、プロの選手寿命も延びているからだ。

物心付いた時から「努力の質」がデフォルトの世代は幸福であるとすら言える。問題は、量も質も正しいんだか、間違ってるんだか分からない努力をしていた世代である。

スポーツはまだマシな方だ。加齢と共に身体能力は自ずと衰えるし、プロのライセンス取得に年齢制限がある種目も多い。(ボクシングやボウリングなど)
諦めざるを得ない状況がちゃんと用意されている。

一方、困るのは芸能である。芸能事務所のオーディションの応募条件に年齢制限があるケースも多いが、お笑いの場合、M-1の出場資格を失うまでは、挑戦し続けられる。キングオブコントに至っては、芸歴による制限すらない。作家も、文学賞の応募条件に年齢制限があるケースは見たことがない。

だから、年齢制限の無いジャンルでは、「区切り」のタイミングを自分で設定しなければならない。○年やって芽が出なかったら、○才までに~、など「タイムリミット」を決める必要がある。だが、中には最初から、或いは途中から、区切りを設けずに活動を続けるパターンもある。

筆者の交友関係に限っての話になるが、40才を超えても音楽やお笑いを続けている人達が少なからず居る。しかし、全員が生計を立てるための生業との兼業である。肩書きや立場としてのプロになる(事務所に所属するとか、レーベルと契約する)ことを諦めて、趣味として割り切って続けているのではない。単純に、そういう「生き方」を選んだということだ。

そもそも、人それぞれの生き方は他人からとやかく言われる筋合いのものではない。仮に、趣味として割り切って続けることを「ヌルい」としても、ヌルいことをとやかく言われる筋合いもまた無いのである。

しかし一方で、他人の生き方に干渉する空気が世間に醸成されつつあるように思う。それが筆者が最も問題視している点であり、今回の記事の投稿に至った動機でもある。

まずは、大きな目標に向かって、正しい方向性の努力を目一杯しましょう、というのが今日の教育現場でのスローガンであり、そして、その「大きな目標」の意味するところは、スポーツと芸能である。

小学校低学年くらいの子どもが「将来は公務員になりたい」と言えば、「夢がない」と言われてしまうが、そもそも「夢がない」って悪いことじゃないだろう。「地に足が付いてる」とポジティブに評価するべきだ。公務員に誰でも成れるわけではない。今の御時世、如何に楽して儲けられるかに腐心している大人が多い中で、公務員を目指すのは、崇高な理念だとすら言える。

しかし、今日の教育現場には、「まずは、スポーツか芸能でワンチャンあるかもしれないから頑張ってみよう!」という雰囲気が漂っている。ただの雰囲気なら、筆者が過敏なだけかもしれないが、義務教育(中学校)の科目にダンスが追加されたことで、筆者は確信に至った。国(文科省)は学校をオーディション会場にしようとしている、と。

当然、社会はスポーツと芸能だけで成り立っているわけではない。だから、スポーツと芸能のコースから脱落した者達に社会のインフラを整備する仕事に従事させようとしてるのではないか?

島田紳助の発言が国の教育方針とその決定にまで影響を与えた、とは考えにくいが、それを支える世論の一部くらいには、間違いなく影響を与えたと言っていいだろう。

サッチャー政権下のイギリスでは、サッカー選手かミュージシャンにならない限りは、労働者階級から抜け出せないと言われていた。そして、小泉政権以後の日本の状況は、当時のイギリスと酷似しているとも言われている。

一攫千金を狙ってスポーツや芸能を志すのは、個人の自由である。しかし、教育の名目でそれを強いるのは間違っている。上がった覚えのないリング上での勝敗を一方的に告げるようなものだ。富豪か、大貧民か。人の生き方にはその2択しか無いわけではない。

正しい方向性の努力を長く続けても、報われないことはある。この事実を教育現場でも、メディアを通してでも改めて啓蒙すべきである。

一応、〆として一つオチを付けるなら、2007年のNSCでの島田紳助の講義を受けた芸人を、筆者はテレビで見たことがない。

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