零時までは
県で一番頭がいいと言われている高校の制服を着崩し、少し長めの茶髪をセンターに分けてセットしてある。耳のピアスと指輪からは不真面目さが演出されている。
何か一つ軽食を買っては、零時を回るまで小さなイートインコーナーに居座り続ける。そして私が制服を脱いで帰宅準備を終えて戻ってくると、もうすでにコンビニから姿を消している。いくら男子高校生だからといっても、さすがにこの時間まで外出しているのは親が心配するのではないかと、店内をモップ掛けしながらお節介にも考えてしまう。
「おねぇさん?」
あまりにも無意識に彼の姿を見ていると、どうやらその視線に気づかれてしまったらしい。不思議そうにこちらを見つめる彼の顔つきはまだ幼さを感じさせ、やっぱり高校生だなと思わせる。
「あ、すみません。どうぞごゆっくり。」
「ちょっと待って」
そう一言だけ言って自分の職務に戻ろうとしたとき、咄嗟に袖をつかまれ、職務に戻ることを止められてしまった。あまりにも急な出来事に思考が停止する。この子は何を考えているのだろ彼の両親も知らコンビニでバイトを始めて約三か月、毎日決まった時間に来る客がいる。いつも、今も。
「えっと、どうしましたか?なにか問題でもありましたでしょうか?」
「おねぇさん大学生でしょ?タメでいいよ。名前、夏美って言うんだね。」
名札をじっと見つめ、いい名前、と呟く。完璧に彼のペースにもってかれてしまった。見た目のチャラさとは反対に優しいしゃべり方をしている。
現在二十三時五十分。この時間に来る客はほとんど無く、店員も私一人しかいない。きっと彼はあと十分で店を出るだろう。それなら少し、彼のことを知りたいと思ってしまった。
「君、って言うのも失礼か……。名前はなんて言うの?」
「佐々木。りょうた、でいいよ」
「りょうたくんは、毎日この時間まで外出して親に怒られないの?」
「ん~……」
考える姿を見て少し、踏み込み過ぎたかと後悔する。いくら何でもただのコンビニアルバイトに家庭事情を聞かれたくはないだろう。
「もうね、呆れられているのかも。」
自分の軽率な発言に反省し返事を待っていると、彼はこちらに体を向けて話し始めた。
「最初はさ、髪染めてピアスも開けて深夜に帰ったときはそりゃ、大騒ぎだったよ?自分の子供がグレ始めたって、お母さんなんていきなり泣き始めたし。けど、毎日毎日こんなこと続けていたら別になにも言われなくなった。ただそれだけ。」
「なら、どうして毎日そんなことしているの?」
私は今一番気になっている事をついに聞いてしまった。ないであろう事実を聞いていいのか分かないが、ここまできたら、気になって仕方がなかった。
「いいよ教えてあげる。オレね高校で学年一位なんだ。それで生徒会長も任されているし、一般的に言われる優秀ってやつらしい。親も教師も友達も、みんなオレに期待する。そうなると面倒くさくて、自分の生きたい生き方ができなくなったんだよね。オレだって本当は友達と夜まで遊びたいし、恋人も欲しい。けどそんなのは”優秀“って肩書きが許してはくれない。別に誰かに迷惑かけるわけじゃないのにね、自分らしいが段々分からなくなってきちゃって。だから学校や家にいない時間くらい、なりたい自分になろうと思って。一日が終わる時まで、それを楽しんでいるんだ。」
彼は一通り話し終えたようだった。自分が思っているよりもずっと悩みを抱え、毎日ここまで足を運んでいたことに胸が痛む。
県で一番頭のいい高校の学年一位。おまけにだれもが憧れる生徒会、期待されないはずがない。いくら頭がよく信頼されようが、それが真面目とイコールになるはずないのに。理解されない辛さは私にもわかる。
「最近ジェンダーがああだこうだ騒がれているけど、あれも同じ。みんな好きなように生きればいいのにね。好きな格好して、好きな人と付き合えばいい。枠にとらわれているようだと、つまらないからね。それが堂々とできないオレがいうべきじゃないけど。」
そういった彼は帰宅の準備をし始める。あと数分で彼が彼らしくいられる時間が終わってしまう。
「それならさ、どうしてこのコンビニなの?」
「夏美さん、バイト入ったばっかりの時、女だからタバコの種類分からないだろってクレーム受けていたでしょ。あのとき、性別で判断するのはやめてください、なにをするにも性別は関係ないですって反撃する姿かっこよくて、好きになっちゃったんだよね。それじゃオレはもう帰るから、バイバイ。」
荷物をまとめ終えた彼はこちらに手を振り出口に向かっていった。出ていく際、意地の悪い笑顔をこちらに向ける。
「返事はいつでもいいよ。」
え、何て?好き?返事?
「りょうたくん!?ちょっと、さっきのどういう意味!?」
遅れて反応するも、彼はすでに視界から消えてしまっていた。机の上には彼のものらしき生徒手帳が置いたままだった。次に来た時に渡すことにしようと、残されたそれを回収する。
しかし、そこにはりょうたとは別な名前が書いてあった。佐々木涼子。名前は違くても顔写真はさっきまでいた彼と一致している。突然の告白に引き続き動揺が隠し切れない。
りょうたは、本当にあの時間にしか存在しない人間であった。
時計の針は零時を指す。りょうたがりょうたではなくなり、私のバイトが終わる時間でもある。彼は彼女である時も私を好きでいてくれるのだろうか。ずっと遠くから見ていただけの存在が、好きだと言ってくれることはこんなにも嬉しいものなんだなと思う。これからのバイトを楽しみに思えたのは初めてで、佐々木涼子と書かれた生徒手帳を大切にポケットにしまい更衣室に向かう。
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