お母さんを探して
パリ在住だった頃の話。
家内が言うには、
「人間として育てています!」
犬、二匹のこと。
一匹はオス、名前はトラくん。もう一匹は3歳若くてメス、サクラちゃん。
どちらも耳の大きなコッカースパニエル。
元々トラくんは去勢もしていないので、多少他の犬とうまくゆかない時がある。
そこで犬友達とおしゃべるするために、サクラちゃんが欲しかったのだろう。
サクラちゃんが来てからは、トラくんは妹のサクラちゃんに仕切られて大人しくなっていた。
***
ある日、家内が入院して、家からいなくなってしまった。癌が見つかったのだ。
私は、朝は早起きして30分ほどの犬の散歩と朝食。夕方は早めに帰宅して、一時間ほどのお散歩。
ところが、三日ほどすると、サクラちゃんがお散歩に行かなくなった。
どうにか連れ出しても、途中で動かなくなる。一点を見つめて、リードを引いても動かない。
ーーえ!
お母さんと通った散歩道???だから???
これってPTSD? フラッシュバックしている?
お散歩に行かないのは、お母さんの帰りを待つ???
やっと連れ出して、リードを引っ張っていると、Policeがやってくる。虐待かと疑るのである。
「いやぁ、お母さんが入院しちゃって、帰りを待ちたいみたいなんですよ。フラッシュバックしているみたいなんですよ」
そう説明すると、Policeも納得してくれる。むしろ可哀想にとサクラちゃんを宥めてくれるのだ。
でも、毎日、別の人に説明しなければならないのも面倒。
そんなある日、やっとこさブローニュの森に連れて行って、リードを離してやると、他に犬たちがいるのに遊びに行かない。
それどころか、トラくんが、私に向かって吠え立てるのだ。何かを訴えるように。
****
家に帰ってから、二匹を前にちゃんと、言葉で説明することにした。
「お母さんは、先生の所に行きました。お腹イタイ、イタイで、先生の所にいます。でも必ず帰ってきます!」
先生とは、病院のこと。Chez -Doctor 先生のところ、病院である。
ところが、次の日、お散歩に出ると、二匹とも引っ張るようにして出かける。どこへ行くのだろう??
引かれるままに着いて行くと・・・
Chez -Doctor 獣医の所なのである。普段から獣医のところにゆく場合、
「先生のところ」と家内は言っていたのだ。
普段ゆく獣医のところで、二匹はドアを擦り始める。
すると、中からDean先生が出てきて、どうしたのか聞いてくるので説明すると、
「中に入りなさい。お母さんを探しなさい」
と。
20分ほど病院の中をうろうろして、やっと諦めたようで、リードを繋いで、先生にお礼を言って変えて来たのだった。
******
家内は、一度回復し、退院してきたが、一年後再発。半年後亡くなった。
葬儀にも二匹を連れて行った。
霊安所(Mortuaire)は犬も中まで入れてくれ、安置された棺の中のお母さんを見せると、よく理解できないらしい。
サクラちゃんがちょっと舌で舐めただけ。多分、薬の匂いがキツかったのだろう。
Policeが三人やってきて、棺が閉められ、ネジで留めて、封蝋する。
日本の棺桶のように窓はない。
******
その後、二年ほど経って、日本に帰ってきた。
飛行機の中は大変だったらしく、サクラちゃんはカージ(大きなカゴ)に入れられるのは初めてで、東京に着いたときは、オシッコまみれで、その後1週間は吠えもしない、要するに口を聞いてくれなかった。
山や森の多いところに住み始めたので、気持ちも入れ替わったのだろうか。
蕎麦畑の中を元気にお散歩に行くようになった。
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