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木の下に日が沈み、長い夜がはじまる

 本日、二月十八日は古井由吉(1937-2020)の命日です。

 杳子ようこは深い谷底に一人ですわっていた。
 十月もなかば近く、峰には明日にでも雪の来ようという時期だった。
(古井由吉『杳子』(『杳子・妻隠』所収)新潮文庫・p.8)

彼はそばに行って右腕で杳子を包んで、杳子にならって表の景色を見つめた。家々の間をひとすじに遠ざかる細い道のむこうで、赤みをました秋の陽がせ細ったの上へ沈もうとしているところだった。
(古井由吉『杳子』(『杳子・妻隠』所収)新潮文庫・pp.169-170)

 樹の下に陽が沈み、長い夜がはじまる。机に向かい鉛筆を握る。目の前には白い紙だけがある。深い谷を想い、底にかかる圧力を軀に感じ取り、さとい耳を澄ませながら白を黒で埋めていく。

 目を瞑ると、そうやって夜明けを待つ人の背中が見えます。

 合掌。

※ヘッダーの写真はもときさんからお借りしました。

#古井由吉 #杳子 #夜明け