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私の母は、91歳だ。
私の子どもの頃は、とても厳しくて怒られた記憶の方が多い。
それでも、某病院で経理事務をしていた凛とした姿が私はとても好きだった。

そんな母が認知症になり、最近はもう小さな子どものようにわがままをいい駄々をこねるようになった。

最近、父が入院して母屋には母一人だ。
姉が同じ敷地内に家を建てているので大体の面倒や見守りをしてくれているが、母は近くに誰かいてくれないと不安らしい。

夜になると電話で話し相手をする。
双子の姉と交代で。
今夜は、私と話をした。
私の娘は仕事で帰りが22時過ぎになる。
そんなことの話題になると、それまでは寂しいから泊まりにきて、とかいろいろと懇願していたのに急に、そんなに遅くに帰ってくるのは危ないから早く迎えに行ってきなさい、一人じゃ危ないから誰かに乗ってもらって。
仕事場に電話をして、早く帰してもらうように言いなさい。
などととてもはっきりした口調で私の娘(母にとっては孫)の心配をしだし、こんな電話をしている場合じゃないからもう切るよ、と母から電話を切って行った。

「お母ちゃん、心配してくれてありがとう。」
そう伝えると、なんとなく母は満足そうだった。

昔から、母はとても心配性で高校の時に部活で帰りが遅くなった私たちを父と二人で迎えにきてくれたことがあった。
迎えにきてくれた、と言っても私たちは自転車で、車で来てくれた両親は私たちの自転車の後ろを走りライトで照らしてくれて家まで帰った、ということがあった。

保育園の職員会議で遅くなった時(23時過ぎてた)は、園長に電話をかけてきて
「若い保母(現保育士)さんばかりなのに遅くまで職員会議をするとはどういうことか!」
と文句まで言った。

そんな母なので、今でもとても心配してくれる。

それが母なのだ。

認知症になったとしても、そういったその人が持っている人間性だったり優しさだったりというのは変わることがないのだとつくづく思う。

母は過干渉気味のところがあって、私が若い頃にはよく母とぶつかったりしたが今は、それも母の優しさだと思えるようになった。

暖かくなる頃に父も退院しまた両親と一緒に出かけられることを願いつつ。

母の母としてのプライドを尊重しつつなるべく笑顔でいてくれるように、工夫できたらいいな。

今日は、久しぶりに凛とした母の優しさを感じたような気がする。

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