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小説|瑠璃色の瞳(4)

門の前まで来ると、馴染みの門番が出迎えてくれた。
テヌートはこの家専属の門番だが、もう一人は王城から交代制で見張りに来てくれている。
この門番は父が司祭になったばかりの頃から時折来てくれる顔見知りだ。二人目の父のような存在で、彼も芽依を本当の娘のように接してくれていた。
父とは同い年で随分仲も良かった。名を忠文という。
忠文はテヌートの傷を見て大層驚いていたが、彼が心配はないが今日は休ませてほしいと言うと、快く引き受けてくれた。
お言葉に甘えて、三人が邸宅の中に入っていくと、すぐに小さなお迎えがやってきた。

「あねさまー、おかえりなさい」
「ただいま三津流」

芽依は自分に向かってとてとてと歩いてくる弟を腕の中に収めると、優しく笑った。

「遅くなってごめんね。今から夕餉の支度をするから、少し待っててくれる?」

すると三津流はふるりと首を横に振って応じる。

「ううん。お夕飯はさっき忠文が食べさせてくれたから大丈夫」
「そう。じゃあ、今日はもうおやすみ。明日は私も休みの日だから、一緒に遊ぼうか」
「うんっ!」

今度は元気よく首を上下する弟を見て、芽依も一つ頷く。

「おやすみ」
「おやすみなさい。姉さま」

三津流が自分の部屋へ駆けていくのを見送った後、芽依は二人に席を勧めて茶を出す。
その後、テヌートの背中を治療する為に服をめくった芽依は、傷口を見て目を見開く。

「…………え……」

肩から腰にかけて斜めに裂かれた傷は、もう少しで内蔵に達してしまいそうなほど深く、あまりにも痛々しいものだった。
こんな傷で生きているのが不思議なくらいだ。事実、普通の人間なら、既に即死しているだろう。芽依の手が微かに震えた。テヌートはそれを感じてか、怠そうに服を元に戻す。
その仕草にはっとした芽依は、震えるその手でテヌートの服が下がるのを止めた。

「だ、駄目だよ。ちゃんと治療しないと」
「あ?」

流し目で芽依を見たテヌートは、彼女の瞳があまりにも必死なので、何とも言えない顔になる。
彼女の手を軽く振り払い、説明を加えた。

「……俺はふつーの人間とは体の作りが違うんだ。だから、治療なんかしなくたって、ほっとけばこんな傷、数日もすれば治る」
「でも、今は痛いんでしょ?だったら、そのままにするのは良くない」
「良いんだっつーの!離せよ!」
「駄目!私は曲りなりにも聖女です。目の前で傷ついている人がいるのに、そのまま放っておくなんて、私には出来ない」
「……………………」

そう言って半ば強引に治療を始める。テヌートは最初こそ抵抗していたが、芽依の根気に負けてか、それ以上反抗せず、大人しく治療を受けていた。

「………………やっぱり、テヌートも死神なんだね……」
「やっぱりって何だよ」
「だってさっき、自分で言ってたじゃない。……『俺は普通の人間とは体の作りが違うんだ』って。それって、つまりそういう事なんでしょ?」
「……………………」

テヌートは一瞬沈黙した。
トキは相変わらず感情が読めない。包帯をすでに巻き終えた芽依は、軽く握った拳を自分の太股の上に乗せ、二人を不安そうに見つめる。テヌートは諦めたように瞑目した。

「………………そうだ」

それを聞いた芽依の手に、無意識に力が籠る。
何かを言おうとして口を開き、躊躇うように口を閉ざしを繰り返していた芽依だったが、ふと瞼を落とすと、思わず本音が漏れた。

「…………な、んで……、今さら……」
「……………………」

何かを堪えるようにぐっと口を引き結んでいる芽依を見て、テヌートは大仰な溜め息をついた。

「……お前のことだから気付いているとは思うが、あいつらの目的は、お前だ」

すると、芽依の瞳が微かに揺れる。それを見て、テヌートは自分の考えが正しい事を悟った。
芽依は馬鹿じゃないし、昔から勘は良かった。それに、本人が気付いていなかっただけで、襲われたのは今日が初めてではない。
ずっと小さい頃から、あいつらは芽依を狙っていた。
そして、十六の誕生日を迎え聖女となった今、芽依にも人ならざる者の姿が視えるようになった。
ただ、それだけのことだ。

「お前が聖女となった事で、元から持っていたお前の光が更に増幅した。奴らはそれを消そうと、お前を殺しにやってくる。だが、奴らにお前が殺されれば間違いなく、この世界は滅びる」
「…………どういう……こと……?」

世界が滅びるなんて想像もつかない事を、目の前にいる男は平然と語る。
それに、彼は言った。
『お前が』殺されれば、と。
この世界の、何十人もいるであろう聖女の中で、『お前』なのだと。
自分の命が世界の滅びに関わるとら、一体どういう事なのか。
芽依の表情からそれを読み取ったのだろう。
テヌートはすぅっと目を細めた。その瞳の奥に、芽依とは違う、誰かの面影が重なる。

ーーーー……約束、だよーーーー。

芽依とは似ても似つかぬ、柔らかいその声がテヌートの脳裏を過り、無意識に瞳の奥が震えた。
震える瞳を殺すように一度瞑目すると、彼はゆっくりと口を開く。
出会った当初の強く、どこか優しいその瞳が、芽依を見つめていた。


「お前は…ーーーー絶対的守護神、この世の光を統べる、太陽神の分け御霊なんだ」


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