見出し画像

【エッセイ】6年。部活動が残した私

何をするにも続かない、そんな飽き性であった私。親にお願いして始めた習い事も嫌になって直ぐに辞めるし、自分で決めた目標も達成出来ない。飽き性なんて甘ったるい言い訳してしまう自分も嫌い。けど、そんな私にも年単位で続いたものが2つある。それはピアノと部活動だった。

今日は部活動について話したい。私の中学校は原則全員がどこかしらの部活に所属しなければならなかった。運動が嫌いな私は、入部届けを提出する前日の夜まで美術部か吹奏楽で悩んでいた。両親は好きな方をやりなさいと言ってくれていたけど、特段趣味も無ければナマケモノの私はいつまで経っても決めることが出来なかった。
どうせやるなら、友達が沢山いる所にいきたい。そう思った時に出てきた選択肢が「弓道部」だった。
単純脳な私は、「そういえば仲良い子達みんな弓道部じゃん。体験辛かったけどまあ大丈夫か」なんて理由で、希望届けに弓道部と記入した。思いつきで行動することが多々あるのだが、この判断は人生の中でトップに入るファインプレーだと言える。

何となくで選んだ弓道が、ここまで続くとは思わなかった。先輩は怖いし、自分の代になれば部員をまとめるのも大変。中学生ならぬ色恋沙汰、人間関係に翻弄されてたら、容赦なく行われるレギュラー争い。

そして高校に入学し、「弓道しか出しないし……」と続けてみれば部員は少ない。そもそもほとんど異性で、唯一の同学年の女の子は仲はいいけどサボり癖有り。ここでもまたしょうもないいざこざ。コロナの影響で実施できなかった審査三段の獲得。
それでもやっぱり同じ目標をもつ仲間だし、何よりも、なんとなくで始めた弓道が私の性に合っていたのだ。

弓道は個人競技でもあり、団体競技でもある。まさにその通りで、たった1人で関東大会までたどり着く事なんて出来なかったし最後までやり切ることは出来なかった。
だけど、自分のミスを誰かのせいにすることも出来ない競技なのだ。
今まで何かと理由をつけて、色んな事を心の中で責任転嫁してきた私だが、弓道と向き合っている時は自分を責めるしか無かった。
なかなか上達しなくて悩んだこともあったし、仲間の技術を妬むこともあった。それでも、部活を辞めたいと思った事は1度もなかった。
それはきっと、本来なら個人戦で戦う相手である部員が、「仲間」だと思っていてくれたからなのだろう。
仲間とか絆とか、そんなの綺麗事の話だと思っていたけど、実はちゃんと存在と実感したのだ。

私は、それで人として成長することができたと思う。何も出来なかった私が、誰かに支えられて1つの目標のために打ち込んでこれたことは「青春」と言っても過言ではない。

だから、あの頃を思い出してもう少し頑張りたい。本当に辛い時はやめてもいい。ただ、頑張れるのならば、続けていて無駄なことなどないんだと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?