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小説|瑠璃色の瞳(15)

聖宮の上空で、二人の死神が睨み合う。
ぴくり、とリーフィアの眉が反射的に動いた。

「…………気配が……」

屋敷に向かわせた悪魔の気配が消えている。
あれは魔王から与えられたリーフィアの使い魔だ。
普通なら攻撃はおろか、触れる事すら出来ないはず。
そんなリーフィアの考えを読んでか、テヌートは口を開く。

「……裕祇斗はこの国の王子だ。芽依は太陽神の分御霊だが、王族は太陽神の末裔……。ただの人間じゃねーからな」
「………………」

リーフィアは無言でテヌートを見下ろす。そのまま視線をずらし、こちらを見つめる芽依とトキを見返した。

「…………そう。貴方は随分、死なせたくない者がこの世界には多いようね」

バチッと女の右手に静電気が舞う。テヌートは剣を握る手に力を込めた。

「そうかもな……。……ところでお前、パートナーはどうした」

その単語を聞いて、僅かにだがリーフィアの表情に変化が生じる。

「……私のパートナーなんて、貴方には関係ないでしょう」

死神は二人一組で働くのが基本だ。パートナー契約してない死神は人間界に降りられない。
魔王の護衛役と言っていたが、この定義は変わらないだろう。
つまり、彼女には確実にもう一人、協力者がいるはずだ。
……近くにいるのは間違いない。
だが、気配を全く感じない。

「…………私は私で行動する。パートナーなんて邪魔なだけよ」

パートナー……という単語を出した時、一瞬リーフィアの瞳から感情が消える。
……コイツら、ただ組んでいるだけで別行動しているのか。

「…………何だお前ら。敵対でもしてるのか?」
「……さあ、どうかしら。魔王様の命令で一緒にいるだけだもの。あいつの目的なんか知らないわ」

ーーーー咄嗟に、テヌートは足で地面を蹴って横に飛ぶ。すると、今まで彼がいた残像を、鎌を突き出したリーフィアが掻き切る。

「……………………」

二人の動きが止まり、再び同時に空を蹴る。
テヌートの突き出した剣はリーフィアの顔面すれすれを横切る。
すかさず二度目の突き。
今度は、剣先を自身の鎌で受け止めた。

「………………」

鋭い眼光がテヌートを貫く。

「…………退きなさい」

リーフィアの目的が芽依でないのは、薄々気付いていた。
確かに、芽依を消そうとはしていたが、あくまでそれは任務で、仕事としてだ。彼女には他に、壊すべき対象がいる。
ーーーー彼女の瞳に黒い光が宿る。

「…………お前の価値観をトキに押し付けんな」

テヌートが低く呟く。
刹那、かっとなったリーフィアが眉を吊り上げる。
全身に力を込め、テヌートを地面へ叩き落とす。両足で地面に着地するものの、重圧で地面がへこみ、土煙が四方に舞う。

「…………お前に、何が分かるっていうの」

リーフィアは黒い静電気の塊を産み出し、テヌートに向かって放つ。
凄まじい爆発音を立てながら次々に地面を破壊し続けるそれを低空飛行で躱していく。
バチッと、テヌートのローブを掠め、爆発の衝撃でバランスを崩す。

「……ちっ……!」

足と手をつき、ガガッと音を立てながら何とか止まる。
トキに配目し、すぐにリーフィアに視線を戻す。

「……トキ」
「ーーーーはい」
「あの女の動きを一瞬止める。……動けるか」
「はい」
「ーーーー……よし」

いつもと同じ、淡々とした返事。だけれども、いつもより少し、緊張した表情に見えた。

「…………行くぞ」

その声を合図に、二人同時に地を蹴る。
左右両方からの攻撃。彼女がどちらに動くのか、だいたい予想はつく。
テヌートはリーフィアが動いたのを視界に捉え、速度を上げる。
剣と鎌がぶつかり合う。
正面に立つは、リーフィアとトキだ。
リーフィアは最初から、トキにしか怒りの矛先を向けていない。
テヌートはその隙にリーフィアの背後をとり、剣を薙ぐ。けれども彼女は素早くそれを避け、テヌートに蹴りを入れる。そのままその反動を利用して一回転し、トキの剣を払った。

「……私は、貴方が赦せないっ……!!」

一瞬、反応が遅れた。

「……、っ」

振り下ろした鎌がトキの肩口を掠める。
中々に深く斬りつけられたらしく、ポタポタと血が腕を伝って地面に滴る。

「…………貴方は、死神になった。その体ではもう、死んでも泡となって消えるだけ!魔王様の元へは還らないっ」

リーフィアの魔王としての力が爆発する。

「死して魔王様の一部となる。それは、人間として生を受けた分身の、使命であり、それが運命(さだめ)のはずよ……!」

テヌートの知る限り、魔王の分身の中で人間として生を受けたのは、トキが初めてのはずだ。
分身の『人間』としての死により、魂は魔王の元へと帰還する。元々地獄で産まれたなら、リーフィアには『人間』としての死はない。
つまり、彼女は死んでも魔王の元へは還れない。

「分身なら、魔王様の声が聴こえるでしょ!あの方の苦しみや悲しみが、手に取るように分かるはずっ!!……それなのに、どうして!そんな非道な事が出来るのよ!!」

ーーーー人間として、魔王様の糧と為るために産まれてきたのに。
最後の言葉は、ほぼほぼ悲痛な叫び声のようだった。
力の爆発で閃光と爆風が吹き荒れ、テヌートは上空に飛行して避ける。しかし、間近にいたトキは、地面に叩きつけられた。

「っ、……け、ほっ」

肋骨を傷付けられたか、若干咳き込む。しかし、それも許さないのか、リーフィアはトキと間を詰め、トキに魔王の力を注ぎ込んだ。

「………………っ……あ……!」

トキが苦し気な声を上げる。
リーフィアは更に、その力を強めた。

「…………せめて、魔王としての誇りを持って死んで」

黒い閃光が辺りを包み込む。
重い風圧が体を押し返すのも構わず、芽依は走り出していた。

「………………ダ、メ…………っ、やめてーーーーっ!!」

芽依が叫ぶと、バンッ!と激しく音が鳴り、力が相殺される。そればかりか、芽依の持つ宝珠から、眩い光が徐々に増幅し、辺りを埋め尽くしていく。
リーフィアはそれから逃げるように、数十メートル後方へ下がる。
芽依はリーフィアを真っ直ぐに見つめた。

「…………貴女が、魔王を大切にしているのは痛いほど伝わってきた。……っでも、いくら分身でも、貴女だって魔王そのものじゃないでしょ。……トキくんにまで、魔王の考えを強要するのはやめて!」
「……………………」

リーフィアと芽依の瞳が交差する。芽依の瞳は、揺るぎようがないほど、強い意志が宿っていた。
トキの視線が、芽依に移る。
芽依はただ真っ直ぐに、その言葉を伝えた。

「……ーーーートキくんは、魔王じゃない」


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