波乗りジョニー

先週は休暇でカリブ海へ。どこまでも青い海と強烈な日差し、10か月の娘は海岸に打ち寄せる波にひっくり返され号泣しながら自然の力というものに触れていた。波の威力はすごい。うまく身を任せられれば気持ちがいいが、ぼーっとしていると飲まれるし抗おうとすると消耗する。ここ数年、いきなりやってきた大きな波に乗り続けた私は、気づいたら色んな景色を見ながら想像もしていなかった場所に想像もしないスピード感で移動してきた。その波はどうやらまだまだ勢いを失っていないようで、夫と私はどうやら丸二年の間に独身貴族から二児の父ちゃん母ちゃんへと変貌を遂げるようである。妊娠初期の何とも言えない地味な不調、安定期の霧が晴れたような爽やかさ、突然スナック菓子ぼりぼり、下着の面積倍増、全部去年のデジャブ。今度は男の子だというから長女とはまたまるっきり違った経験ができそうだ。

年子妊娠を伝えると、「はや?!(笑)」という素直な反応とともに思った以上に多くの人から「それ最高だね!!」という言葉をもらう。年子は母体への負担や育児の負担を心配する声もあるけれど、実はやるなら一気にやっちゃえ派もわりと多いみたい。特に、体力に自信があって「時間」と「自由」を渇望する人にとっては、どうせやるなら短期間に凝縮して一気に、は極めて合理的なのだろう。私もこの数年はそういう波が来ていると割り切って、この幸せに感謝してとことん楽しもうと思っている。

職場復帰直後に妊娠がわかり再度育休を取得するとなればある程度事務所にも迷惑をかけることになるし、ただでさえレイオフの嵐が吹き荒れる昨今、どうコミュニケーションするかなあと悩み、双子を育てる女性若手パートナーに相談したときのこと、彼女は力強く、「本当におめでとう。こんな喜ばしいことはない。大丈夫、キャリアは長い。」と言い切った。たしかに、キャリアは30年、40年と続く。一方子育てはどうだ、子供は思った以上にすぐ成長して、どんどん親以外との自分の世界を作っていくだろう。「ママにかまってくれ~」と半べそをかく日が数年後には訪れそうな気がしている。この数年、少し働き方やメンタリティが変わったと仮定して、その影響はマージナルであるどころか、自分の面白いエッジになるのではないか。そんなことをふわりと考えながら、気の小さい私はそれでも目の前のレールを踏み外さないよう、ひとまず淡々と走り続けようと思っている。今回も予定日1週間前くらいまで働く予定なので産休育休は9月末ごろから。まだまだ先だ。それまでにできることは目の前にたっぷりある。

妊娠についての会社への伝え方に関して、意外だったことがある。
これまで日本人の感覚から言うと、初期は体調次第で必要なら直属の上司には伝える、安定期に入る前後でオフィシャルに伝え、周りの理解を得る、が定石かと思っていたけれど、ニューヨークオフィスでは、「言いたくなければ休みに入る数カ月前まで言う必要ないよ」と皆が言うのである。流産リスクさえ下がれば特段隠したいとは思っていないし、どうせお腹出てくるんだから言う方が自然でしょ?というのが私の感覚だったが、なんかみんな「言うの早いね」みたいな反応なのだ。先日出産し育休に入ったアソシエイトは、かなり後期まで言わなかったらしい。妊娠したということで印象が変わったり無意識に最前線から外されるリスクを考えたのだろうか。その気持ちもわからんでもないが、社歴もまあまあ長くなってきたせいか、妊娠2回目なせいか、臆することなく報告できた自分を少し誇らしく感じたりもした。だって、妊娠によってパフォーマンスも下げないし、まわりに気も遣わせる気もない。もっとも、「体調悪かったらいつでも言うんだよ」「みんなでカバーするからね」みたいなスイートな反応はここでは一切返ってこない。「おめでとう!楽しみだねえ!」で終わり。差別されない分、特別扱いだってされない。仕事は仕事、ギリギリまで当たり前に働くのだ。だったら堂々とするに限る。ここはアメリカ、上司への報告も絶対に「Sorry」と言わないと心に誓い、笑顔で事実だけ伝えた。

謙虚に、腰を低く、配慮して先回りして謝ったり労ったりする、それは日本の素晴らしい美徳だから大切にしたい。でも特にアメリカにいると、良かれと思ってしたことが、相手に間違った印象を与えてしまうことが往々にしてある。妊娠初期、少々つわりでやられていた私は、迷惑をかけるかもしれないので早めに直属の上司には伝えようと思い、前述の女性パートナーに相談してみたのだが、彼女の反応は、「今体調悪すぎて働けないの?そうじゃないなら敢えて言う必要ないんじゃない?」だった。「言い訳するなってことですかー(涙)」と白目になった私に、彼女が言ったのは意外な言葉だった。「貴女は自分に対するスタンダードが厳しすぎる。自分で設定したレベルに少しでも満たない自分はダメだからごめんなさいと先に上司に謝ろうとしているけれど、言わなければそんなこと上司は気づきもしないか、気づいても気にしない可能性が高い。あえて自分からネガキャンする必要ないじゃない。」と。はーなるほど。。と目から鱗が落ちた私はそのまま何も言わずに初期をさらりと切り抜けることに成功した。丸一日吐いてる日もあったけど、その日はちょうど仕事スローだったりして誰にも気づかれず。自分が心配するほどのことって実はそんなに起きなかったりするんだよね。

こっちにいると自分の中に染み込んだ「日本人性」「アジア人性」をアジャストしてく必要性を感じることはよくある。
人種でわけて物を語るのは危険だけど、アメリカのローファームにいるとやはりどうしてもアジア人の特性が目に付く。アジア人女性は尽くし型で自己評価が低い人が多い、アジア人男性は多くが受け身で冷めている気がする。共通するのは「部下気質」というところで、アソシエイトのアジア人比率は高いのに、パートナーのアジア人比率は一気に下がる。これは自分たちで作り出している「使える兵隊」というセールスポイントが招いた結果であり、なんだかんだどこに行っても食いっぱぐれがなかったりするから一概に悪いことではないのだが、なんだか同じアジア人として悔しい気にもなる。

正直私も今でも、私の3回りくらい大きい顔の濃ーいマッチョがバリっとスーツを着て「1年生の●●です。どうも!」と力強く握手を求めてきたりすると「うげっ」となるのだ。もうサイズ的、オーラ的、生命力的にかなわないじゃん。彼がパートナーとかと談笑している姿を見ると、まるでディールの高度なストラクチャーの議論を交わしているようにさえ見えるのだ。実際は「デューディリジェンス大変だったっす~!(涙)」って言ってるだけなのに。(笑)そんなときはいつもより少し胸を張って姿勢を正してみるのだ。顔をあげ、決して目をそらさないのだ。差し出された手は全力で握り返すのだ。

弁護士になりたての頃、師と仰いでいた当時の上司のパートナー(アメリカ人、ガタイ良し、イケメン、優秀、優しい、非の打ちどころなし!)が、私が少々ミスをして涙目でへこんでいるのを見て、「ハハ、僕もいまだにクライアントと話して胃が痛くなったりはしょっちゅうだよ」と言っていた。劣等感や不安なんて何もなさそうに見える人だって、裏でお腹イタタになってるなんて!

大きな波は怖い。でも静かな波より、思い切って乗ってしまえば意外と立てるものだったりするのだろう。だからみんな、少しだけ自分を奮い立たせながら立ち上がってみているのだ。
何のことはない、疲れたらまた力を抜いて、波に運んでもらえばいい⛵️

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