ピアスの呪い



 僕の幼馴染はモテる。整っている顔にサラサラな髪の毛。くっきり二重に、きれいな鼻筋。三六〇度、どこから見ても完璧な顔立ちをしている。その上性格も頭も完璧で、共学に通う彼は女子からの告白が絶えなかった。それなのに何故か一度も彼女がいたことがない。十年以上一緒にいる僕なんかより、彼女と幸せな時間を過ごした方がいいと思ってしまう。それだから、彼が告白を断った女子が僕にあんな話をしてきた時は声が出なかった。 
「は?今なんて言った?」 
「だから、あんたの幼馴染男が好きなの。ホモなの。」 

何を言っているんだこいつは、と率直に思った。彼がホモだなんて確証もないことを言われ、ただただ混乱で彼女を見上げることしかできなかった。彼に振られた腹いせなのだろうか。 
「ねぇ、聞いている?」 
「あ、うん。そうなんだ、それは彼から聞いの?」 
「あんた、右耳ピアスの意味知らないの?」 
右耳ピアス。彼女が言うには,右だけについている彼のピアスには意味があるらしく、それは同性愛者を意味するらしい。 

耳にかかった長めの髪の隙間から、たまたま見えたらしエメラルドグリーンのピアス。太陽の光にきまぐれに乱反射されるエメラルドグリーンが僕は好きだ。そして、それ去年、僕が彼の誕生日にあげたものでもある。なんだか、僕まで侮辱されたようで居てもたっても居られなくなった。 

「なんだよそれ、すごくくだらないな」 

そうとだけ言いはなって、教室を後にした。彼女はどんな顔をしているのだろう。いつも彼と一緒にいる僕を引き離すことができなくて悔しい、という顔をしているかもしれない。申し訳ないけど、どこが出どころか分からないに振り回されるような、関係ではない。少なくとも、今後僕たちの関係が変わることはない。  

そんなことをグルグル考えながら、ひたすら無言で歩くことしか出来なかった。 
「ねぇ、春くん。聞いてる?」 

聞き覚えのある声にはっと目を覚ます。いつ来たのかは覚えてないが、どうやら僕は屋上のベンチで寝てしまっていた。声の主を探そうと後ろを振り向くと、いつものように少し長い袖のセーターを上手に着こなす人物が立っていた。屋上に降り注ぐ太陽が耳元のそれを乱反射させる。僕の幼馴染、波留だ。 
彼は僕が目を覚ましたのを確認し、横に腰掛ける。まさかあの噂を聞いた後に鉢合わせるなんて思ってもいなかった。別に、だから何だという感じではあるが。

僕たちは永遠だ。 

「屋上にいるなんて珍しいね。たそがれにきたの?」 
「そういう波留こそ、何しにきたんだ?」 
ん~、そうとだけ言った波留はただただ空を見上げていた。いつもと違う妙に落ち着いた様子が、僕をひきつけた。いつだって彼はきれいだ。 

「聞いたでしょ、俺の噂。驚いた?」 
「……。」 
「驚いたよね、ピアス付ける位置の意味なんて知っている人いるんだね~」 

そう言って彼は右耳に髪の毛をかける。嫌というほどに主張してくるエメラルドグリーンが、何か訴えている気がしてならない。 

「俺ね、春くんのことが好きだよ。だから貰ったピアス毎日右耳に付けてるし、あの噂も本当なんだよ。これを最後に伝えにきたの。」 

彼はいつも通りの口調で、普段雑談する時と変わらないペースで話しかけてくる。何か言わないといけないのに、言葉が出てこない。波留は何も言わずに空を見上げている。屋上特有の風が僕たちを優しく撫でる。まるで世界に二人だけが残されたような静けさに少し怖くなる。 

——-待てよ、最後ってなんだ? 
「おい波留、どういうことだ?」 
やっと混乱していた意識を取り戻し、あまりにも雑な質問を投げかける。けれど、波留の方を向いたときにはもう遅かった。校内に繋がる扉の閉まる音が響いた。 

そのあと僕は波留を追いかけることをしなかった。追いかけたところで何ができるわけでもないだろうし、彼を傷つけてしまうかもしれないと思った。それに、僕自身、気持ちの整理ができていない。とりあえず今日は寝ることにした。また明日、ちゃんと彼と話そう、そして僕自身の想いを伝えることを決意して。 

だけど、彼の言った〝最後〟はほんとに最後で、僕たちは永遠なんかではなかった。 

朝、僕は母親にたたき起こされ、波留が自殺したことを知らされた。首を吊った状態を家族に発見された。腕には大量の切り傷が見られたが、つくられたばっかりのものではなかったらしい。毎日愛着している袖の長いセーターは皮肉にも彼に似合っていて、腕の傷を隠すには最適であった。 

彼が残した遺書は、僕のことで埋まっていた。好意を抱くようになった瞬間や悩み、喜び、それを知られた時の絶望までが事細かく残されていた。何度も何度もそれを読み返した。何周かして、どうして彼が僕を好きになったのかがようやく分かった。
けど、どうして彼が死んだのかは、分からなかった。 

彼の机の中には、片方のピアスが大事にしまわれていたらしい。遺書を読んだ両親が、これは僕に残したものだと言い、渡された。僕は彼の死を背負っていく必要がある気がした。そして、波留に届かなかった想いをどうしても届けたいと思う。僕は、ピアスを箱からそっと取り出し、付け替える。 

波留、僕の想いは伝わったかな。 

今日の天気は冬にそぐわないくらいに温かく、気温が温かい。太陽の光が僕の耳元をひか らせる。僕はこの気持ちを隠すつもりはない。彼が見られなかった景色を見せることを決意して、エメラルドグリーンを光らせる。 

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