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「あったらいいな」をポップアップさせる “泊まれる”公園リノベーション | 宿泊施設/INN THE PARK 静岡県沼津市(2019年掲載事例記事)

※本記事は、弊社旧ウェブサイト(rerererenovation!)からの移行記事です。2019.12.26に制作/更新されたもので、登場する人や場所の情報は、インタビュー当時のものです。



INN THE PARKってどんなところ?

車なら首都圏から東名高速道路で約1.5時間。新幹線と在来線を乗り継ぎ、沼津駅からレンタカーで約20分。標高1504.2mの愛鷹山(あしたかやま)の麓にあるのが、”泊まれる公園”がコンセプトの「INN THE PARK」です。

60ha以上もある広大な愛鷹運動公園の中にあったのは、30年以上にわたり、地元の子どもたちの林間学校などに使われていた教育施設「沼津市立少年自然の家」。かつての食堂は、美しい駿河湾を眺めながら地元の食材を使った食事を味わえるサロンに。子どもたちが寝泊まりしていた宿泊棟は、ダブルベッド8台を有し、家族でゆったりと過ごせる空間に。そして……、遊歩道を歩くと突如出現する森の中に浮かぶ球体型テント!

2017年9月のオープン以降、リノベーションに興味を持つ人のみならず、インスタ映を狙う女性たちやファミリー、そしてアウトドア好きと、異なる趣向を持つ人たちが自分たちらしい過ごし方で楽しんでいる「INN THE PARK」。

どのようにこの施設が誕生したのか? なぜこれほど多くの人たちの興味をひく施設になり得たのか? その秘密を株式会社インザパーク、山家 渉(やまが・わたる)さんに伺いました。

左) INN THE PARK山家 渉さん。東京から沼津へ移り住み、施工からスタッフのオペレーションなどを一手に担う(撮影:小西七重)
右)緑に囲まれた大規模な公園に突如あらわれる真っ白なファサードが INN THE PARKの目印(提供:INN THE PARK)


INN THE PARKができるまでのストーリー

STEP 01 こんな経緯から始まった

大人も、子どもも、手放しで楽しめる場所へ。公園に様々な機能をポップアップさせる

INN THE PARKの目の前には、芝生広場が広がる。
「沼津市少年自然の家」時代の建物はそのまま活かし、現在INN THE PARKとして使われている(提供:INN THE PARK)


1973年、文部省(現文部科学省)の社会教育施設として、全国でも指折りの早さでオープンした「沼津市立少年自然の家」は、開館から10年ほどは稼働率が上向きだったものの、近隣の市に類似施設ができたり、少子化の影響もあったりして利用者は減少傾向に。いつしか、人件費やメンテナンスなどで年間数千万円の赤字を抱える施設になってしまいました。そこで沼津市は2016年、公募型プロポーザル方式の運営事業者公募を実施。後に株式会社インザパーク(以下、インザパーク)の親会社となる株式会社オープン・エー(以下、オープン・エー)がこの公募にエントリーしたのです。

2016年3月に大学を卒業してすぐにインターンをしていた山家さん。大学での専攻が建築とランドスケープだったことから、オープン・エーで住宅模型を作ったり、設計の手伝いもしていました。応募書類を作成するインターン仲間を横目に「なんだか楽しそうだな」と思っていたそうですが、まさか自分が支配人になるとは夢にも考えていなかったそう。

「当時はディレクターの伊藤靖治、三箇山 泰、デザイナーの大橋一隆とで、『せっかくやるなら自分たちが欲しいと思うものをやろう』と話していました。例えば、公園で子どもを遊ばせていても、その隣で親はヨガをやったり、コーヒーを飲んだりしてくつろぐ。そのあとはお風呂に入って、食事をして、泊まれて。ここで完結しつつ、親も子も気を遣わず自由に過ごせる場所にしたいというのが3人のアイデアの出発点でした」

もともと林間学校など、子どもたちが宿泊する機能を持っていたことを活かし、たどり着いたコンセプトは、「大人も子どもも同時に楽しめる、新しい機能を持った宿泊施設」。その機能を公園にポップアップさせるという手法です。

「伊藤がアウトドア好きということもあり、”テントを吊りたい”という発言から誕生したのが、今ではINN THE PARKを象徴する球体型テントです。客室を公園にポップアップさせるといったときに、所謂テントだと、ただのキャンプ場ですよね。もっと象徴的に公園の中に泊まれる楽しさを演出するには、どうしたら良いか? 国内外のテントや宿泊施設をリサーチして、行き着いたのが球体型のテントでした」

そうして練り上げたプロポーザルにより、運営事業者に選定されたのが2016年9月。その翌月、山家さんは先輩たちに誘われるがまま沼津へ……。気がつけば、これから誕生するINN THE PARKの現場を任されていました。

「学生の頃からコミュニティスペースとして公園に興味がありました。また、まちのなかにリビングだったり書斎だったり、家から拡張して”普通に過ごす空間”が、あちこちポコポコできたらいいのにと考えていたんです。だから、INN THE PARKの現場を任されたときも不安はあまりなく、自分たちで考えて提案し、設計・施工までやって、その先の運営も見られることが楽しみでした」

こうして、オープン・エーが1000万円を出資し、子会社として株式会社インザパークを設立。2016年度末の3月31日付けで「沼津市立少年自然の家」は閉館し、4月1日よりインザパークの管理となりました。


STEP 02 資金調達とコスト削減

ファンドからの出資を得ながら、改修はとことんコストカット

公園越しに駿河湾が望める屋内のサロンは、
「沼津市少年自然の家」時代は食堂として使われていた空間。
寝室4部屋、和室1部屋にダブルベッドが8台あり、ゆったりと過ごせる宿泊棟。内装はほぼ手を加えず、必要なものを整えるに留めたことでコストを削減(提供:すべてINN THE PARK)


改修や運転資金などの初期費用は、オープン・エー加え、民間都市開発推進機構と地元の沼津信用金庫で組織する「ぬまづまちづくりファンド有限責任事業組合」が出資。さらに、沼津信用金庫や、公庫から借り入れました。

「ファンドからの出資は設備投資への使用しか認められていなかったので、改修費にあてました。残りが備品まわりと1年分の運転資金です」

「沼津市立少年自然の家」には、食堂や事務室があった管理棟、お風呂のある付属棟、39床の二段ベッドがあった宿泊棟が4棟ありました。老朽化した建物の雨漏りや電気設備、水回りの工事は沼津市が修繕してくれたとはいえ、合計6棟もの建物に加えて、球体型テントの開発・製造・設置を考えると、到底予算内に収まらない規模ではあります。

「最初に見積もってみたら、えらい金額になってしまって……。そこから『さて、どこを削ろうか』と。例えば、余分な設備があれば、そういうところからカットしていって、外壁床の塗装・エントランスのドアなどの造作・テントエリアの整地と木の伐採以外は、外注せずに設計から施工までを自分たちで行いました。」

当初は夏休み前オープン(工事期間3ヶ月!?)予定でしたが、ほとんどの改修を自分たちの手で行うことになったため、工期を延長して9月オープンを目指すことに。

「もう連日、僕自身も本館(旧管理棟)の床を剥がしてましたね(笑)。壁を塗るときは、ワークショップ的に友人たちにも手伝ってもらって。予算が限られているので、個人的には細部の仕上げが気になって、もう少し整えたいところもあったり……」

山家さんはそう語りますが、アンティークのソファや、どこか懐かしい図工室の椅子、古材のテーブルや液体用コンテナを使った照明がレイアウトされた空間にいると、蛍光灯の跡など「沼津市立少年自然の家」の形跡も”味”に思えてしまうのはさすがです。

4棟ある宿泊棟のうち2棟と浴室棟、本館(旧管理棟)の改修、屋外デッキとテント4張(ドームテント3張、吊りテント1張)の設置を終えた頃、すっかり季節は秋になっていました。


STEP 03 オープン

情報の広がりとともに徐々に変化していった客層

INN THE PARKを象徴する球体型テントは、まさかの自社開発。
夜の森に浮かび上がる様子がSNSで話題となり、多くの宿泊客が訪れた。
球体型テントの中にはベッドが2台。天窓から見えるのは森の木々と青い空。
雨が降ると、雨音もまた楽しいのだとか。(提供:すべてINN THE PARK)


ハイシーズンの夏休みを逃したものの、2017年9月にオープン。夜の森に浮かび上がる幻想的なテントの写真はインパクト大。またたく間にSNSで拡散され、話題を呼びます。

「たくさんの予約をいただきました。それでも、オープン後すぐはまだ不安定で 、土日で2組、平日は1組いるかいないかくらいでした。きちんと予定を立てて旅行に来てくれる人が増えたのは11月くらいから。そこからコンスタントに予約が入るようになりました」

週末にはテントが満室。2棟ある宿泊棟のうち1棟も埋まる状態が正月を迎えるまで続きました。稼働率8割をキープできたこの頃、宿泊者のほとんどはSNSに敏感な20代の女性でした。

「2018年1〜2月の冬季期間は休業し、テントを4張から6張に増設し、宿泊棟も4棟すべてを稼働できるように整え、収容率を倍にしました。様々な媒体で紹介してもらえたこともあり、2018年のゴールデンウィークからは爆発的にファミリー層が増えました」

2018年の夏は、開業後はじめて迎えるトップシーズン。INN THE PARKはひと月分の予約受付を3ヶ月前に開始するのですが、8月の予約受付が始まる5月1日に予約が殺到。わずか1日でひと月分の土日と、お盆期間が満室になったと言います。

2019年2月も休業し、さらにテントを増設。前後の冬季は営業。冬季も、このエリアは積雪がないためアウトドア好きにニーズがあるのだとか。

「冬にアウトドアをしたいというニーズは一定数あります。夏場よりもお客さんの数が減って手厚いサービスができるので、焚き火をしたり、料理に手間を加えてクリスマス気分を盛り上げたりもしていました」

見たことのない風景を求めてやって来る若い女性たち、親子で伸び伸びと過ごせる場所を求めて訪れる家族、自然と向き合う時間を求めるアウトドア好き……etc. オープンから3年目を迎える頃には、異なる層がそれぞれの楽しみを見つけて滞在する空間が公園の中に生まれていました。



STEP 04 コスト回収計画

適正価格の見極めとスタッフが疲弊しないオペレーション

INN THE PARKは敷地が広い上に、食事をするサロン、浴室棟、宿泊棟がそれぞれ独立して建てられているため、限られたスタッフ数で清掃やベッドメイキング、宿泊客からのリクエストに応えるためには柔軟に対応できるオペレーションをつくる必要があった(提供:INN THE PARK)


都市公園法で定められた設置管理許可期限の上限は10年。そのため、INN THE PARK開業にかかった費用(テント増設の費用を含め)は10年間で回収する計画になっています。当然、利益を生み出すには施設の稼働率、価格設定が重要になります。

「面白いことに、宿泊業はシーズン料金があったり、パッケージで料金が変わったりするので、基本料金がないようなものなんです。そのとき提示している料金が、お客さんに合っているかどうかで、宿泊するか・しないかを判断されていると思うんです。料金変更はタブー視せず、随時適正価格を見極めて料金設定をしてきました」

多くの場合、最初に設定した料金を変更することに躊躇しそうなところですが、安すぎず、高すぎない適正価格を見極めて軌道修正をするのも重要なこと。また、予約サイトやシーズンによっても料金が変動する宿泊業だからこそ、思い切った料金変更も可能だったのかもしれません。

オープン後からが本番なのは、コスト回収だけではありません。INN THE PARKを運営する上で欠かせないスタッフのオペレーションを考えるのも山家さんの仕事でした。球体テントや宿泊棟、浴室等など、あちこちに建物が分かれている施設のため、清掃だけでも重労働です。

現在、ここで働くスタッフは社員8名、アルバイト4名。それぞれに担当があるわけでもなく、全員がなんでも対応できるような体制にしていると言います。

「オープン時のスタッフが私を含めて4名だったこともあり、担当分けしていたらまわらないし、全員が全てのことをできないと対応しきれませんでした。結果的に、それが場所ごとに担当を決めるよりもいいなと思えたのは、お客さんの声をスタッフみんながダイレクトに聞けるというメリットを感じられたから。事務の人は事務所にこもる、清掃の人はずっとお客さんの姿を見ないなんてことはなくなり、予約を受ける人が食事を提供したり、調理の仕込みをする人がチェックイン時にお客さんの案内をしたり、場所を変えながらお客さんと接する機会を得ています」

この方法はスタッフのモチベーションを維持するために効果的な一方、スタッフ本人の自主性が問われるため、マニュアル通りにはいきません。一体どのようにしてスタッフを確保したのでしょう?

「最初はオープン・エー代表、馬場正尊のツイッターと、オープン・エーと公共R不動産のwebサイトで求人を募集しました。そのあとR不動産の移住webマガジン『real local』にも掲載しましたが、”スタッフ募集”というよりも、”できたばかりの施設を一緒につくっていきませんか?”というニュアンスで募集していました」

募集告知のメディアを限定し、感度の高い人にピンポイントで届ける。その結果、共感度が高く、サービス業の経験を活かしたい人や、やりたい企画を胸に秘めた人など、前向きに取り組んでくれる人材が集まったのです。


STEP 05 課題と展望

ハードが成熟した後のコンテンツの充実とサービスの向上

INN THE PARKでは、宿泊機能だけでなく、愛鷹の森を散策するツアーや、木工スプーン作りなどのワークショップも開催しているほか、週末はランチも営業。地域の人を中心とした公園利用者に向け、コンテンツの強化を図る(提供:すべてINN THE PARK)


順調な稼働率をキープし、ハード面でも毎年球体テントを増設してきたINN THE PARK。しかし、山家さんは、まだまだ当初の構想には届いていないと話します。

「宿泊という意味では施設が整ってきましたが、ライブラリーや物販があってもいいし、ホテル的なサービスならマッサージがあってもいいですよね。そういうものがポコポコといろんなところにあって、ワークショップもやっていて、”ここに来れば何かできる”という動きのある公園をイメージしているんです」

INN THE PARKでは、宿泊以外にも土日のランチ営業や、月2〜3回のワークショップを開催しています。宿泊は市外・県外のお客さんがターゲットですが、ランチやワークショップは公園利用者に向けたもの。少しずつ認知されつつあるといっても、宿泊以外のユーザーはまだ1割ほど……。

「地元の方にとっては、このエリアはきっかけがないと来ない場所なんです。『ここまで来る価値』をちゃんとつくらないと来てもらえない。 例えば、朝食やラグをバスケットに入れてピクニックができるとか。写真で見たりして”いいな”と思うけど、自分ではなかなか買い集めないものをきちんと揃えて提供する。あとは、学校と呼べるくらい、ワークショップのコマ数を増やしたいですね。そのくらい動いている雰囲気があれば、今よりもっと地元の人も来やすくなると思います。ある程度ハードが固まってきてからの伸びしろは、コンテンツを充実させるか、サービスクオリティを上げていくか。そうなってくると、まだ使い切れていない公園をもっと使えるようになってくるはずです」

緑に囲まれた公園に”泊まる”機能をポップアップさせたINN THE PARK。今後コンテンツが充実してくれば、かつてここで多くの子どもたちが学んだように、大人も子どもも入り混じった”新しい学びの場”が生まれる可能性を秘めています。


(Writer 小西 七重)

宿泊施設 INN THE PARK
住所 静岡県沼津市足高220-4
URL https://www.innthepark.jp/
運営 株式会社インザパーク