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華はなくても果実は実る

「ねぇ、私とお砂糖にならない?」

目の前にいるコイツは幼さの残る身体でオレに微笑みかける。
返答は、決まっていた。

「男と付き合う趣味はない」
「ぶーぶー。ブラザーは素っ気ないなぁ」
「言ってろ」

ここは仮想空間、VRCの中。

そしてこの腹立つほど可愛らしい姿なのが、この世界でできたオレの友人だ。

「ブラザーはシャイで困る。私、告白されることはあっても、するのは君だけだよ?」
「カワイイのは認める。が、そういう問題じゃない」
「……耳から脳を蕩かすか」
「やめろ両声類。ニヤケ顔で近づくな」
「良いではないか良いではないか〜」

VRCにおいて、見た目なんていうものは整っているのが当たり前だ。

リアルの顔面偏差値がどんなに低くとも、この世界ならば好きな身体、容姿を「纏う」ことができる。

それは見目麗しい美少女から高身長なイケメン、亜人、ドラゴン、果てはロボットに至るまで、何でもありだ。

だから、目の前にいるウサ耳和服幼女という性癖詰め合わせセットみたいな奴から可愛らしい声が出ているとしても、中身が女性とは限らない。

まぁ、オレはコイツが男であることを知ってるけどな。だからと言って血迷わないわけじゃないから生身の声帯で女声出してにじり寄ってくるんじゃねぇよマジで。

「そもそも、何だよブラザーって」

中身の性別は知っているが、別に血縁関係があるわけでも、現実で顔見知りというわけでもない。ネットだけでやり取りする「顔の知らない友人」だ。

コイツはフフンと無い胸を張る。

「君より私のほうがVRC歴が長いからね。私はお姉さんなのです」
「そりゃむしろ先輩後輩の関係じゃねぇか」
「え……。後輩君って呼ばれる方が、好き?」
「好きじゃねぇよ上目遣いでこっち見んな」
「ガードが堅いな君は~」

朗らかに笑う声も女性にしか聞こえない。というかよくもまぁそんな自然に表情を動かせるなお前は。

コイツがここまでオレに絡む理由は、よく知らない。

出会った当初は、それこそコイツと仲の良いその他大勢と同じだったはずだ。それがいつの間にか、こうなった。

何か気に入った部分があるんだろうが、聞いたことはない。気にはなるが、わざわざ聞き出すほどのことでもない。

ここにはただ、仲の良い2人がいるだけ。面倒事をこの世界に持ち込む必要はない。

「ほら、この世界の人気者だぞ〜。敬い給え」
「会うたびに誘惑してくるおっさん幼女のどこを敬えと」
「え〜、辛辣だなブラザーは。ま、そこが良いんだけど♡」


「……雑に扱われたいならそうするぞ」
「ちっがーう!愛せ私を。しょうがない人だなもぅ」
「表情間違ってるぞ」
「合ってるよーだ」

オレが反応を返すたび、コイツはニコニコと楽しそうな顔をする。

会った頃とそう変わらない、いや、もうちょっと距離は開いていた気がする。それにこうやって触れようとはしなかったはずだ。

VRは視覚と聴覚が仮想世界に飛ばされるが、触覚まで再現できるほどの発達はしていない。してはいないが、親しくない奴に触れられて嫌悪感を感じないわけではない。

「ハァ。同じ見た目ならごまんといるだろう」
「見た目じゃないよ。キミだから良いんだ」
「面白いことも言えない奴がぁ?」
「そう、真面目で口が悪くてデリカシーが無いキミだからさ」
「……お前オレのこと嫌いだろ」
「……愛してるぜ!」
「誤魔化すな」

オレのアバターは、ワールドを巡っている際に見つけた無料アバターだ。
改変もしていなければ、オレ以外にも同じ顔の奴はいる。

キミが良いという言葉も真に受けたりはしない。実際は、自分に言い寄らない奴が近くにいると安心、というだけかもしれない。

ま、理由なんてなんでも良いのだ。オレにとってコイツは良い友達、それで良い。

コイツが腹に何を抱えていようとも、自分から吐き出さなければ触れない。それが長続きさせるためのコツだ。

少なくとも、この関係を積極的に壊さない程度には、居心地が良いんだ。

「ほら、さっさと行くぞ」
「ん~?あっ、ホラーワールド巡りか」
「お前が行くから都合つけろっていったんじゃねぇか」
「独りで見てもつまらないからね~」
「お前がfrend+で待ってりゃ人は集まるだろうよ」
「人がいっぱいじゃ雰囲気が出ないよ。それに、二人で行くなら君とって決めてたから!」
「勝手に決めんな」

サムズアップしてくる顔を無視して、ワールド移動のためにポータルを用意する。

周りにとってコイツは可愛くて人当たりが良い、いわゆる「華のある」人気者なのだろう。

だが、オレからすればリアルの男友達と何ら変わらない。

「ビビってる姿を笑ってやるから、覚悟しておけ」
「それはこっちのセリフだよ、ブラザー!」

劇的でもなければ、刺激的でも生産的でもない。

ぐだぐだと駄弁り、世界を放浪する男二人。

これは、そんな華なんてない二人の、平凡な日常の話だ。



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