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ホロスコ星物語166

コエリとベスタの二人は、森を抜けると、青々とした葉を揺らす畑と、瑞々しい葉の生い茂る、色々な種類の実の果物を栽培する農家が点在して見える、人口に比して、どことなく活気のある村へと足を踏み入れます。

以前、小恵理は村に入る際、知らずに通行税、などと言って結構な額の金銭を村長に手渡したりなどしていましたが、一般的に大都市と違って、農村部で通行税を払うことは滅多にありません。ただ、古い麻の服など、粗末な衣装で畑仕事に勤しむ農家の人々から見れば、上質な生地のブラウスとスカートに身を包むコエリは勿論、スラックスに開襟シャツを上品に着こなす、ベスタの格好も、異質に映ることは避けられません。

「辺境で人の出入りが少ないこともあって、やはり僕らは注目を集めてしまいますね」

ベスタは、そうしてジロジロと見つめてくる奇異の視線に、微かな溜め息を付いて呟きます。貴族が地方の名産を求めて辺鄙な村へやって来る、というシチュエーション自体はないわけでもありませんし、もう少し人の出入りでもあればここまで注目されることもないのでしょうが、この村においてはーーというか、大多数の農村部では当たり前にーーそれこそ、珍獣でも見るように見つめられてしまうことは、もはや宿命のようなものなのでした。

かといって、無遠慮が過ぎませんか、と若干の居心地の悪さを感じさせながら、コエリへとぼやくベスタに、コエリは、あら、と楽しげな声を返します。

「こういう風に、悪意のない目で見られるのなら、私は嫌いじゃないわ」

元々が独特の魔力を持つ上、類稀なる頭脳と人目を惹き付ける美貌の持ち主で、更には誰もが羨んでやまない筆頭公爵などという家柄ですから、それこそ生まれて間もないくらいから、注目される自体は慣れてもいます。ベスタは悠然と微笑んでみせるコエリに、羨ましい性格ですね、と苦笑を浮かべ、軽く息をつきます。

「あなたの場合は、逆に普段の生活の過酷さを想像しなければならないのかもしれません。最近でこそだいぶ緩和もされたみたいですが、一時期はあなたを忌避して遠ざける人間も、少なくはありませんでしたからね」
「過酷って、、あなたも知っての通り、私は無愛想だった上、変に見つめてくる人間のことは容赦なく睨み付けていたから、そこまで言うほどひどい環境で生きてきたわけではないわよ?」

大人しく、やられるままにしてあげるほどおとなしい性格ではないもの、と、コエリが冗談めかして笑い、ベスタも、かつて小恵理が目覚める前、数々の勇姿をコエリが周りに見せつけていたことを思い出して、確かに、と笑います。

コエリは、けれどわずかに瞳を曇らせて、ただ、と少し俯き加減に付け加えます。

「悪意にせよ敵意にせよ、以前の私は人の思いに敏感で、彼らの感情にはどうしても反応してしまっていたから、、過敏に反応はしないよう、随分気は張っていたけれど」

コエリは、最後には晴れやかに笑って、でも、過去のことよ、と締め括ります。

その、穏やかな表情の裏に見える、かつてあったであろう苦悩に、ベスタは、なんとも言えない瞳をコエリへと向けます。

当時を振り返るコエリは、つまり、それだけ悪意に敏感だったからこそ、無愛想に、鉄仮面をかぶり続けていなければならなかったのだ、ということでもあって。

かつてパラスの婚約の儀に参加し、そこでようやく人々の視線にも種類があることを理解した、という話は、ベスタも聞いたことがありました。それによって今はもう、以前ほど視線は気にならなくなっていると。むしろ、本来の性格的に言うならば、コエリはむしろ注目されることは好きな部類なのだと。

「人の目線も意識次第、ということですか。僕としては逆にあなたが、見る側としてこの村をどう見るかも、興味がありますが」

ベスタはそうコエリへ言葉を紡ぎながら、この村特有とも言える、人々の明るい表情を、どこか不思議な気持ちで見やります。

ベツレヘム領といえば、これまで見てきた村はいずれも貧しく活気がなく、それこそ、明日の食料にもありつけないほど切羽詰まっている村さえ散見されていました。大都市でさえ、クリュセイスのように重税に苛まれ、貧困に喘いでいる人々が大勢いる都市もあるのです。

例外として、ベツレヘム領で唯一つ人々の表情が明るかったのが、州都であるブルフザリアで。あそこは領主であるベツレヘムの息子が唯一、真っ当に街を治めていたこと、それによって魔族と上手に共存を果たせていることが、あれだけ街を栄えさせ、人々に豊かさをもたらした大きな要因になっています。

それらと比較すると、この村は一見他の村とは大差はなく、村そのものが大きく繁栄していたり、村を守る専属の魔族がいる気配などもありません。けれど、少なくともそこらに栽培されている作物の実りは、他の村よりも良いように見えます。

それらを自分も一望して、コエリは、そうね、と一つ頷きます。

「確かに、この村だけ他より繁栄しているみたいだけれど。理由は比較的簡単なのじゃないかしら」
「ーーというと?」

あっさりと言うコエリに、目を細くして、訝しげに問いかけながら、ベスタは自分ももう一度村を見渡してみます。

先程、暇潰しにデネブに助けられた人物を探す際、ベスタも確かに、その理由となりそうなものは見つけています。しかし、分析魔術を使ったわけでもない、村自体も初見であるはずのコエリが一体何に気が付いたのかは、純粋に興味を引かれました。

それをコエリは感知できるのかと、不思議がる目をベスタに向けられながら、コエリは畦道を村長の家を目指して歩き、だって、と続けます。

「彼らの表情を見ればわかるでしょう? ここからさっきの森の魔物の巣は、距離にして百メートルほど。これしか距離が離れていなければ、さっき私が解き放った黒龍の姿だって、その炎の切れ端まで、バッチリ見えたはずよ。けれど、彼らは少しも心配そうに噂をしたり、怯えたりはしていない。それはつまり、この村は、闇魔術であれば大丈夫だと、ほとんどの村人が信頼できるくらいには有能な、光魔術の加護があるということよ」

それも、あの黒龍は闇魔術のなかでは上位魔術にすら相当するもので、撃ち込まれた巣の魔物たちが恐慌を起こし、我先にと外へと飛び出してきた通り、見るものを恐怖のドン底に陥れる、強力な闇術の性質を持っています。それを、何の耐性もない村人が見て、尚平然と正気を保っているなど、生半可な加護ではありません。

そしてそれは、どの村人にも等しく恐怖を与えてはなく、、それはつまり、村人というよりは、村そのものという規模に闇魔術を打ち消す、光魔術の加護が与えられているということです。

これを今まで同様、デネブの業であるとするには、さすがに10年を超える月日が経っている現在、その魔術はとうに維持できる限度を超えているでしょうから、おそらく、優秀な光魔術の使い手が誰か、この村へと定期的にやって来ては、その加護のための魔力を補充していると考えられます。

「そして、おそらくはその光魔術の使い手さんが、今日まで村を守ってきた人物、なのでしょうね」

あの、巣へと籠っていた魔物たちも、野生動物の一種に違いはありませんから、10年を超える年月が経てば、あの洞窟内でも、もっと数を増やしてもおかしくなかったはずです。それを、こまめに討伐している人物がいたから、デネブの魔石もギリギリ効果を保ち、今日まで被害を発生させることから防いでいた、、それが、近隣の村々が今も無事でいる理由というわけです。

コエリはそう見てわかる範囲の推測を話しながら、やがて、村長宅に感じられる特異な魔力反応を眺めやります。

実際のところ、この村へと近づいている段階で、なんとなく気付いてはいたけれど。それには、懐かしささえ感じるような魔力反応が、今も付随していたから。

この感覚からすると、加護を与えているのは、デネブの身内か、腹心か。教え子という線もありそうな気がします。それだけ、彼女に近しい雰囲気が漂っているのです。

「村長のお宅に伺えば、その秘密もわかるかしらね?」

コエリは、疑問系を取りながら、ほとんど確証をもってその期待を口に出します。現状、村の中にそのような高度な光魔術を使う人物はいません。つまり、魔石や礎石のような、光魔術の加護を保つための魔道具が、今は村長宅に置いてあるわけです。

とはいえーー、その人物の現在の素性もまた、気にならないわけではありません。

王都からここまでは、馬車で移動しても10日をゆうに超える日程が必要になりますから、往復すると、移動だけでほぼ三週間、王都の人物とすると、村に定期的に通うにはあまりに距離があります。そして、今は冒険者をしているとすると、この辺一帯はギルドすら自体存在しないほどの辺境で、その人物には肝心な、見返りの報酬が出ないように思えます。

ベツレヘム領に住んでいるわけではないだろうし、とすると、一番可能性として高いのはやはり、、とコエリが思索を巡らせていると、不意にベスタが、横からコエリの手を掴み、腕を引いてきます。

「、、ベスタ?」
「いえ、、失礼。あれを」

おそらく、外見上は近似していますから、小恵理と間違えたのでしょう。思わず反射的に掴んでしまった、という様子で、少し決まりの悪そうな顔をした後、ベスタは畑仕事に勤しむ、一人の少女へとコエリを促します。

年齢は、丁度10才前後といったところでしょうか。他の村人同様、粗末な麻の服を身に付けてはいますが、利発そうな少女で、どことなくアルトナを思い出すような、明るく人を惹き付ける笑顔と、陽光を受けて朱色に煌めく、夕日のような髪色が特徴的でした。

その少女を見て、コエリも、ふとその覚えのある気配に気が付きます。

「あれですよ、僕が見つけたーーコエリ?」
「行ってくるわ」

足を止めてしまったコエリをベスタは訝しげに見つめ、コエリは、自分の腕を掴んでいた手をすり抜けて、その少女の方へとゆっくりと歩いていきます。

少女は、近付いてくるコエリに気が付くと、コエリから何を感じ取ったのか、何かに怯えるように、急に表情を曇らせ、足を引いてしまいます。

コエリは、そんな反応には慣れた様子で、少女の数歩手前で立ち止まると、ちょっといいかしら、と優しく微笑んで尋ねます。

「、、あなた、誰ですか?」
「驚かせてしまったなら、ごめんなさい。私はミディアム・コエリ。よければ、あなたの名前を聞かせてもらえるかしら?」

なるべく怯えさせないよう、コエリはゆっくりとした口調で、穏やかな笑顔で問いかけます。しかし少女は、強い警戒心と緊張感をもって、一定の距離以上コエリに近付かれまいと、身を固くして、じっとコエリのことを見上げてきます。

コエリにとっては、けれどそれは想定内の反応です。少女とはもちろん初対面ですが、恐らくこういう反応をされるだろうとは、自分でもわかっていました。おそらくこの子は、そうした闇の気配というものに、ひどく敏感な性質を持っているだろうから。

わかってはいたけれど、ただ、それを確かめてみたかった、というのが、コエリの素直な心境で。この子であっても、本当にその反応になるかどうかが、知りたかったから。

「でも、少し悪趣味だったかしらね、、ごめんなさい、別に、あなたに危害を加えようとか、そういうわけではないのだけれど」
「、、ミリアム」
「ーーえ?」
「名前! もういいでしょっ、バイバイ!」

ミリアム、と名乗った少女は、驚いた目を向けるコエリに、それだけ言うと、踵を返し、逃げるようにここから走り去ってしまいます。

後に残されたコエリは、その背中をしばらく目で追い、やがて、背後から接近してきた気配に、困ったような表情を作って振り返ります。

「やっぱり、私は子供受けはしないみたいね。自分の性格は、きちんと承知しているつもりだったけれど」
「自虐ネタですか? あなたにもそういう感性があったんですね」

怯えさせてしまって困るわ、と残念そうに語るコエリに、ベスタは、わかってて近付いたでしょう、と呆れ顔で肩を竦めます。それは、単にその性格が問題ではないでしょう、という意味を込めて。

その具体的な内容を、ベスタは眼鏡を押し上げて指摘します。

「さすが、あなたも気付いたようですが、あの子は光魔術の祝福を受けていますね。あなたは闇魔術の権化のようなものですから、第六感のようなものが、あなたを避けさせたのでしょう」

祝福は、光魔術の加護とも似ていますが、加護は一定範囲に自分の指定した恩恵を与える術、祝福はむしろ個人に使われて、光魔術であれば、光魔術全般にまつわる恩恵を受けやすくする性質を持ちます。

村に与えられた加護自体には、闇を撃退するような性質はないため、コエリでも問題なく村にお邪魔することができました。けれど祝福を受けた少女には、闇魔術というだけで、光魔術による無意識下での危機意識が働くため、あの少女には警戒されて逃げられてしまった、というわけです。

コエリは、けれどベスタに、ふふっ、と意味ありげに微笑み、どこか寂しげに、儚げに息をついて、その少女の走り去った後を見つめます。

「、、一応、闇魔術の使い手ではあっても、私も悪しき闇を振りかざしてはいなかったつもりだったしーーあの子がもし、デネブの助けた子なのであれば」

もしかしたら、自分のことは避けずにいてくれるかもしれないと。デネブの加護であれば、、と。そんな、淡い期待をしてみただけなのです。

善や悪ではなく、、ただ光と闇というだけで、本当に相対さなければならないものなのかしらね、とコエリは少女の走り去った後を見つめて、ぽつりと、寂しげに呟きます。忌避されることも畏怖されることも慣れてはいたし、他の誰か、見知らぬ人間の加護であれば、何ら気にすることもなかったのだけれど、、と。

ベスタは、そうして俯くコエリを、なんとも言えない瞳で見つめます。

一般的に、魔術にはそれぞれの属性に受け持つ役割というものがあり、それはその人が持つ、固有の魔力反応にも現れます。例えば、光魔術であれば回復や破邪、火魔術であれば燃焼や強化など、その属性に象徴するような能力を、その人自身の魔力が本来的に持つことになります。

そのため、闇魔術の所有者、というだけで、ある種の恐怖や威圧を与えてしまうのは、闇という属性の魔術の持つ本質とも言うべきもので、それを扱う人間の性質や性格を、必ずしも反映したものではありません。誰の加護か、や、誰の魔術か、といった個別の性質だけでは、それが覆されることはないのです。

今回の討伐の件でも並々ならぬ意欲を見せていた通り、デネブという、コエリの過去の因縁に深く食い込んだ楔が、簡単に外れないことは、ベスタも理解していますが、、もう少しそこから自由になってもいいのではないか、囚われすぎなのではないか、というのが、ベスタの素直な心情なのでした。

ベスタは、そのコエリの抱える苦悩の一端を思い、慰めにもならないでしょうが、と一つため息をついて、コエリへと声をかけます。

「光魔術の祝福、、といっても、一口に、無条件に全ての闇を排除するわけではありません。あなたが悪ではない、善なる闇魔術の使い手を標榜し、実際それを貫けると言うのなら、いずれ理解される日も来ますよ」

魔術の性質だけで人付き合いが決まらないことは、あなたも知っているでしょう、と。今は遠く離れてしまった学友たちとの過去を思い出させるように語って、だから、そこまで落ち込まないでください、と。ベスタは、最後、少しだけ気恥ずかしさから小声になってコエリへと語りかけると、少しだけ迷ってから、再びそっと、その手を掴みます。

「あの子は、村長の家の方へと走っていってしまいましたから、、何かを吹聴される前に、急ぎましょう。悪い噂が流れてしまうと、挽回が面倒です」

行きますよ、と。ベスタは最後、ぶっきらぼうにそう言うと、コエリから目を反らして、村長宅の方へと、コエリの手を引っ張っていきます。

、、コエリは、その、どこか不器用ではあるけれど、確かな優しさの込められた言葉や、多少荒っぽくても、手を引いてくれるベスタから感じる暖かさに、クスリと、笑みを浮かべて。素直に、手を引かれるまま、その後ろを付いて歩きます。

「、、いつかそんな日が来てくれるように。私は、善なる闇を目指すわ」

それこそ、人々を見守ることのできる、星々の瞬く夜のような闇を、と。コエリは、そう諭してくれた友人の姿を思い浮かべながら、努力するわ、とベスタへと頷きます。

ベスタから、返る言葉はありませんでしたが、二人は、そのまま、手を繋いだまま、村長の家へと訪れていきました。

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