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ホロスコ星物語178

突然現れた、白皙の美男子然とした青年は、向こうも小恵理に気が付いたのか、言葉を止めて、君は確か、、と、何かを思い出すように小恵理の顔を凝視してきます。

「驚いたな。君は確か、王城で私に屋上への道を聞いてきた子だったね? 何故我が領地に?」
「人探しです。どっかの誰かさんに連れ去られてしまったもので」

おっと。イライラで、つい少し皮肉を利かせた言い回しになってしまいましたが、青年はーーああ、我が領地ってことは、この人が新ベツレヘム候ってわけね。だから、正式な爵位の就任、父の後を継ぐために、わざわざ王城に来てたんだーー何も知らないのか、言葉の棘は気にした様子もなく、首をかしげ、わずかに眉を寄せて、瞳を曇らせます。

「それは、誘拐、、ということかな? まさか、先日探していたのは、、」
「いえ、、その人とは別の人です。今探しているのは、友人の友人というか」

私自身は面識がないので、知ってる人を同伴していたんですけど、ととりあえず小恵理は本当なんだけど、面倒な突っ込みを避けられそうなラインで答えておきます。勿論、知ってる人っていうのはレグルスのことだけど、魔族だって人っちゃ人だし、ブルフザリアでは立派に市民権もありそうだから、間違ってはいないはずです。

新ベツレヘム候は、それなら良かった、とひとまずは安心したように、頬を緩め、小恵理の正面の椅子へと腰かけます。それから、外で控えていたメイドさんに、新しい紅茶を持ってくるよう言いつけて、自身はゆったりとリラックスなんかして見せたりもして。

なんか、、ベツレヘムっていうわりに、案外振る舞いが普通というか、むしろいい人そうな気配すらあって、なんだか調子が狂います。本当はもっと意地悪とか高圧的なのを想像してたんだよね。急に人を牢に放り込んでくれた張本人なわけだし、ハウメアと組んであれこれ暗躍してた、父親の性悪っぷりを知ってたから、尚更に。

眉根を寄せて、警戒心だけは維持して沈黙した小恵理に、侯爵は、さて、と持ってこさせた紅茶に口を付けて身を起こし、テーブルの上で腕組みなんかして、人のことを注視してきます。

「ひとまず、わざわざ私の領地へと足を運んでくれた君の事情は理解した。であるならば、領主として、領土の安寧を預かる者として、君にいくつか質問しなければならないことがある。まず一つ、君のその同伴していたという仲間はどこにいる? 部下からの報告では、君はタウリス伯と二人でこの屋敷へとやって来たという話だが」

まさか、タウリス伯が旅のお供だったわけではないだろう? と侯爵は軽く微笑み、冗談なんだか本気なんだかよくわからない問いかけをしてきます。領主なのだから当然なのかもしれないけど、その口ぶりからは、タウリス伯爵とは旧知の仲、みたいな印象を受けました。

「私は、その人とは別行動をとっていましたから。必要なら、呼んでいただければ来ると思いますけど?」

近くにいるはずなので、今日中には来られると思います、と気楽な調子で続ける小恵理に、侯爵は、いや、、と少し思案した後、今はいい、と首を横に振ります。

レターでやり取りができることは警報結界の履歴に接触していれば承知しているはずだから、小恵理であれば、実際に簡単に人を呼べることもわかっているはずです。けれど、侯爵の振る舞いからはむしろ、一時とはいえ封魔の腕輪を外さなければならないこと、仲間を呼ばれることのリスクの方を警戒した感じがしました。

うん、、でも、実際悪くない判断だよね。小恵理は、その思考力に、少しだけ侯爵への評価を上げます。

まだ白とも黒とも言えないこの場面で、うっかり流されることもなく、仲間を呼ぶ許可を与えなかった、というのは、リスク管理としては上出来だと思うから。この辺り、前のベツレヘム候であれば、仲間もまとめて呼んで全員手っ取り早く尋問しようとして、うっかり油断して仲間で連携して脱出されて、ついでに悪事も暴かれてハイ終了、みたいな、テンプレなミス判断もしそうでしたから、この点だけ見ても、父親よりは有能な領主と言えそうです。

それから、侯爵は死体を見つけた正確な時間帯はいつなのか、本当に死体は草原にあったのか、何故タウリス伯爵と知り合いだったのかなど、よく通る太い声で、手際良く質問を繰り返していきます。勿論、隠すようなこともないので全部素直に答えていきます。時計は持っていないから、正確な時間、なんてよくわかんないけど、そこはなんとなくで。

一通り聞き終えた侯爵は、つまり、と顎に手を当てて、聞いた情報を整理し、まとめて、口に出します。

「ーーすると、君が死体を見つけたのは4日前の朝10時前後、馬を飛ばしてブルフザリアまでやって来て、目撃した死体に動揺して、タウリス伯爵邸へと入り込んでしまったところ、タウリス伯と出会い、事情を話して、協力を取り付けた、、ということで間違いないかな?」
「ええ、間違いありません」

ひとまず、それに小恵理は堂々と頷きます。本当は馬なんて使ってないけど、まさか走ってきた、なんて言えないし。レグルスのせいとはいえ、丁度いつもの倍の時間がかかっていたから、そこは嘘でも乗りきることにしました。正確な時間なんて誰にもわからないわけだし、早馬を飛ばしてきた、といえばギリギリ通じるくらいの時間でしょってことでね。ハッタリこそ正義です。

侯爵は、そして、君の仲間はその間に別行動をしていて、だからこの街にもいなかったと、、と今聞いた情報を改めて咀嚼するように腕を組んで目を閉じ、ふむ、、と唸った後、身を起こして、改めて小恵理に目を向けます。

「君が友人の友人、いわば知人程度の関係性の相手を追って、わざわざこのブルフザリアまで来た、ということに若干の疑問は残るが、ここまで、ひとまず話の整合性に問題はないようだね。では、次の質問に移ろう。君はプロビタス子爵とはどこで知り合いに? まさか王都ではないだろう?」

ーーおっと。こっちが答えやすい質問を続けてると思ったら、これはひっかけの質問です。ごく自然に、プロビタス子爵さんとやらと知り合い、という前提で話を切り出してきた辺りが。

ここで油断していて、もし本当にプロビタスさんとやらと知り合いなら、実は、、なんて話し始めてしまうんだろうけど、生憎、そんな人マジで知りません。こういうの、イエスセット話法って言うんだっけ。こういう色々簡単な問いに答えさせて人の口を軽くして、警戒を解いて油断させてから、なにげなく本題について問う、、なんていうのは、現代の心理学なんかでも使われる質問の手法だと聞いたことがあります。そんな手法をごく自然に、当たり前のように使ってきた辺り、相当尋問には慣れている、、経験があるってワケです。

小恵理は、生憎ですけど、と警戒感を表し、そんな引っかけには引っ掛かりません感を出しつつ、首を横に振って、その問いに答えます。

「私は、プロビタス子爵さんとやらを存じ上げません。知ったのは調査結果を聞いてからで、それでやっとあの死体がプロビタスさんだと知りまし」
「いいや、それはおかしいな? あの死体には、君が何か魔術を使った痕跡があったというが?」
「はい、魔力反応でもあれば誰の仕業かわかる可能性もあると思いましたから、その調査に魔術を」
「何故、わざわざ犯人を突き止めようとなど? 見ず知らずの人間を殺害した犯人など知る必要もなし、それは君がプロビタス子爵と知り合いだった、という何よりの証拠ではないのか?」

うーん、、嫌だな、この人。語尾に被せてまで続ける畳み掛けるような質問、急なテンポアップに、声量を上げた詰問調の尋ね方、突然の鋭い目付き、、急に相手にわざとプレッシャーを与えて、相手がどんな反応をするかまで見極められているようで、小恵理は一度言葉を区切ります。なんだか、緊張感の高まりに、背筋がむず痒くなってきます。

それに、知り合い、なんて絶妙なラインで関係性を聞いてきた辺りも、この侯爵のやり手が窺えるというもので。侯爵は、犯人、というダイレクトな位置からは遠く、でも無関係ではない、ちゃんと知ってはいたという言質を取るための言葉を、精密射撃のように正確にチョイスしてきたわけです。

確かに、、もし知り合いだって認めさせることができたら、捜査をする上でも子爵の知人関係とかを中心に繋がりを捜査することができるし、殺害の動機だとか方法だとかまで、ある程度的を絞って調査することができるようになるし。こういうのって、過去に繋がりが一切ない、とか言うのが一番厄介だからね。通り魔扱いするには、こっちは貴族令嬢だし。

なんか、ベテランの検察官でも相手にしてるみたい、、と漠然と小恵理は思いながら、どう答えれば追及を諦めるのかを思って一度沈黙し、ーー侯爵は、すぐに回答しなかったのが気になったのか、わずかに眉を顰めて、何か気がかりでもありそうに、声量を戻して、君は、、と続けてきて。

ーーん? でも、今の質問、なんか変だったような、、

「やはり君は、プロビタス子爵とは知り合いだったと? もしそうなら、過去どこで子爵と出会ったのか、きっかけなども聞かせてもらいたいが」
「いえ、、失礼しました。見ず知らずの人間について調べた理由は、要は保身のためです。私はその知人を探すのに使っていた、人探し用の探査魔術も使えますから。調べておけば、犯人の気配から逃げることもできますから」

そんな人のいる街には、絶対に近づきたくなかったので、と小恵理は、ほとんど本心で思っていることを口にします。今でこそ気持ちも落ち着いたけど、実際にあの時、レグルスのことは怖いと思ったし、できるなら今だって、もう関わりたくないのも本心です。思い出すとツラくなるから、これ以上は考えないようには、するけれど。

そうして、唇を引き結び、俯き加減になって拳を作る小恵理に、何かを思ったのか、侯爵は、そうか、、と少し同情するような目付きで一度尋問を控え、小さく頷きます。あいわかった、と。

それは単に、あんな人数を殺害した犯人に遭遇したくないから、という単純な理由に納得したからというよりは、実際に死体を見たことで怯えているのだ、という理解を含んだもののようでもあって。侯爵は一度目を閉じ、難しい顔で何かを考え始めます。

つまりーー、人の心の機微を読み取ったのだとも見えて、小恵理は少し意外な思いを抱きます。そういう配慮は、本当に優しさがないとできないと思うから。そんな能力を、自分を拘留した侯爵が持っている、というのは、驚きでしかなくて。

それから侯爵は、再度確認するように、では、ともう一度同じ質問を口にします。

「君は、プロビタス子爵とは本当にあの場で死体を見たのが初めてで、知り合いでもなかった、と?」
「はい、全くの見ず知らずです」
「、、わかった。それならいい」

侯爵は、ふう、と一度何かに安心したように目を閉じ、張り詰めていた神経をわずかに緩めます。それは、むしろ知り合いだった方が都合が悪かった、というようにも見えてしまって。

さすがのプロ意識というのか、侯爵から見たプロビタス子爵がどういう存在だったのか、端から見たのでは、ちょっとわからないけど、、ここまでの質問を聞く限り、この新ベツレヘム候は、本当に事件の犯人を追っているようにも感じられてしまうのも、確かで。

これって、少しおかしいよね、と小恵理は不思議な気分で侯爵を見つめてしまいます。もし侯爵が魔王の罠に協力しているのなら、犯人は当然知っているはずだし、こんな風にいろんな手法を使ってあれこれ尋問を続ける理由がありません。もし魔王が裏にいるなら、尋問の後は魔王に明け渡すだけだろうし、単に拘留が目的だったのなら、本当にプロビタス子爵を小恵理が殺したことにできるのか、それが有罪か無罪かだってどうでもいいはずです。

だから、本来であれば、もっとお座なりな尋問で良いはずなのにーー、この侯爵は、本当に犯人を突き止めようと、思考を重ねているようにも見えてしまって。

だとすると、、と小恵理は、内心で渋面を作ります。
もしかすると侯爵は、魔王に利用されて、都合良く、人のことを抑留できる場所を提供させられただけ、、という可能性が、出てきてしまっていて。小恵理一人が疑われる状況を作ってしまえば、領主として、治安を預かるものとして、抑留して尋問までは当然にしなければならないわけだし。

それはつまり、逆に展開としては面倒になるということでもあります。魔王の手先だっていうならまとめてぶっとばすまでなのに、利用されてるなんて言われたら、侯爵のことも守りながら戦わないといけない、ということになるのだから。

さて、と続ける侯爵に、小恵理は一度わずかに外に目を向け、魔王の影がないかを思わず確認します。

外は、最近多い、何の変哲もない曇り空、、でも。いつどんな隙で仕掛けてくるのか、、油断ならないやつだからね、と更に警戒心を強めて。

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