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言わぬが花/二歩[爆発オチなんてサイテー!!]

『今日の服、ピンクだらけになっちゃったwww』
 お気に入りのブローチが付いた、ピンクと白のフリルワンピース。厚底の黒いブーツ。フェイクパールのカチューシャに、ハートモチーフのイヤリング。部屋の全身鏡でポーズを取り自撮りした写真を添付してツイートする。
 情報が飛び交うTLの先頭に私の写真が表示される。シュッ、ポッとスワイプすると、それはTLの波に呑み込まれ、跡形もなくなった。

 通知には、「yuiさんと他3人があなたのツイートをいいねしました」と表示されている。yuiは、ツイッターで友達になった、同じ大学に通う同級生だ。
同じ講義を取り、大学でも顔を合わせてはくだらない話をする。フリルやリボンで着飾った私の服を、『ちょー似合う! 女の子って感じでめちゃくちゃかわいい』と上ずったハスキー気味の声でベタ褒めするyuiが好きだ。

『△△大学で働いているお母さんが、アイドルの○○くん見たって! 顔が小さくて足が長いからすぐに分かったらしいww』
 母から聞いた話をツイートする。すると、yuiから即座に反応がきた。『えっ、すごくない!?😲 ○○くんってそこの大学通ってたんだよね! ☺ いいなー!♥』一文ごとに絵文字が付いた言葉が書き綴られている。自分のことを褒められた訳ではないが、とても気分が良い。

 私の母が都内で一流の△△大学に勤務していることは事実である。ただ、教壇に立ち教鞭をとる教授ではなく、大学構内の掃除や片付けを行うパート清掃をしている。母は、トイレ清掃をしているときに、アイドルの○○くんと偶然すれ違ったということを自慢していた。
ネットではパート清掃という情報を入れずに、「母は△△大学で勤めている」とだけ伝えている。幸いにも、△△大学には私と同じ名字の教授がいて、皆は勝手に勘違いをしだした。私は何も嘘をついていない。ほんの少しだけ、事実に脚色を加えているだけだ。

「まだ準備終わらないの? 早くしないと置いていくわよ」
 出てくる気配のない私に苛立ち、母がドアの隙間から顔を出し、部屋を覗き込んだ。指をせわしなく動かしてツイッターのリプ返信する私に対して母は、呆れたと言わんばかりの深いため息をつき、指をさした。
「一日中スマホなんか触って、たまには家のことをしたらどうなの!? またスマホを没収されないと懲りないの? それと、その服は一体何? そんなフリフリな服を着られると、恥ずかしくて隣で歩けやしないわ。わかったら、さっさと準備をしてちょうだい」
 捲し立てるように言うと、母は勢いに任せてドアを閉めた。早く準備を終えなかった私に非があるのだが、それ以上に皆が可愛いと言ってくれたファッションを侮辱されたことに対し、怒りが込み上げてきた。
『お母さんに洋服のこと馬鹿にされちゃった 😢 もしかすると、スマホも没収されるかもしれない…』
 今の出来事を感情に任せて投稿する。誰か。誰でもいいから、私の投稿に反応して。私の目は、通知欄に釘付けとなる。

『それはつらい… 😭 今日、大学で会ったらグチ暴露大会しよ 👊 』
 スワイプを際限なく繰り返していると、yuiからリプが送られてきた。それは、私の気持ちを汲み取り、励ます内容であった。肯定してくれる言葉を見るだけで、荒立った心がほんの少しだけ和らぐ。『ありがとう! 今日はyuiに愚痴りまくるぞー!ww』すぐさまyuiに返信する。
 頭が冷えてくると、母から早く準備をしないと置いていくと忠告されたことを思い出す。メゾンドフルールのリボンが付いた、ピンクのトートバックに荷物を詰め込み、母の待つ玄関へ向かう。
 大学に向かう間、エンジン音とカーステレオから流れる陽気な音楽だけが車内に響き渡った。黙り込む母の荒々しいハンドル捌きと、幾度となく踏まれる急ブレーキで、私の体は何度も揺れた。

 大学へ着くと、私は、母と目を合わせることなく車を降りた。三号館へ行くと、そこに、若草色のニットとサーモンピンクのスカートを組み合わせた、今のトレンドを詰め込んだ装いのyuiがいた。
「おはよー。ツイッター見たよ。散々だったね」
yuiが、私の姿を見つけると声をかけてきた。そして、私達はロビーにある席に座り荷物を置いた。一限が始まるまで十分に余裕がある。

「そうそう! yui、リプありがとね。私、嬉しくて泣きながら返信したよぉ。早く準備しなかった私も悪いけど、何もスマホを取り上げることはないよね。高校の頃にもスマホ没収されたことあったけど、あっ、これ前にツイッターで呟いたことあった気がする。まっ、いっか。あの時も、受験が終わるまで返してくれなくて、パソコンからコソコソとログインしてネット使ってたんだよねー。もう、嫌になっちゃう。私のお母さん、タバコ吸ったりするし、格好もジーパンとノースリーブ、茶髪で治安が悪いんだよね。それこそ、私の服の好みと正反対! だから、私がワンピースとかフリルの洋服を着ているのが気にくわないみたいで。よく、「そんな洋服、小学生でも着ないわよ。恥ずかしい」とか言って、虫でも払うようにしっしって手で払うんだよ、酷くない!? 私からすれば、いい年した親が露出高い服着てイキる方が恥ずかしいって感じ。そうそう、私、教習所に通って免許取ったんだけど、お母さんが中々運転させてくれなくて。あっ、yuiは覚えてる? 私がツイッターで呟いた佐藤教官のこと。あの教官は私のこと運転が上手いって褒めてくれたけど、お母さんが助手席に座ると「もっとスピード出さないと、他の車の運転手がイライラするわよ」だとか文句ばかり。しまいには、事故を起こしそうだからって車に乗せてくれないの。酷いよね? だから、今日も大学までお母さんがう…」

 それまで、うんうんと相槌を打っていたyuiが唐突に口を開いた。
「それ、ツイッターで全部見たよぉ。いつも、しゃべり出したら止まらないの悪い癖だよ」
 笑いながら、私のことを指摘した。普段、yuiが私の話を中断することはない。ハスキーな声は覇気が無く、yuiの様子がおかしいことに気づいた。

「昨日、ここの大学に爆破予告が来て休講になったよね」
 そうだ。確かに爆破予告があり、ネットニュースになるほど騒然としていた。だが、結局は何も起こらなかった。この場に関係のないタイミングで出された話題だったため、私は眉をひそめる。
「でもね。丁度、良いタイミングだと思ったの。
私が好きなYouTuber、○○っているよね。何度か勧めたことあるんだけど。まぁ、自分のこと以外は興味ないから、私が勧めたものなんて見たことないだろうけどね」
 以前、yuiにおすすめされたが後回しになり、まだ見ていない。事実かもしれないが、自分のこと以外興味ないって言い方が頭にきた。yuiは、鞄の中から何かを出し、おかまいなく話を続ける。
「その○○は、化学に精通している人でね。十年前に出した本がドラッグや兵器、安楽死とか実際に犯罪に使えるものだったから有害図書に指定されちゃったけど、私はその本を持っていたんだ。折角の機会だからちょっと作ってみたの。実はね、あんたのこと嫌いだったのよ。繋がってみたはいいけど、ずーっと呟いてばかりで。あんたは知らないだろうけど、他の皆も言っているわよ。嘘つきだって。私、知ってるんだから。あんたの母さんが教授じゃないこと。私の知り合いが△△大学にいるからすぐに分かっちゃったの。でも、面白いから付き合っちゃった」
 yuiは、鞄から出した物を机に置き席を立った。
「それ、お手製の爆弾。あんた、地雷女みたいな格好しているから丁度いいじゃない」
 じゃあね、と振り向きざまに手を振りyuiは早足で姿を消した。
 私が状況を理解する間もなく、焦げ臭い匂いと共に辺りが白い閃光に包まれた。


『本日、午前八時頃に東京都内の大学構内にて爆発事件が発生しました。この事件により、爆発物の近くにいたとみられる二十代の女性が重傷。七名が火傷を負う軽傷ということです。昨日の爆破予告との関連を視野に……』

10人の作家による爆発オチ小説を10篇収録


《収録作品》
1.「渺茫の星園」 鳩
2.「言わぬが花」 二歩
3.「急速決闘セクシーショット」 ひづみ
4.「つがい」 カルノタウルス
5.「僕が潰しました」 ムヒ
6.「パクチート・グミガスキーの復讐」 パクチート・グミガスキー
7.「glitch」 葬式
8.「休日」 静流
9.「コーポ花園の憂鬱」 茉莉花ちゃん
10.「埖夫」 元澤一樹
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◆10篇の爆発オチ小説を収録 全44P
◆商品サイズ 中綴じ製本(A5)
◆2021年発行

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【SNS】
文芸詩「煉瓦」[Twitter / Instagram]@renga_bungaku
二歩 [Twitter]tomatomato1121
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葬式 [Twitter/Instagram]@sou_sai4
茉莉花ちゃん [Twitter]@notmatsurika
元澤一樹 [Twitter]@sawa_sawa64

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