異なるスキルを持つ仲間たちと空き家の長屋を川越の新たなランドマークに | エリア再生/旧大工町長屋 埼玉県川越市(2019年掲載事例記事)
旧大工町長屋ってどんなところ?
江戸時代に城下町として繁栄し、蔵造りの建物が軒を連ねる「小江戸」として知られる川越。都心から近い観光地ということもあり、年間700万人もの観光客が訪れています。趣のあるまち並みをアピールした観光コンテンツやスポットは充実しているものの、それはあくまでまちの外から来る人たちに向けられたもの。観光客が行き交う通りを歩いても、なかなか地元の人たちが集う姿は見られません。
そんななか、2017年6月20日に観光客で賑わう通りと地元の人々が行き交う通りの間に、空き家を活用したコーヒースタンドと日本酒バルが入居する「旧大工町(だいくまち)長屋」がオープン。夜になると真っ暗だった通りに、明かりが灯り、開店から約1ヶ月もたたないうちに地元の常連さんが生まれ、やって来るように。観光エリアと目と鼻の先の場所にありながら、地元の人々が集うこの「旧大工町長屋」を手がけたのが、川越市で家守会社として設立された株式会社80%の代表取締役・荒木牧人さんです。
旧大工町長屋ができるまでのストーリー
STEP 01 こんな経緯から始まった
自治会長として
地域の問題に向き合う
荒木さんは、地元川越で設計事務所を営む建築士でもあります。まだ荒木さんが設計事務所を設立したての頃、住んでいる川越市郊外の住宅団地で自治会長をつとめることになりました。
「自治会長として180世帯が暮らす地域と一歩踏み込んで関わるうちに、『もっとこうしたら良くなるのに』ということがたくさん出てきたんです。でも、思うようにいかないこともたくさんあって……。フラストレーションが溜まっていたところにコンペの話があり、すぐさま企画書を書いて応募しました」
そのコンペとは、リノベーション住宅推進協議会が主催する『第3回リノベーションアイデアコンペ』。応募テーマは「空き家問題を解決せよ!」というものでした。荒木さんが自治会長を務める地域では180世帯が暮らしていますが、13〜14軒が空き家となっていました。高齢者が多く住む地域でもあるため、空き家問題は荒木さんにとって身近な問題でした。すぐさま自治会が主体となって運営するプランを提案し、優秀作品賞を獲得。
そこで審査員だった竹内昌義さん(株式会社みかんぐみ共同主宰)に「自治会長であり、建築をやっている人が、地域の課題を自ら挙げて応募したことは大きな意味がある」と声をかけられ、リノベーションスクールに誘われたのです。その後、リノベーションスクールに参加した荒木さんは、これまで経験してきた建築スタイルとは異なる事業提案から行うそのスタイルとスピード感に感銘を受けます。
「コンペの審査会の時に『これは実施案ですか? アイデア案ですか?』と聞かれて、僕は『アイデア案です』と即答したんです。でも、その直後から『アイデアだけでいいのか?』と違和感を感じていて……。リノベーションスクールに参加して『やっぱり実践に移さなきゃダメだな』と思ったんです。これまで自分が学んできた建築と、リノベーションスクールで学んだことが圧倒的に違うのは、自らリスクを取って主体性を持って動いていること。それはすごく説得力があって、共感を得やすいんです。自分はどういう暮らし方をしてこの地域で生きていきたいのか?自分が出来ることは何なのか?を考え、残りの人生をかけて家守をやろうと決めました」
全国各地の事例を一気に学び、ふと地元に目を向けると、川越にはまだそうした動きはありませんでした。物件を通して住人と地域とを結びつける現代の“家守”になろうと決意した荒木さんには、もうひとつの思惑がありました。
「僕のようなローカルな建築士は全国各地どこにでもいます。もし僕がリノベーションの力を発揮できたら、それはどこにでもいる建築士みんながやれることの範囲を示す典型的なサンプルになる。僕はスター性のあるタイプじゃないけど、誰もが参考にできるサンプルには適しているんじゃないかと思ったんです」
開業資金を貯めながら、家守会社設立の準備を始めようとしていた頃、リノベーションスクールにプロフェッショナルコースが新設されることを知ります。
「設立の準備には半年くらいかかると見込んでいたのですが、プロフェッショナルコースの受講期間も半年間。コツコツと貯めていた開業資金を、どちらに使うかすごく悩みました。家族とも相談して最終的に学びを優先したのですが、結果的にはそれが良くて、一生モノの学びを得たと思っています」
プロフェッショナルコースでは、リノベーションスクールの生みの親である清水義次さん(株式会社アフタヌーンソサエティ代表取締役)に考現学の話を聞き、川越の交差点に1日中座ってまちの人を観察したり、片岡寛之さん(北九州市立大学 地域戦略研究所 准教授)の授業では路線価マップやポテンシャルマップのつくり方を学び、川越のエリア分析を行ったりと、学んだことを次々と実践していった荒木さん。全国各地の事例やエリアの特性をリサーチすることで、より家守としての活動を具体的にイメージすることができたそう。
家守を目指して着々と準備を重ねていた荒木さんですが、問題がひとつありました。「川越で家守をやりたい」と、清水さんに相談したところ、「苦しくなって失敗するから、ひとりでやってはダメだ」とアドバイスを受けていたのですが、川越では肝心の仲間が見つからない状況だったのです。
STEP 02 物件との出会い
シャッターが閉まっていた
長屋にひと目惚れ
川越市は埼玉県のなかでも、さいたま市、川口市に次ぐ人口第3位の市。荒木さんひとりで家守を始めるには広すぎます。仲間を探すとともに、最初の活動エリアをどこに絞るか考えていた頃、今度は川越市の産業振興課が主催する馬場正尊さん(OpenA Ltd.代表取締役/東北芸術工科大学教授)のシンポジウムが開催されることを知ります。
「ようやく川越にも動きが出てきた!と興奮して、『このシンポジウムは誰が企画したんですか?』と産業振興課をたずねました。リノベーションスクールでも清水さんや嶋田さんに『仲間になるなら産業振興課だ』とアドバイスもいただいていましたから。そこで全国のさまざまなまちづくりの事例を見てきた人が企画したと知って、意気投合したんです」
このシンポジウムが起点となり、2016年1月には産業振興課主催で空き家を探索するまち歩きが開催され、荒木さんも参加。東側は観光客が行き交う通り、西側は地元の人が行き交う通りに挟まれた、長い間使われていない長屋にひと目惚れします。そしてこのまち歩きで同じ長屋にひと目惚れしていた人がもうひとり……。それが現在旧大工町長屋で日本酒バル「すずのや」を営み、のちに80%の立ち上げメンバーとなる鈴木 豪さんでした。鈴木さんは新橋など都内の飲食店で修行を積み、奥さまの実家がある川越を訪れるうちに「ここで自分のお店をやりたい」と思うようになったそう。
「鈴木さんは川越で1年以上も物件を探していたそうなんです。まち歩きの時、彼だけが『あの建物良くなかったですか?』という僕の話に共感してくれて。そのまま飲みに行って、長屋が気に入ったという話で盛り上がりました」
この時、すでに鈴木さんの手にはお店の完成イメージを書いた企画書があり、それを見た荒木さんは「これはすごくいい店になる」と直感的に感じ、すぐさまラフプランの図面を書き始めます。ともにひと目惚れした長屋は、その後川越市が主催する空き家再生プログラムの対象物件となり、荒木さんと鈴木さんは迷わず参加を決意。荒木さんは建築、鈴木さんは飲食と、互いに専門分野を持ったふたりでしたが、家守として活動していくためには事業を成立させるお金の流れを考える必要がありました。そこで荒木さんは、川越で店舗物件を多く手がけ、地元の人々からの信頼も厚い不動産業を営む松ヶ角尚人さん(有限会社川越ホーム取締役社長)に相談。「一緒にプログラムに参加してほしい」とラブコールを贈ったのでした。
そして荒木さん、鈴木さん、松ヶ角さんは揃ってプログラムに参加。ただし松ヶ角さんはプログラム中は別の課題に取り組むことに。荒木さん、鈴木さんはアドバイザーをつとめた吉野智和さん(事業企画プロデューサー)とともに、連日「旧大工町長屋」のプランを練りながら、今後の方向性を話し合いました。
「自分たちはどういうことをやっていきたいのか?と、吉野さんを交えて話していた時に出てきたのが『80%』というキーワードだったんです。『80%』は、頑張りすぎない、ちょっといい毎日。その頃はまだ会社の名前にしようとか、そういうことは考えていなかったんですけど、自分たちの姿勢をあらわすのにピッタリのワードだなと思いました」
STEP 03 家守会社をつくる
仲間を見つけて
いよいよ株式会社80%設立
プログラム終了後、ひと目惚れした物件もオーナーさんとの話がまとまり、いよいよ事業化に向けて動き出した荒木さんたち。ラブコールを贈った松ヶ角さんもメンバーとして合流、まずはこれまで作成した事業計画の確認を行いました。事業計画を見た松ヶ角さんは、「この計画では到底事業は進められない」とバッサリ。そこから松ヶ角さんはお店の回転率などをシビアに計算し、不動産のプロとして「これなら大丈夫」と太鼓判を押す事業計画書が出来上がったのです。
事業計画がまとまったところで、3人で50万円の開業資金を出し合い、株式会社80%を設立。そして長屋の改修費を算出したところ、自己資金ではとうていまかないきれない数字に……。補助金に頼らず、自立した事業を行うことにこだわっていた荒木さんたちは、融資を受けることにしました。
「僕たちに資金がないことを知っていた産業振興課の方が、金融機関に声をかけて、プレゼンする機会を用意してくれていたんです。会社設立後すぐに融資待ちの状態になれたのですが、僕たちだけではこのスピード感で動けなかったと思います。行政の協力は非常に大きかった」
こうして550万円(日本政策金融公庫から450万円、武蔵野銀行から100万円)の融資を受け、本格始動。早速長屋の改修に取りかかりますが、昭和30年代に建てられた長屋は思いのほか老朽化が激しいことが判明します。
「現場はすでに解体を始めようとしていたんですけど、建物がとても弱っていたので、構造設計をやり直さなくてはならない状況でした。設計には意外と時間がかかり、『これをやっていてはデザインにまで手が回らない!』と、中目黒でリノベーション会社を営む田中明裕さん(株式会社coto代表取締役)に助けを求めました」
実は、田中さんも川越市のプログラムに参加し、空き家をゲストハウスにリノベーションするプランを手がけていたそう。しかし、オーナーサイドの都合でゲストハウス計画は白紙に。田中さんのデザイン感覚に魅せられていた荒木さんは、内装デザインを田中さんに依頼すると同時に「株式会社80%のメンバーにならないか?」とスカウトします。
「仲間が見つからない」と不安を抱えていた荒木さんでしたが、問題が立ちはだかる度に仲間を見つけ、最終的には建築・飲食・不動産・デザインと、異なるスキルを持つチームが誕生したのです。
STEP 04 リノベーション
D.I.Y.で長屋を再生。
しかし、予期せぬ問題が
老朽化した長屋の改修は、ひと筋縄ではいきません。建物の補強、漏水の対策、建物に負荷がかからないように瓦を替えるなど、想定以上に時間もお金もかかる作業が待っていました。そして最も難航したのが給水面の工事。実はこの長屋の隣には、現在も人が生活しているもう1棟の長屋が建っており、隣の長屋ごと給水工事をしなければならなかったのです。将来的には隣の長屋も80%で手がけたいと考えていた荒木さんは、工事費が2倍に膨れ上がることを覚悟で、今きちんと直しておくことを選択します。工事費が概算よりも増えてしまったことで、荒木さんたちは自己資金約80万円を増資。それでも予算オーバーのため、クラウドファンディングで資金を募ります。
「クラウドファンディングは資金を調達できることに加えて、僕らのことを認知してもらえることにメリットを感じていました。この取り組みをいろんな人に知ってもらえるし、支援してくれる人は旧大工町長屋のファンにもなってくれる。写真1枚、文章1行にもこだわって、僕らの活動が伝わるようにみんなでブラッシュアップしながら協力を呼びかけました」
最終的に、FAAVOでのクラウドファンディングは目標金額60万円に対し、104万円もの資金が集まりました。とはいえ、限られた予算内で収めるため、解体や塗装などの作業は各自仕事と両立してのD.I.Y.。鈴木さんが営む日本酒バル「すずのや」のほかに、地元で展開しているコーヒースタンド「glin coffee」の入居も決まり、内装工事費はそれぞれ入居テナントが自己負担。各テナントスタッフもD.I.Y.に加わりながら、着々と工事は進んでいきました。
クラウドファンディングサイトのページでは、活動の目的や長屋の活用方法、そして工事のレポートを掲載していた荒木さんでしたが、必死で改修作業を行う日々では地元の人へのPRまで手がまわりません。そんな時に力を貸してくれたのが、川越在住のイラストレーター・ふなはしわかさん。自身もD.I.Y.に協力しつつ、現場のレポートを味のあるイラストと文章でまとめたA4サイズの瓦版を制作してくれたのです。
「この瓦版が特に地元のおじいちゃん、おばあちゃんに大好評でした。1回目は80%の説明、2回目は僕たちの紹介、最後の3回目はお店のことを書いてもらったのですが、長屋の前にポストを設置して置いておいたら、お昼にはもうなくなっているんです。高齢者も多いこの地域では、SNSよりも紙メディアが合っていたんだと思います」
2017年2月中旬にスタートした改修工事は、4ヶ月をかけてようやく終了。仕事と作業のダブルワークのため工事に時間がかかり、当初の予定より20日遅れとなりましたが、ついに2017年6月20日、「旧大工町長屋」がオープンを迎えました。
STEP 05 今後の課題と展望
拠点をつくり、地域の問題を
住民と一緒に解決策を考える
オープンから約1ヶ月後、昼間は「旧大工町長屋」の前で地元の人同士が足を止めて挨拶を交わしたり、世間話をする姿が見られるように。そして夜はこれまで真っ暗だった交差点に明かりが灯り、「すずのや」には週2〜3回家族で訪れる常連さんの姿も。瓦版効果で工事中から地元の人に認知されていたこともあり、訪れる人の多くは観光客ではなく、この地域に住む人たち。シャッターが閉められる以前、青果店や洋品店として人々の営みに寄り添ってきたであろう長屋は今、このまちの新たな交流拠点、そしてランドマークとして息を吹き返したのです。
好調なスタートを切った「旧大工町長屋」ですが、最終的な工事費は30〜40万円の予算オーバー。空き家にリノベーションを施し、サブリースしていくのが家守の事業なので、次の物件を手がけるためには収入源を確保しなければなりません。
「旧大工町長屋に入居する『すずのや』さんと『glin coffee』さんからいただく賃料、そこからオーナーさんに支払う家賃、融資の返済金、運営経費を差し引いたものが80%の収入になりますが、それだけではやっていけません。キャッシュポイントを増やす必要があります。プログラムでアドバイザーだった吉野さんや、リノベーションスクールのユニットマスターでもある明石卓巳さん(株式会社レイデックス代表)から『隣の長屋まで展開できたら大きなアンカーになる』とアドバイスを受けたこともあり、今後は隣の長屋も手がけて、80%の拠点をつくりたいと思っています」
ここに拠点をつくりながら、市街地を中心にゲストハウスやコワーキングスペースを展開していきたいと80%のビジョンを語る荒木さん。同時に、個人的に取り組んでいきたい課題もあると言います。
「80%はどちらかというと市街地型ですが、個人的には郊外や調整区域でも成立するようなスキームを組みたいと考えています。地域が抱える問題に向き合って、実証していけたらと。その手段として、まずは地域の人たちがエリアを知り、問題解決のための有効な資料を自分たちで楽しんでつくれるようなワークショップやプログラムを展開していきたいですね。僕がプロフェッショナルコースで学んで、川越のエリア分析を実践したようなことを、これからはこの地域に住む様々な年代の人たちとやっていきたいんです」
旧大工町長屋の始まりは80%のスタートライン。家守としての活動も、荒木さんが考える本当のリノベーションもこれからが本番です。川越初の事例にもなった旧大工町長屋は、これから地元の人が集う場、学ぶ場、相談する場に育っていくはず。そうすれば数年後、これまで観光客を魅了してきたコンテンツとは異なる、新たな魅力を携えたまちになっているかもしれません。
(Writer 小西 七重)