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ホロスコ星物語203

龍尾砂漠ーーそれはゾディアック国土の北方、ベツレヘム領北部から、領の東部に広がる海上北側の山地を進んだ先にあって、更に東の龍頭山脈まで続く、広大な砂漠の総称で、ここには旅人を惑わせる、いくつかの古い言い伝えがあるといいます。

そのうちの一つが、この砂漠を行くものは、過去の自分に誘われ、終わりなき砂漠を永遠にさまよう、というもので。事実、砂漠の準備という点では万全の体勢で挑んだはずの商隊、地図も糧食も十分に備えたはずの軍人や、地理には明るいはずの密偵たちなど、ここで行方知れずとなった旅人はかなりの数確認されていて、今となっては商隊は勿論、盗賊たちですらこの近辺には近寄らないそうです。

「つまり、これも得意の幻影魔術ってこと? この辺一帯その手の仕掛けが多すぎない?」

イスパニア山を背に、出発前にレグルスから砂漠の特徴を聞いた小恵理は、思わず反射的にそんな突っ込みを入れてしまいます。

先程まで続いていた、イスパニアの紫龍からの再三の追撃を潜り抜け、やっとのことで安全が確保されたのが、ついさっきのことで。そんじゃ行こっか、とすぐに砂漠へと歩を進めた小恵理は、そのまま熱砂の中へと突入する寸前に、一応先にこの砂漠のリスクだけ知っておけ、と突然レグルスに引き留められ、そこで語られたのが、そんな話でした。

けれど、ここまで来たらいよいよ、アルトナの居場所も目前なわけで。気持ちの逸る今は、そんなこと、というのが、素直な感想なのでした。ホント、どんだけ幻好きなんだか知らないけどさ。

この手前、リーガルの山地の一つに数えられるピッカ山でも、幻影の霧によって道行くものが翻弄され、命を落とした、とかいう話は聞いています。それは結局霧の魔物の仕業だったけど、この砂漠も、要はそれと同じってことだよね。霧がなく、過去の自分が云々とか、ちょっとばかり幻影の性質が違うとはいえ、イスパニア山を挟んで反対側、龍尾砂漠でも、単に幻で人の行く手が遮られてるってことに違いはないわけです。

「僕もそう思う。その幻術の多さは、ここ一帯の過去の所以を考えれば、納得できる話じゃないか? ピッカ山にも同じ理由があっただろう」

それにベスタも頷き、砂漠を遠目に見据えながら、落ち着いた声でレグルスに賛同を告げます。魔王の居城近くなら、そんな怪現象も不思議でもなんでもない、と。ここまで来た以上、アルトナを優先したいという思いはベスタもまた同じく抱いているみたいで、既にここをどう攻略し、アルトナはどの辺りにいるのかを、先んじて考察しているようにも見えました。

小恵理は、肌を刺す陽光と、じんわり滲む汗に不快感を覚えながら、その眩しい日差しを手で遮りつつ、ベスタへ、そういう話だよね、と頷きます。このままじゃ日焼けしちゃう、とぼやきながら。や、ホント、砂漠って想像以上に陽射しがキツくて、UVカットとかどうしたらいいんだろうね?

「先代の魔王の居城は、噂だとピッカ山の中にあるわけがでしょ? だから、自分の城を守るために旅人の邪魔をしてるっていう」
「分析魔術を当ててみれば、よりはっきりとわかりますよ。この砂漠でもうっすらと広がる闇魔術の気配は確認されていますし、イスパニアの紫龍が何故あそこまでイスパニア山にこだわって住み続けているのか、その理由を考えても間違いないでしょうね」

全ては、先代の魔王が自分の居城を守るためーー、ピッカ山の霧にしても、幻影の魔物にしても、またイスパニアの紫龍にしても、龍尾砂漠の幻にしても、過去この近隣に君臨していたという魔王が、周囲に邪魔者を寄せ付けないために仕掛けたのだとすれば、この周囲だけ、やたらとそういった魔術的作用が確認されるのも説明がつくのではないか、、と。ベスタはそう原理について話します。

確かに、ここに来て、一つ特徴的だと思ったのが、イスパニア山を降りた辺りから感じている、砂漠の名にそぐわない、酷暑とすら表現できるほどの気温の高さで。けれど、イスパニア山自体の気候は、猛烈な速度と無茶で走り回ってたから汗だくになっただけで、春のように穏やかな気候だったことを思うと、つまりはどうも、このイスパニア山がーーあるいは、そこに住まう紫龍がーーこの砂漠から吹き付ける熱波を塞き止めていただけ、ということが推察できるわけです。

勿論、単にフェーン現象のような、山特有の気候の影響であったり、紫龍が動かない理由自体は様々あると思うけど、、いずれにせよ、それが、自分の居城を熱波から守るため、魔王が熱と冷気双方の性質を持った紫龍を呼んで、気候の調節という役割を持たせていたのであれば、イスパニア山以西との気温の差違も説明できるわけで。

ベスタからも同じように補足され、ね、と小恵理も頷きます。あの紫龍、コミュニケーション取れそうな感じもなかったから、真実はわからないにしても、単にあの山にねぐらがあるからという他に、何か義務感があって、イスパニアに留まっているのでもおかしくない気はします。挨拶したら入山を許してくれるっていう辺りは、ちょっと謎になっちゃうけど。使い魔ではないみたいだし、紫龍の性格をうまく利用してるって感じなのかもね。

ただ、それとは別に、一つだけ気になることもあって。
確かに、霧こそ漂ってはいないものの、この近辺に薄く広がって感じられるのも、似たような闇魔術の性質ではあって、、けれど、

「なんか、、でもこれ、本当に闇魔術でいいのかな、、?」

この砂漠地帯と、そこに漂う魔力を見渡しながら、何かの違和感に、小恵理は首をかしげます。

この、痛いくらいに照りつける日差しと、じっとしているだけでも延々と汗が滲む熱量は、普通に乾燥地帯の熱波の砂漠といった感じで、気温自体には魔術的作用は無い、、と、思う。だから、この闇魔術は、おそらくこの空気そのものに作用している、熱源以外の何かであることは確かで。

「、、どういうことです? 僕の分析魔術でも、ここに闇魔術の痕跡があることは確認できますよ?」

その小恵理の呟きに、自分も分析魔術を展開しながら、ベスタは疑問の目を向けて、小恵理へと尋ねます。ベスタもそろそろ暑さに堪えてきたのか、ここをただ移動していたらすぐに干からびてしまいますね、と収納袋から、日差しを遮られる物を探しながら。

分析魔術において、魔術の属性や性質を読み取るのは初歩の初歩ですから、ここで躓くことは普通、あり得ません。それこそ、そんな風に物探しの片手間に分析していてでさえ。

当然、魔術に関しては何年も研究を重ね、これまで何百何千と属性の分析などやってきただろう小恵理が、これのどこに疑問を差し挟む余地があるのかと、ベスタは聞いているわけで。

それに小恵理は、うーん、と腕を組んで唸り、何かおかしいんだよ、と答えます。

「闇魔術と言えば、これも闇魔術に分類されるのかもしんないんだけど、、なんだろう、独特の禍々しさみたいなものがないっていうか。強いていうなら、夜魔術って感じ?」

こっちの方がしっくり来るかも、と小恵理は一人頷いて、そんな感じ、わかるでしょ? と期待の目をベスタに向けます。

なんか、そう、この空気感は、それこそコエリの纏っている雰囲気に近いというか、、星明かりでひっそりと夜道を照らしてくれそうな、静穏さ、控えめさが空気に現れている感じで、そこまで悪、という雰囲気がないんだよね。

「夜魔術、と言われても、、」

ベスタは困惑した様子で眉根を寄せていて、その違いはわからないみたいです。あるいは、今はまだ昼なので、実感できる時間帯ではないのかもしれないけど、、分析のプロであるベスタだけに、ちょっと残念かも。

ちょっとだけ眉を落とす小恵理に、ひとまずは咳払いをして、小恵理の話を聞き流す形で、ベスタは、そろそろ行きましょう? と先を促します。取り出した厚手のシーツを上空へと展開し、日陰を複数作りながら。

「その魔術的作用が闇魔術であれ、夜魔術であれ、この気温ですから、今はアルトナの捜索を急がなければ本当に手遅れになってしまいます。ーーレグルス、アルトナが捨て置かれたという方向は?」
「このまま東進しな。生きてればどこかで拾えるだろうぜ」

お前らには探査魔術があるだろ、と。レグルスは相変わらずベスタの影に籠ったまま、声だけで二人へと指示をします。

「東進ね、おっけー」

砂漠の前準備のため、補給はブルフザリアに以前立ち寄った時点で十分用意したし、直射日光さえ防いでしまえば、乾燥、高温の問題は冷気の魔術を周囲に展開すれば防げるので、大して問題ではありません。小恵理は、じゃあここからはこれで進もうか、と球状の耐熱結界を展開し、ベスタを一緒に包み込みます。

「こいつは良いな、さすが聖女サマだぜ」
「、、レグルス、あんた影にいるけど、一応熱は感じるんだ?」

そういえば、、影にいるレグルスに、暑さってどう作用するんだろうね。もし暑さから完全に分断されるなら、逃げててずるっこい、と思っていた小恵理は、くくくっ、と足元から聞こえてきた楽しげな笑い声に、思わず胡乱な目を向けてしまいます。

「一応な。さっきの紫龍のブレスみたいな灼熱の一発でも、すぐ通り過ぎる分には直接熱されはしねえが、ずっと続くこういう気温だと、ちょっとずつ足元の熱された気温が入ってくる感じだな。むしろそっちよりアチいんじゃねえか? ーーよっと」
「っわ、急に出てこないでくれない!?」

と、突如現れた鍛え上げられた黒色の巨体に、反射的に大きく距離を置いて、小恵理は苦情を言ってしまいます。単純にビックリしたのもあるけど、なんとなく、レグルスが草原でプロビタス子爵の護衛を殺害したことを思い出してしまって、条件反射みたいな感じで、思わず飛び退いちゃった。

うん、とりあえず、影の中だと分厚い断熱材で隔離でもされてる感じなのかなっていうのは、伝わったけど。思わず肩にも目を向けてしまって、レグルスは、おい、と苦笑を浮かべてきます。

「んな警戒すんな。俺だって別に誰彼かまわず手をかけちゃいねえ」

あくまでも、あれは命令があったからやっただけだ、と。肩を竦め、レグルスはかまわず再び小恵理に近づき、ーーうん、でもやっぱなんかイヤなんだよね。なんか、人殺しだってわかってる人に、パーソナルスペースに入り込まれてるみたいな感じ。

今度は距離こそ置かなかったけど、顔をしかめ、刺々しいオーラを見せる小恵理に、でもレグルスはどこ吹く風であっさりと隣に並び、行こうぜ、と促してきます。

「、、図太い人っていいよね」
「いや、せっかく張った耐熱結界だろ? 俺だって気になんねえわけじゃねえが、入れてくれたっていいじゃねえか」

俺だってアチいんだよ、と。レグルスは顔をしかめて苦情を言います。なるほど確かに、耐熱結界を敷いたはいいけど、これ範囲が狭くて、単純に嫌でも寄るしかないってわけ。

いっそ影にいればいいじゃん、とも一瞬思ったけど、断熱性が強いっていうことは、熱された気温が簡単に冷えることもないんだろうから。それじゃ仕方ないな、と思い直します。結界の範囲も広げられないこともないけど、表面積が大きくなると冷気が逃げやすくなって、無駄に魔力を消費するし。

それじゃ、と出発する、前にーーレグルスは、何かに気付いたように、不意に砂漠の方を、睨み付けるように目を細めて、見やっていて。

「、、どうかした?」
「いやーーくくっ、あんた、いい線いってるかもしんねえな」
「は?」

何言ってんの、と問いかけるけれど、レグルスは、何でもねえよ、と意味ありげに口許を歪め、肩を竦めて、行こうぜ、と二人を促します。意味深すぎるから、教えてくれないならやめてほしいし、思わず、本当にカイロンいないんでしょうね、と周囲を警戒してしまいます。

「おいおい、アルトナの嬢ちゃんもそれなりの魔術ーー法術か? の使い手じゃああったが、この気温、普通の人間にゃあ、ちと辛えだろう。急いでやった方がいいぜ」
「それはわかるけど、、」

あとはもう、進みながら話せばいいだろ、と。そもそも最初に自分で止めておいて、いまいち納得はいかないけど、レグルスの言うことももっともだったし、仕方なく、わかったよ、と頷いて、砂漠へと足を踏み入れます。もしまたカイロンが付いてきてたら、とっちめてアルトナの居場所を吐かせる心つもりは持ちながら。

それから、歩き始めて間もなくに、ベスタが魔法盤を掌の上に展開して。ーーなるほど、見るとそこには東西南北が示されていて、あらかじめ方向感覚を失わないよう、先に北を正確に示す魔法盤を用意しておいたわけです。これを見て、東に進めばいいってことね。さすがベスタ、有能です。

そうして、三人は熱砂の中、東を目指して、まずは見渡す限りに続く砂地を歩きながら、極力遠方まで探査魔術を展開しておきます。

外気温は、おそらく40度は軽く普通に超えていると思うけど、耐熱結界によって自分たちの周囲だけはやや涼しいくらいに保っていて、砂漠といっても、暑さによるツラさはありません。陽射しはベスタが防いでくれてるので、日焼けの心配もなさそう。

でもそうして、地平の果てまで、永遠に抜けられない気すらしてくるほど遠く広がる茶色の砂地を眺めてると、、なんだか、ね。

本当にここでアルトナ見つけられるのかな、と。漠然とした不安を抱きながら、小恵理は砂漠の道を進むのでした。

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