[小説]深夜の着信②
それから二月ほどして、家に帰ると唐沢(カラサワ)奈美(ナミ)が遊びに来ていた。ナミはアヤカの親友で俺たちは大学の天文学サークルの仲間だった。
「よお!」
「おじゃましてま~す。」
アヤカが夕食の支度をしようと台所に立つと、ナミがすかさず、
「そういえば、あのあとちゃんと連絡とれた?」
と聞いてきた。なんのことだかサッパリわからず、ナミに詳しく話を聞いところ、俺が例の電話を受けた少し前に俺だと思われる男からナミに電話があり、次のような会話が交わされたらしい。
―オオツカアヤカの亭主ですが、夜分に申し訳ありません。
―ああ、久しぶり!元気?
―すみませんが、アヤカの携帯番号を教えていただけませんでしょうか。
―ええー!!奥さんの電話番号知らないってありえる?
―スマホをなくして買い替えたばかりなんです。緊急の用事なんです。お願いします。
俺とアヤカは目を合わせた。どうやらナミがうちのアヤカの番号を教えてしまったらしい。俺達はナミにこちらの事情、あの夜のことを話した。
「なんで知らない奴にアヤカの番号教えたりするんだよ!」
「だって大塚くんだとばかり思ってたんだもん」
「俺がナミに夜分遅くすみませんなんて言うか。」
「それもそうね。」
ナミはしばらく口を噤んでいた。こいつが喋らないということはいたって珍しい。それなりに反省しているようだ。
「そういえばナミ、オオツボアヤカって名前に聞き覚えない?」
ナミは少し考えて
「もしかして、ツッチーじゃない?あの子大学卒業してすぐに結婚したでしょ。確かそんな名前になったような気がする。」
合点がいった。やはりサークル仲間に土屋(ツチヤ)綾香(アヤカ)という子がいた。おとなしくて存在感に乏しい、少し暗い感じの子だった。アヤカという名前の女の子はやたらと多いので、土屋綾香のことをツッチー、うちのアヤカのことは旧姓の迫田(サコタ)からサコ、とみんな呼んでいた。
「なんか怖くない?」
アヤカが呟いた。
「やだ~、サコは心配性なんだから…」
ナミは一応受け流す風を装っていたが、アヤカの言わんとすることに察しがついたようだ。
「だって、そもそも自分の奥さんの連絡先を知らないってことが不自然じゃない。もしかして離婚調停中とか、旦那さんがDVか何かで奥さんに近づけないようにしていたんじゃないかな。」
「それは有り得るかも。」
ナミもいつになく神妙な顔つきになる。
「ナミ、ツッチーに電話してみてよ」
「えっ、私ツッチーの連絡先知らないよ。」
「だろうな、ツッチーの旦那と俺を間違えるくらいだから」
生真面目なアヤカと違って、俺やナミはどこか呑気なようだ。アヤカが自分のスマホを探って、
「あった!」
見つけるや否や発信ボタンを押した。しかし現在使われておりませんというアナウンスが流れるだけだった。
「だいじょうぶかな、ツッチー」
アヤカはかなり心配している。こんな時に何だが、思い詰めた表情をするときれいだ。
「まだ、DV旦那だと決まった訳じゃないよ」
「そうよ。それにツッチー、ああ見えて結構しっかりしているし。」
ナミと俺がフォローしてもアヤカの不安は拭えないようだった。
「おとなしいばかりじゃないから心配なのよ。勇気を奮って立ち向かったがために…最悪の結果にならなければいいけど…」
「もう、やめやめ。実際にはっきりしないこと妄想してたってしょうがないじゃない。」
ナミが強引に話題を変えて、その場は一応治まった。
(続)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?