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灼熱のドラッグストア

一時帰国している間の、7月の始めから8月の終わりまで新宿にあるドラッグストアで働いていた。オフシーズンに収入がないと、生活の余裕がなくなってしまうためだ。もともと1ヶ月だけだったが、ビザの完成が遅くなるとのことで契約を延長して2ヶ月働くことになった。もともとバイトの経験は少なく、販売という仕事はしたことがなかった。時給が相場より破格に良かったので応募した結果、採用された。

消費者個人の目線でいうと、ドラッグストアは制汗剤か洗顔料かサプリを買いに来る場所だった。毎回来るたびにその独特な品揃えに驚かされる、そんな場所である。そのイメージは、働くことになってからも変わらなかった。
職場の店舗では、フットサルコートより若干大きいくらいの面積に所狭しと商品が陳列されている。飲み物からお菓子、弁当にテーピングに化粧水に列挙すればキリがなく、薬などおまけくらいの分量だ。都内だと中々の大きさを誇る店舗で、外の通りにはホストの宣伝車がものすごい音を出しながら走っている。レジに立つと、ストリートファイターの必殺技くらい長い漢方薬や風邪薬と対峙するのが退屈だったのでよく外を見ていた。1時間ごとに業務内容が細かく振り分けられていたので、効率よく飽きずに仕事を進めることができた。

結局いつまでたっても中々商品の場所は覚えられなかったし、粗相も多かったが店長をはじめとした薬局の人たちに支えられて楽しく業務を終了することができた。業務自体は全くキツくなかったが、クーラーの利きがあまりにも悪く、店内の気温が外と大差なかったことは辛かったかもしれない。どうやら今年だけ壊れていたようで、熱中症の患者にトドメを刺していた。

レジに立ち接客をしていると、本当にいろんなお客さんがやってくる。新宿のオフィスビルに入っているので朝は飲み物や軽食を買っていくビジネスマン、昼に観光客が免税目当てに化粧品やお菓子を買いに来たりする。最も客層に幅が出るのは夕方で、突如としてフランクな常連の人が多くなる。私の胸についている名札の「研修中」という文字を見て「新入り?身長大きいね!爽やかでいいわねえ」と笑顔で話しかけるペアの人。「全額まけてよ」と結構真剣な顔で言ってくるボケをかましてくる人。会計の際に必ず見せる小銭入れがやたらとかっこよかったので「渋くていいっすねそれ」と私が言うと、嬉しそうに高知県で買った特産品だと教えてくれる人。さらに新宿という土地柄か、性別の概念を超越したお客さんが時々入ってくる。

最も印象的だったのが185cmである私をゆうに超える身長で、薄いピンク色の丈の長いワンピースを着ていたお客さんだ。手入れの行き届いている長い茶髪に、とても綺麗な顔立ちをしていてピンヒールの音とその身長で遠くからでもすぐわかる。ついでに声が低い。
会計をしていると、私をじーっと見つめてくる。いたたまれなくなって困っていると、「新入り?ガタイいいわね。スポーツしてるの?何歳?」と美輪明宏さんのような声で話しかけられた。海外でサッカーをしていると答えると、怪訝そうな顔から一気に花が咲いたかのように明るくなって会話がはずんだ。その後に「頑張って全日本入ってよ」と自分に言った。
こういうことを言われ慣れている私はすぐに「どうですかね〜歳もありますし」と適当に笑ってごまかしたが、その人はちっとも笑っていなかった。
私は少し怖くなって顔を上げた。
覚悟ができていない私の受け答えは拒否されたようだった。

その顔を忘れることができない。そう言われた後の私の反応こそが、自分自身の可能性を狭めているのだ。何が起きるかわからないスリリングな人生を歩んでいることの面白さを自分が一番わかっているのに。
確かに自分の置かれた状況は、現役で続けるには厳しいかもしれない。しかしそんなものは自分次第でどうとでも変えられることに、あの人はわかっていたに違いない。

それに気づいた時、可能性の大きさは私にとってどうでもいいことになった。続けていて可能性が残っている限り、私はそれを模索し続けて決して諦めてはならないのだ。

ごまかして笑った後に、
「もう少し頑張ってみますよ、本当に。」と返事した。
ようやくその人は少しだけ笑って、店を後にした。

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