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[掌編] 東京ドームにて

青ブラ文学部さまの企画に参加してみました。

私は東京生まれの東京育ち、なので普通に『東京人』だと思われる。ところがどっこい、私の両親は二人共大阪出身、関西人の血が流れているのだ。とは言っても東京育ちの私はそれほど大阪弁を上手く話せない。父は東京でも大阪弁で通すけど、母はネイティブと思われるくらいきれいな東京弁を話す。でも大阪に帰るとしっかり大阪弁だ。私は大阪弁の話の波に上手く乗れないでいる。

反面、やっぱり自分は難波の血がながれているなと感じることもある。まず、大の粉もの好きである。実家ではホットプレートでお好み焼きを焼くし、大きな電動タコ焼き機もあった。東京の人たちが食べる「もんじゃ焼き」、不味いとは言わないけど、あれはお腹いっぱいにならないでしょ。私には物足らない。

それから、阪神タイガース!父がトラキチだった影響で子どもの頃はよく後楽園球場に連れて行ってもらった。東京ドームになる前の後楽園球場がわたしは大好きだった。少し早く行って弟と私は遊園地で遊ぶ。それからフライドチキン片手に野球観戦、外野席の急なカーブが少し怖くて、でもあの前につんのめりそうなスリリングな感じが楽しかった。

神宮球場にも行ったことはあるけど、後楽園と比べて盛り上がりに欠ける。父と同様に多くの阪神ファンは対戦相手が巨人のほうが熱くなる。それに神宮球場には遊園地がないから子どもの時は大きくマイナスポイントだった。オジサンたちが野次を飛ばし、阪神が巨人を負かしてみんなで六甲おろしを歌うのがなんだか快感だった。

中学生になると親と出かけるのが恥ずかしくなって、家族で野球場に行くこともなくなった。そのうち後楽園球場も東京ドームという大きくてきれいなスタジアムに豹変した。父と弟も何度も出かけていっては凄いと感動していた。

私が初めて東京ドームに足を踏み入れたのは大学生の時、当時つきあっていた隼人はやとと。隼人は高校の同級生、私たちの高校は大学の付属でスポーツが盛んだった。野球部も何度か甲子園に行っている。隼人は硬式野球部でしごかれる根性はなく、軟式野球部で野球を楽しんでいた。彼もやはり東京育ちだったがご両親がどちらも兵庫出身で阪神ファンだった。阪神ファン同士で意気投合し、つきあうようになり、その後二人共併設の大学に上がった。

初めて訪れた東京ドームは確かに広くてきれいだけど、なんかよそよそしい感じがした。隼人は何度か来たことがあったので、スタジアムのことをあれこれ説明してくれた。その日のゲームは最初は阪神優勢だったのに7回裏から巨人が反撃し、当時エースのH選手が満塁ホームランを放った。

「うおおおお!!!!」
私達が座っいる斜め上のほうから歓声が上がった。我々と同じ世代の二人組の男の子たちだった。アチャー!私はとっさに心配になった。東京では数の上では圧倒的に巨人ファンが多い。通常彼等は東京ドームなら一塁側で応援するのだが…一塁側が満席でしぶしぶ三塁側で観戦することもある。ただ、阪神ファンにバレないようになりをひそめている。

しかしその日のH選手の満塁ホームランが余程嬉しかったのか、彼らは思わず立ち上がって手をたたき歓声をあげてしまった。
「なんだ、おまえら?!」
「阪神応援しない奴はここから出ていけ!」
案の定周囲から野次が飛んだ。その上、あろうことか・・・

「おまえら、ふざけるのもいい加減にしろ!」
私の連れの隼人が二人組の男の子の一人の襟首をつかんで今にも殴りかかりそうにしていた。
「やめてー!」
私は必死に隼人を抑えた。その時、

「ほかの方たちの迷惑になるから向こうへ行きましょう」
一人の警備員が隼人の肩をつかんで客席から外へ連れ出した。私も後を追った。
「なんなんだよ、てめえ」
通路に出ると隼人は警備員の手を振り払った。
「危ないですから客席で喧嘩はやめましょう。ほかの方々にご迷惑です」
「なに、言ってんだよう!」

もう隼人には怒りの原因がなんだかわからなくなっていた。そもそも先ほどの二人組にもこの警備員にも何の恨みもない。ただ振り上げた拳を下す矛先がほしいだけだった。彼は警備員に向って拳を水平に放った…と同時に警備員はその拳を掴むとひょいっと後ろに振り上げ、隼人の体が宙を舞い…床に落ちた。

「大丈夫ですか」
警備員に顔を覗き込まれた隼人の目は泳いでいる。
「大丈夫です。お騒がせしました」
代わりに私が答え、彼は去っていった。私は隼人を促してそのまま帰った。


その後、私は隼人に決別宣言を下した。やつも恥ずかしいところを見られてしまった手前何も言わず同意した。
数日後、私は再び女友達を誘って東京ドームに行った。阪神戦ではなかったと思う。もう対戦などどこだってよかった。そして、あの時の警備員を探して…

見つけた!
「すみません。先日は連れがお騒がせいたしました」
相手は思い出したように、ああ、と反応した。
「あの男とはキッパリ別れました。悪いやつじゃないんだけど…ちょっと頭が足りなくて…。あの、目を覚ましていただいたお礼に何か奢らせてもらえませんでしょうか」
自分でもかなり強引だと思ったけど、相手もあっさりOKしてくれた。

彼の勤務が明けてから近くのファストフードで友人を含めて3人でお茶した。彼はお腹がすいてるからハンバーガーを頼んでもいいかと聞いてきたので私も快諾した。聴いたところによると私達より1つ年上の大学生で、アルバイトで警備員をやっていた。野球には特に興味はないけど柔道や空手の経験はあるらしい。

「驚いたよ。ホント、大胆で面白い子だなって」
彼はのちのちこの日のことを思い返してはそう言って笑った。
「やっぱり大阪の血が通ってるんだね。東京の女の子はあんなことはしない」
いやいや、それは偏見というものです。でも私もあの時そうしなければいられない衝動にかられていた。

それから二人だけで会うようになり、4年つきあった末に結婚した。子どもは上が男の子、下が女の子、二人を授かった。息子は野球好きの祖父にも格闘技好きの父にも似ず、今時の子らしくサッカーのチームに入ってサッカーに明け暮れている。

それでも年に数回東京ドームに家族で出かける。東京ドームシティーで子ども達を遊ばせたあと、ドームで野球観戦している。もちろん応援するのは阪神タイガース。夫はそれほど野球に関心はなく敢えて選ぶなら巨人だったが、私の家族と仲良くなるために阪神ファンに改宗した。

うちの子ども達はたぶん、ディズニーランドよりも東京ドームシティーのほうが好きだと思う。家族の思い出の地、我が家の聖地でもあるから。





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