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揺れない天秤 第十一話

さて、マサキがゴンを追い出したことで、俺とマサキは二人きりで取調室に残されることになった。

おそらく、どこかで状況を思い出して、佐久間が後任の警察に後を託すことになるのだろうが、、民間人が二人で取調室にいて、これからどうするつもりなのか。マサキは軽く息を付いて俺の正面に座り、気を抜いた笑顔で、座りなよ、と声をかけてくる。

「思い返してみれば、君の周りにはいつもゴンがいたから、こうして二人で話すのも久しぶりだね」
「別に、、お前も忙しい奴だからな」

そんなやつが、なんだってこんな風に自分から事件に首を突っ込みたがるのだか。しかも、わざわざ取り調べ官としてこんな所まで入ってきてな。

マサキは、さっきの推理だけれど、と自分から話を振ってくる。

「多少雑な、強引な理屈だったのは謝ろう。ある程度君に認めさせられないと、佐久間楓を事件から解放してあげられなかったからね」

身内が殺されるのは避けたいんだ、とマサキはさっき聞いた台詞をもう一度繰り返す。

てっきり、こいつは俺がゴンを手にかけようとしてるとか、そういう意味で言ったのかと思ったんだが、、そっちか。それなら、仕方ねえな。

俺だって、佐久間の妹にわざわざ宇津木の後を追わせてやろうとは思わない。おそらく、あの根アカで邪気のないゴンがかまいつけていたから、あるいは、あの佐久間楓という心の柱があったから、今までどうにか耐えてきたのだろうが、、それじゃ、意味がなくなっちまう。

「お前、本当に俺が犯人だと思ってあの推理を組み立てたのか?」

だとしたら雑すぎだろ、と俺はマサキに笑ってやる。あんな現実味のない仕掛けを、さも現実にあったかのように考え、語れるのはこいつくらいだろう。

マサキは、そうだね、とあっさりと頷いてくる。きちんと根拠あってのことで、冤罪でもいいから、とにかく犯人を捕まえたかった、、ってわけでもねえらしい。

俺は、だったら、ともう一つの事件について問いかけた。

「犯人が俺だって言うなら、束原周二についてはどうなんだ? 俺は、どんなトリックで束原を殺害したんだ?」
「別に、束原についてはトリックも何もないよ。後ろから接近して首を絞め、力業で電柱に吊るした。それだけさ」
「それだけ、ってな、、」
「強いて言うなら、君は下準備を万全にした。君は慎重で賢い人間だ。束原の抵抗があっても自殺に見せかけられるように、宇津木を殺害した時点で、すでにいくつかの準備を整えていた」
「具体的には?」
「一つは、宇津木の血痕にあった、横に延びた血痕、あれは君が束原の自宅で見つかった大鉈を、あそこで横たえた時に付いたものだ。先に束原に宇津木殺害の罪を擦り付け、殺すつもりで、君は準備を整えていたんだ。大鉈は軽く洗浄しておけば、自分の指紋は残さずに、ルミノール反応を出せるくらいの鉄分を残すことはできるからね」

わざわざ洗浄して、さも束原がごまかそうとしているように見せかけたのが捻りが利いてるよね、とマサキは、誉めているのか貶しているのか、よくわからない言葉を放ってくる。

「、、で、二つ目は?」
「束原の眼鏡だよ。束原周二は、視力にして左右とも0,2、0,3くらい。裸眼でも日常生活に支障はないかもしれないけれど、普通なら眼鏡をかけてもおかしくない数値だ。まして、車を運転するなら必須と言って良い」
「だから眼鏡をかけてたんだろ?」
「ところが、束原の普段かけている眼鏡に度は入っていなかった」

ーーは?
続けて返ってきたマサキの言葉に、思わず俺は口を開けて絶句してしまう。
そんなことは、レイラの調べでは、載っていなかったはずーーいや。

「ーーまさか」
「そう、視力が悪い人間が眼鏡をかけている、それすなわち視力の矯正のためーー誰もがそう考える。ところが、束原はそういった思い込みを楽しむタイプの人間だった。怪我をしていないのにわざとギプスを付けてみたり、目が悪いのに敢えて伊達眼鏡をかけてみたりね」

そんなことをしても不便なだけだろうにね、とマサキは笑う。そうしてわざと自分を偽って見せることで、気付かない人間を嗤ったり、真実を見抜ける慧眼を持った人物がいたなら、彼らと友人になろうとしていたみたいだ、と。そんなこと、自分のその癖がバレてしまえば無意味なだけだろうにね、と。

そう、、こいつは、束原は、いわゆるぼっちだった。そんな基準で友人を選ぼうとしているのだ、都合良く友人になれるような奴なんているわけがない。人は、そこまで変わり者と付き合いたがらないし、他人に興味も持たねえよ。

それを理解していながら、見落としたか、、なるほどな。

「実際に束原を知っている製薬会社の人間は、彼が伊達眼鏡を常用していること、普通の眼鏡をかけていないことを知っていた。ところが、束原の死体は、何故か普通の度が入った眼鏡を付けていた。何故だと思う?」

マサキは、ここが核心だ、と言葉を続ける。俺もまた、そうだな、とどこか穏やかな心で答えてやる。

「犯人が製薬会社の人間じゃなかったから、か」
「そう、答えはこうさ。後ろから束原に襲いかかった犯人は、束原の抵抗にあい、その殺害の最中に束原のかけていた眼鏡を落として割ってしまった。だが、慎重な性格の犯人はそれを想定して同じフレームの、犯人が使っているだろう度の入った眼鏡を用意していた」

そんなものを用意できるのは、束原の顔を知っている人間だけ、、これで部外者は弾くことができると、マサキは言う。通り魔はあり得ないと。

かといって、製薬会社の人間であれば、束原の伊達眼鏡はそれなりに有名だったというから、内部の人間でもありえない。この時点で、該当者は大分絞られることになる。

「あとは割れた眼鏡の破片を回収し、束原を電柱に吊るした後、犯人は束原に眼鏡をかけ直させ、部屋に血痕のついた、洗い終えた大鉈を転がして、宇津木の事件との関連を示唆した。自宅に束原に遺書を用意し、それで終幕にするつもりだったんだろう」

違うかい、とマサキはどこか思うことがあるように問いかけてくる。その裏にある思惑も僕は理解しているよ、という、心の声が聞こえてきそうな問いだった。

勿論、俺は答えない。マサキもそれを承知していて、さて、と言葉を続けてくる。

「ここで犯人を考えてみよう。場所は生活道路の十字路、密室でもなんでもないのだから、誰もが犯人になりうる場所だ。しかしただの通り魔なら、落ちた眼鏡をわざわざかけ直させる理由なんてない。ましてや、新しい、同じフレームの眼鏡を用意する理由なんて皆無だね」
「確かに」
「この事件の犯人はね、束原の外見を知っていて、同じフレームの眼鏡を用意できる、それを用意するような人物。けれど、それが伊達眼鏡であったことは知らない人物。そして、束原の死体を電柱に吊るすことのできる、腕力のある人物。自殺に見せかけ、束原のパソコンに遺書を用意できる人物。そして、ルミノール反応が出ることを承知で、大鉈に宇津木の血痕を残すことのできる人物だ」

、、ここまで羅列されると、こいつが俺に行き着いた理由もよくわかる。恐らくこいつは、宇津木ではなく、この束原の調査をしていく段階で、俺に行き着いたわけだ。そこで俺の見落としに気が付いた。俺がマサキへ用意していた目眩ましも、潜り抜けて。

束原の死体発見の報告に大笑いしていたというが、不謹慎を承知でいても、笑いが止まらなかった、ってことなんだろう。同じくレイラを扱える身で、だから束原が狙われるだろうことすら読んでいて、だから一人で調査を請け負った。

「だから、俺しかいない、ってわけだ、、」

さすがに、、ここまで来ると言葉もねえな。
俺は、最後についでとばかりに質問をする。

「で、俺がわざわざ宇津木を殺害し、束原を殺害の対象に選んだ理由は?」
「さて、僕もそこまでは調べていない」

おいおい、、嘘くせえ。締めくらいしっかりしろよ。動機ってのも大事な部分だろうが。

マサキは、けれど、推理に必要なのは真実じゃないよ、と、まるで某アニメに喧嘩でも売っているような台詞を言い放つ。

「推理が間違ってようが正しかろうが、穴だらけだろうが不完全だろうが、あるいは動機が不明なままでも、必要なのは犯人が罪を認め刑事罰を受けること、それだけなんだよ」

そのために、犯人を揺さぶることが正解を導くこともあるんだよ、と。

なるほど、、それでいうと、あるいはこいつは、その束原の調査をしてすら、どこかで自分の間違いを疑っていて、、さっき佐久間葵への宇津木の所業について触れた、その瞬間にこそ、俺を犯人と確信したのかもしれなかった。

あの非人道のクソ野郎への、俺からの制裁、、それを正しく理解して。

マサキは席を立ちながら、そうそう、と言葉を続ける。

「それと、USBメモリーを持ち出したのも君だろう、橘啓?」
「、、なんでそう思った? 備品の紛失なんて珍しいことじゃねえが」
「簡単なことさ。うちには事務所から誰もいなくなる度に段ボールトラップを仕掛ける、恐怖のケルベロスが常駐しているからね。あの子は事務所に毎日出社しているし、扉の鍵を開けるのにもコツがいる。窓を壊された形跡もない以上、事務所からUSBメモリーを持ち出せるのは外部犯ではあり得ない」

何故そんなことをしたんだろうね? とマサキは、大袈裟に肩を竦めて問いかけてくる。わざとらしく。

なるほどな、、こいつ、その意図には気付いてたのか。
これだから、俺はマサキが嫌いなんだよな。常に俺の一歩以上上を行く、目の上のたんこぶだ。

「ちなみに、USBメモリーに記録されていたのは何のデータだったんだ?」
「とある政治家の裏金問題や裏の活動の報告書、ある公的組織の抱える闇とか、そんなものさ」

おい、くっそ重要な情報じゃねえか。

「そう、だから僕も見逃してあげるわけにはいかなかったんだ。あれがなければ、空のメモリーが紛失しただけなら、君が犯人だなんて思わなかっただろうに」
「、、最後にものを言ったのは運だったってわけか」

なるほどな、、俺は常にレイラから監視されている、しかも、その内容も自由にリークされている、その意味を、こいつは理解していたはずだ。それを疑うヒントを、こいつはそこから得てしまった。
、、さすがに、自分がいつからそれを仕掛けられていたのかまでは。わかっていないようだが。

「最後に確認するけれど、君がこんな面倒をかけたのは、あの研究室で宇津木を殺してしまうと、葵ちゃんが唯一の容疑者になってしまうからだよね?」

そうだろう、犯人さん? と。マサキは、扉に手をかけながら、どこか寂しげな笑顔で問いかけてくる。

、、仕方ねえな。最後くらい、締めてやるよ。

「そうだな。ーー葵のこと、よろしく頼む」
「仕方ない、君の友人として、トラブルシューターの所長として、引き受けよう」

任せて、と頷きながら、マサキは扉を開き、姿を消した。

、、どうやら、これで完全決着らしい。知略戦とも呼べないお粗末な戦いは、マサキの完全勝利で決着した。

あいつにとってこんなものは、せいぜいが推理ごっこのお遊びにも等しい。だがマサキの狙いも、まさにそれなのだ。

マサキは、生まれながらにして日本でも有数の富豪に生まれ、同時に類いまれなる頭脳と、人好きのする朗らかで明るい性格を持ち、魅力的な外見すら持ち合わせていて、、また同時に、誰よりもこのイージーモード全開の生に飽き飽きしていた。

そう、、長い付き合いだ、マサキにとっては、事件への関与や解決など、結局は自分の生を少しでも満ち足りたものにするための、遊びの一種、大いなる暇潰しにすぎない。与えられ過ぎた者には、それだけの、与えられなかったものにはわからない心の隙間がある。

そういう意味では、こいつにとって、レイラとの出会いは行幸でしかなかっただろう。少なくとも、今この瞬間までは、俺たちと事務所を通して、自らの飽きを埋める暇潰しの助けになっていたのだから。

マサキは、あるいは、もしここで俺を見逃しても実際は構わなかったのだろうと、俺は思っている。さっきは真実がどうのと言っていたが、こいつ自身の求めているものは、有罪か無罪かではない、ただの真実だ。こいつの中で答えが出てしまえば、それが正しいと証明されてしまえば、その結論がどうなろうと、次の問題を探し求めるだけのことだ。そしてまた、次なる暇潰しを展開するだろう。

もしーーレイラを贈られたのが、俺ではなく、マサキだったなら。こいつは、レイラのマスターとして、レイラを使って、いったい何を成し遂げただろうーーそんな思考が、俺の脳裏をよぎっていく。

「、、ま、いいさ。ここでゲームセットだ」

有罪を決定付けるような証拠は、全てコンテナの中にある。あのコンテナの写真が撮られていて、中身を確認しないことはあり得ない。
マサキの奮闘を牢屋の中から、正真正銘の外野として眺めるっていうのも悪くはない。

俺はコンクリートの壁を眺めながら、これまでの経緯を思い浮かべる。
今の俺を形作った、過去の因縁を。


俺がレイラを受け入れたのは、スプラッターハウスの取り調べを経てから間もなくのことだった。

それが冤罪でも、逮捕者と言うだけで世間様の目は急速に厳しくなるのが世の常だ。幸いいくつかの希少な免許の所持により、手に職を就けることはできたが、独りという危険性は嫌というほど理解した。俺の場合、外見も外見だ、俺がレイラの監視を受け入れたのは、そういう理由からだった。

レイラは有能で、警察のデータを先取りできる。それに、監視されているというのも都合が良い。また何か起ころうと、いつどんな時だって自分を監視する奴がいれば、どんな時でも証拠を提出し、無罪にできる。本当に俺が犯人でない限りは。

実際、レイラは良いパートナーであり続けた。こいつは実際、四六時中俺のことを監視し続け、誰にだろうとどんな内容だろうと平気でリークする。プライバシーも何もなかったが、冤罪を擦り付けられるよりは遥かにマシだった。

だが、人は慢心するものだ。やがてマサキと出会い、1年、2年と月日が経つに連れ、俺は冤罪事件も少しずつ過去のこととして認識し、それによって、また警察が、蓼沼が来るだろう脅威を、犯罪者として疑われる可能性がある、という脅威を、そうは感じなくなっていた。

そしてある日ーー、一つの事実に気付く。
こいつは俺を監視する、という。それは確かに、最初の契約時に了承したが、その状況を誰にでも漏らすことまでは俺は了承していない。厳密で融通が利かないのがAIの常、ならば、黙ってろと、この時のこの行為は、人にリークするなと言えば、こいつはそれに従うのではないかーー

俺の目論見は、予想通りに成功した。所内のUSBメモリーの紛失をこいつは誰にもリークせず、マサキですらその紛失に気付くこともなく月日を過ごし続け、最終的には俺がそれをマサキに返したことで、この件は事件になることなく幕を閉じることになる。

ーーならば、俺は。

マサキですら、気付かないーーそれがわかった時、すでに俺の中には次の計画が立っていた。

俺を陥れた冤罪事件に対して、本当の犯人を見つけること。俺を陥れるきっかけとなった、いい加減な証言をしたやつに相応の報いを受けさせること。レイラがいれば、それも不可能ではない。

ーーこのふざけた証言をしたやつを。

生憎と、当時の警察の記録のどこを探しても、犯人を特定できるデータはなかった。だがそれは予想していた。もし俺以外に特定できていたなら、いくら俺の見た目が気にくわなくとも、警察もそいつを犯人に挙げていたはずだ。だから、こいつは警察に新たに捜査をさせるしかない。

ーー俺の人生を狂わせたやつを。

それに対して、証言者のデータは非常に簡単に手に入れることができた。警察の記録には、そいつの住所氏名は勿論、勤務先から証言内容まで、全てが詳細に残されていたからだ。

ーー宇津木帯人。そして、束原周二。

こいつらを消すことは簡単だ。だが、それが事件になり、捜査に人手を取られて、俺の冤罪がはっきりさせられなければ、本末転倒になる。だから、そのための計画を練るとともに、俺はあれだけの仕打ちをしてきやがった警察へも、協力する道を選んだ。

そして、3年ーー

独り身の危険性を痛感し、ゴンを居候に加えていた俺は、いつものように警察のデータをレイラにリークさせ、ついにその事件の新たな進捗を見ることになる。

俺はこの間に、佐久間という堅物を味方に付けたものの、警察にも面子がある。真犯人が見つかれば俺への冤罪も確定する。それは、警察の不祥事が明らかになることと同義だ。そのため、佐久間を除いた警察の捜査熱は低く、ほとんど終わった事件のように扱われていて、犯人自体もまだ見つかってはいなかった。

その佐久間が、調査を進めるうち、事件の現場から走り去る人影を見たという、7才の子供の証言を得たという。

所詮は子供、証言能力に疑義を持たれることに間違いはないが、そいつを深掘りすれば犯人に辿り着くかもしれない。

だが同時に、その記録には佐久間が捜査から離脱する可能性も記されていた。理由は家庭の事情。妹がストーカー事件に巻き込まれていて、佐久間は警察として、また一人の姉として、妹を護るためにそいつに立ち向かっていきたいという。

その、ストーカーの名前を何気なく見た時。俺は全身の血液が沸騰するような、耐えがたい衝動が自分の中を駆け巡るのを感じていた。

そいつの名前は、宇津木帯人ーーこいつは、俺を陥れただけじゃ飽き足らず、佐久間の妹にまで手を出し、捜査の邪魔までしやがるのか、、!!

俺の中で、この時、一つの理性の箍が弾け飛ぶのを、俺は確かに感じ取っていたーー

「結局はマサキ、だったな、、」

普通であれば、あんなトリックは思い付くはずがない。マサキは俺がレイラに監視されていると知っている。監視されている人間が犯罪に手を染めるなど、あるはずがないと、普通なら考えるところだ。

俺は、だから、自分が有罪になることはないと確信していた。俺は、警察に本腰を入れさせるため、改めて因縁のある相手を狙い、首切りの事件を起こすことで、警察に3年前の事件へと調査の目を向けさせようとした。そのために宇津木を殺し、利用するのであれば、躊躇いはしなかった。

幸いというべきか、レイラはAI、人の命令の善悪を判断する判断力なんて持っちゃいない。俺がここから先の俺の行動はリークするな、と言えば黙ってそれに従う。

宇津木の身体を移動させたのも、原理は変位ベクトルの計算と三平方の定理だけ、それも人間が全てを計算する必要はない。すべきことを入力してあとはAIに任せるだけ、本当便利な世の中になったもんだとつくづく思う。

結局のところ、AIに善悪はないのだ。人間にとっていかに重い善悪であれ、AIにとっては無でしかない。常に中立、殺人だろうが人助けだろうが、どんな重りが乗ろうが善にも悪にも揺れない天秤、それがレイラであり、AIだ。一度警告を与えられるだけでうるさく止められたりもしないし、人を殺すための計算だって、AIは自由にやってくれる。

けれどーー同時に、レイラという最重量物を手に入れてしまった俺が、今回のように疑われ、捕まるのは時間の問題だっただろうとも思っていた。普通ならできないことも、お前にはできる、、レイラの力ならできる。そう言われ、そしてまた冤罪で責められるのだ、かつてと同じように。

普通であれば、真実と誤認で揺れるはずの天秤は、俺については全く意味がない。万能過ぎるAI、レイラ、、そんな動かない、不良品みたいな天秤を手に入れてしまった以上は、それを避ける対応が必要になる。それが限りなく不毛であっても。

だから、これでいいんだよ。
俺が中にいる間に新たな事件が起きれば、それで俺の無罪は確定する。それで十分だ。

「レイラ、マサキは真犯人を捕まえられると思うか?」

俺は残されたプロジェクターに、独り言のように問いかける。
プロジェクターから映し出された映像では、慣れ親しんだ金髪美女が、不思議そうに首をかしげていた。

『何の事件についてでしょう? 宇津木帯人殺害、及び束原周二殺害の犯人は橘啓、すでに捕まっています』

移送場所はこちらです、とレイラは今俺がいる刑務所を表示する。ご丁寧に、住所と現在地、移動経路まで表示して。

犯人である橘啓との距離は、ゼロメートル。レイラから補足の言葉はない。
俺は無性におかしくなって、久しぶりに声を上げて笑った。

Fin

#ミステリー小説部門

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