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5日で辞めたコンビニバイト

初めてアルバイトしたときの職場は辛かった。


 19歳の時、初めてアルバイトの面接に合格し、都内某所にあるセブンイレブンで働くことになった。この職場での経験は戸惑いの連続だった。まず、出勤したら「誓いの言葉」なる仕事に対しての心構えを声に出して読まなければならない。『私達は!、お客様のために!、誠心誠意…』という感じのやつである。「私はあくまで労働契約を結んだだけであって、別に心までセブンイレブンと一つになったつもりはないけど・・・まあ、昔ながらの日本企業だし、形だけ残っているんだろうな」と、そう思っていたのだが。それを読んでいる最中、オーナーにちょっと待ってと呼び止められ、指導を受けた。「それがお前の本気か?」…いや、「本気」って何だ?コンビニで働くのに、自分の内面まで変えなくちゃダメなの?ちょっとダルそうに読んでいたのが悪かったのかな?でも、実際こんなの読むのダルいしなあ。それに、僕は時給950円のアルバイトで、これを読んでいる時間は時給が発生しないのですけど…と、いきなり出鼻を挫かれた思いだった。



 私の指導を担当したのは中国人留学生(と当時は思っていたが、今思えば技能実習生だったのかも?)の女性、Wさんだった。初めてのバイトで不安でいっぱいだったのだが、丁寧に教えてくれて安心した。終始ほんわかした雰囲気で、これなら続けられそうだと思った矢先、事件が起きる。私の指導に日本人の中年男性が一人、加わってしまったのである。


 彼はここで働く前は、日本人なら誰でも知っているような有名企業に勤めていたとしきりに自慢していた。(じゃあ、何で今はコンビニバイトなんですかね?)それだけでなく、覚えたての私の仕事にケチを付けてくる。「これは、別に君のことをいじめてるわけじゃないんだよ」と口では言うものの、どう捉えても嫌がらせである。これがいわゆる「かわいがり」ってやつなのかな、と辟易した。


 ある日、彼からWさんの過去について聞かされる。「Wちゃんは来たばかりのころは仕事に心がこもってないって怒られてばかりで、毎日バックヤードで泣いてて大変だったよね~今は成長したよ」これには驚いた。コンビニで働くのって、毎日泣くようなことなのかな?商品を品出しして、客が持ってきた商品を会計する、それだけの話ではないの?確かにここでは大きな声でハキハキと挨拶したり、商品の宣伝をすることが求められる。会計するときもニコニコしていなければならないし、決められた角度のお辞儀をしないといけない。同僚の嫌がらせも上手くかわさないといけない・・・肉体を動かす以上に、精神が消耗していく。Wさんにそれが向いているようには思えなかったし、自分もそうだ。物を売ること以外の仕事量が多すぎる・・・


 その日の帰り道、当時まだホームドアのついていなかった東京メトロの駅のホームに立った時、「ここから落ちれば解放されるな」と思ってしまった。それに気づいた時、これはもうダメだなと思い、家に着いてからセブンイレブンに退職する旨の電話を掛けた。入社してから5日後の出来事である。


 それから数年経ち、私は初めて外国の地を踏んだ。商店の店員の態度は良くないし、スマホをいじりながら店番をしている人も珍しくない。中でもハルビンのショッピングモールで見た仕事は衝撃的だった。日本でも、大きなショッピングモールに行けば有料で乗れる子供向けの汽車の形をした乗り物が走っているだろう。その最後尾の車両に乗って、子供たちを見守るだけの仕事をしているおばさんを見た。自分が行った日は客入りが少なく閑散としていて、誰もその乗り物に乗っていなかった。なので、彼女はずっとスマホと戯れているのみである。これでも仕事として成り立つんだなと感心した。とはいえ、求められている仕事自体はちゃんとやってくれる。それらを見て私は、ああ、これくらいでいいんだよなと、安堵した。なーんだ、日本で経験したあれはただのローカルルールだったんじゃないか、とも。


 結局私は「沈黙」することのできない人間なのだ。フェレイラ神父のように、棄教してまで暮らすことはできない。ロドリゴ神父のように、信仰を持ち続けたまま、表面上転んだように見せ続けることも難しい。些細なことでも、自分を偽ることはできない。だとしたら、私が就くべき職業って何なのだろう?ということに、明確な答えを出せないでいる。


※3年くらい前に書いた文章の移植です。改めて見返すと、結構荒削りなところがありますね。退職から海外の話に移る展開が急すぎる感じがします。
見出し画像はローソンですが、Googleフォトのどこを探しても、セブンイレブンを撮った写真は見つかりませんでした…無意識に避けてしまっているのかもしれません。


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