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小説|瑠璃色の瞳(12)

全速力で聖堂まで走ってきた芽依は、息も絶え絶えの状態のまま、その無惨な景色を前に瞠目する。
聖堂はほぼ全壊に近い状態で、大理石で造られた壁も柱も、焼き尽くされていた。

「ど……して…………こんな……」
「…………っ……」

茫然と立ち尽くす芽依の耳に、微かな呻き声が聞こえ、はっとしてその声の主を探す。
すると、聖堂の中央付近に、瓦礫に足を捕られたまま微動だにせず倒れている少女が目に映る。

「…………枢っ!?」

慌てて駆け寄り、怪我の状態を確かめる。破片が飛び散ったのか、切り傷は所々見受けられるものの、深い傷はなさそうだった。
いつの間にか芽依の隣に来ていたトキが、枢の足元の瓦礫を取り除く。

「ーーーーあら残念。巫女程度の力では、このくらいが限界ね」
「!」

突然頭上から降ってきた声にバッと顔を上げると、死神の女が上空からこちらを見下ろしていた。
芽依と目が合うと、女は目を細めて妖艶に微笑む。
その女の懐辺りにある、黒い輝きを放つ物体を視界に捉え、芽依は顔を強張らせた。
眉間に思わず力が籠る。

「…………枢に、宝珠を使わせたの……?」
「ええ。でもダメね。やはり太陽神の比護を受けた聖女に宝珠を使わせないと」

宝珠は聖女にしか扱えないものだ。巫女である枢には、負担が多すぎたのだろう。
黒く染まった宝珠。本来宝珠とは、白い輝きを放つもの。それをあそこまで濁らせるには、いったいどれほどの穢れを注ぎ込んだのか。
あれほど穢れた宝珠を元の正常な状態に戻すのは時間がかかるし、今の自分の能力では不可能だ。
だが、あのまま彼女に触れさせていれば、どんどん宝珠は穢れていく。まず、あれを死神の女から引き離さないと……。

「トキくん」
「ーーーー下がってて」

最後まで言い終わらないうちに、トキが空中へ飛び上がる。
鎌ではなく腰に差していた剣を抜いて宝珠へと向かうトキを見て、芽依は言われた通り安全な場所まで枢を下がらせる為、彼女の体を支えるようにしながら腰を浮かせた、その時。

「ーーーー……さまー……!」
「…………?」
「……芽依様ーっ!」
「……杙梛さん……?どうしてここに?」

裕祇斗の従者である彼は、芽依の前にたどり着くと、息を整える為に一呼吸置き、ずれた眼鏡を直して彼女に顔を向けた。

「……聖堂から爆発音が聞こえて、何事かと思って駆けつけたんです。王も心配されていました」

……そうか。
これほどの威力の爆発だ。聖堂だけの被害だと考えていたが、音は下の街まで聞こえているかもしれない。街の人々が騒ぎ出すのも時間の問題だ。
ここに騒ぎを聞き付けた人が来るのは危険過ぎる。

「……杙梛さん。枢を王城まで連れていって下さい!それと、街の人の避難をお願いします。ここは危険なので、近付かないよう指示を」
「芽依様は?!」
「……私はここに残ります」
「そんな……っ。芽依様をお一人でこんな危険な場所に残して行っては、私が裕祇斗様に怒られます!」

杙梛にはトキ達の姿は見えていないのだろう。一人ではない事を伝えようとして……芽依はそれを止め、別の事を口にした。

「裕祇斗なら大丈夫。……それに、ここには宝珠があるので、私はここから動けません。ご理解下さい」

宝珠。それは祭りの時以外は厳重に保管されている代物だ。
昼間の事件があって、杙梛も宝珠についてのあらかたの知識は頭にあったのだろう。
芽依にしか扱えない宝珠の処理となれば、確かに、他の者が居ては逆に邪魔になるだけだ。

「…………分かりました。こちらはお任せ下さい」

杙梛は渋々ながらも納得し、枢を芽依から受け取ると、しっかりと両手で抱きかかえる。

「…………気を付けて」
「芽依様も、どうかご無事で」

一礼してその場を離れる杙梛を見送り、芽依は宙を見上げる。
上空では、トキと死神の女の睨み合いが続いていた。
トキはすぐにでも剣を振るえる体制を崩していないし、死神の女は武器も持たず、そのうえ片手を口元に当てて微笑んではいるものの、彼女の佇まいには一切の隙もない。
微笑む口元とは裏腹に、トキを見つめる瞳は冴えざえと冷たく、奥底に静かな憤りが見え隠れしている。

「その珠を返して」
「……お前の命令に従う道理はないわ」
「魔王様の命は、太陽神の分御霊を消し、光ある人間達に不幸を与える事……。宝珠を使えば、この国のほとんどの人間が消えてしまう。それは……君達がやろうとしている事に反してるでしょ……リーフィア」
「ーーーー黙れ」

トキに名前を呼ばれた瞬間、死神の女ーーーーリーフィアの瞳が完全な怒りに染まる。

「……確かに、魔王様の目的はそうね。……でも私はーーーー貴方にも消えてほしいのよ」

今まで聞いたことのないくらい低い声で呟く女の表情は、抑えきれない憤りに満ちていた。

「…………魔王様の分身でありながら、魔王様の命に背くお前のその愚行、……ーーーー私は決して赦さない」

刹那、彼女の体から力が爆発する。力を解放した余波で突風が吹き、芽依は咄嗟に腕をかざして目に砂が入るのを防ぐ。
トキはその風の中に飛び込み、リーフィアの懐を狙って剣を薙ぐ。
しかし女は素早く後ろに下がってそれをかわし、瞬時に鎌を出現させてトキの剣に叩きつけた。金属同士がぶつかり合った激しい音が響き、トキは芽依の立っている地上付近まで押し戻される。

「………………!」

空中で体制を立て直そうとするも、目にも止まらぬ速さで近付いてきた女が更にトキに強烈な蹴りを喰らわした。
トキは両腕を交差させて受け身を取るも、数メートル後方へ押し出される。

「…………これで私に勝てる気でいたのかしら。……もし本気を出しても、貴方は私に勝てないわよ?」

トキは自身の前に剣を構える。休む暇もなく距離を詰め、彼に向かって降りおろされるその鎌を、構えた剣で受け止める。
ぐぐっと押されるものの、トキはその場から動かなかった。

「…………別に、勝つことが目的じゃない、から」
「………………は……?」

ぐっ、と今度は逆に、トキが彼女の鎌を押し戻す。力が拮抗し、剣と鎌が動かなくなる。
ーーーーその時、トキは左手に鎌を出現させ、リーフィアの鎌目掛けて振り上げた。

「……な……っ」

鎌を上に弾かれ、リーフィアの右腕も上にあがる。その一瞬に、トキは鎌の柄に繋がっている鎖で宝珠を絡め取った。
勢いよく引っ張り、自身に引き寄せる。

「…………っ、く」

宝珠がリーフィアの体から離れる間際、一瞬彼女は宝珠に手をかざす。
すると、黒い輝きを放っていた宝珠が白い輝きを取り戻す。
眩いばかりの輝きを放つ宝珠がトキに触れ、ジュッ、と体が焼ける音がしてトキは顔をしかめた。

「っ……」
「トキくんっ!?」

トキがゆっくりと地面に降りると、芽依は慌ててそこに駆け寄った。そこで、トキから宝珠を手渡される。

「…………ごめん。少し、……時間かかった」
「そんな事より、腕……!腕、見せて」

了承を得るよりも早く、芽依は彼のだらりと下がった左腕をそっと持ち上げた。
指先から上腕にかけて広範囲で火傷しており、宝珠に触れていた手の平は皮膚が紫色に変色していた。

「…………ひどい……」
「…………大丈夫。動けるから」

トキはただ淡々と答える。
死神は元を辿れば罪人だ。宝珠か穢れに触れられる事を拒絶したのだろう。
……トキに触れる直前で宝珠の穢れが無くなっていた。
宝珠の性質を逆手にとって、奪われながらも彼に大怪我を負わせた。リーフィアの瞬時の判断力と応用力は相当なものがある。

「ーーーーさすが、我が同胞。ただの死神なら浄化されて消えてしまうのに」

近くまで降りてくる気配がして、芽依はゆっくりと顔を上げる。
リーフィアは怪我を負うトキを見て、ふっと笑った。

「……でも、その怪我ではまともに戦えないでしょ。……もう、ーー消えて良いわよ」

すると、彼女は黒い雷光を纏う塊を作り出し、二人に向けて容赦なく放ったーーーー。


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