スカベンジャー・脚本
スカベンジャー・脚本 岡本蓮
初版
第二版
登場人物
◇ニール・パーキンソン
…モデル–トム・ハンクス(五十歳時)
◇グロリア
…モデル–ナタリー・ポートマン(十三歳時)
◇コーネル
…声のモデル–小川真司
舞台
百年後のアメリカ。文明が崩壊し、北アメリカ大陸は砂漠に覆われる。
◯ アメリカ・カリフォルニア州中部・モハーヴェ砂漠
見渡す限りの砂の海。麻の外套、ゴーグル、AK-47とバレットMRADを背負った主人公のニール・パーキンソン(五十歳、年齢、要検討・男性)、砂漠を歩く。
カット。
ニール、砂漠に横たわる成人男性の死体を見つける。ニール、死体を足で仰向けにさせる。腹部から血を流して死んでいる死体。ニールの顔。
カット。
死体を漁るニール。貴金属や食料、武器などを奪うニール。写真を見つけるニール。その写真は妻と子供が写っている。写真を死体の懐に戻すニール、立ち上がりあたりを見渡す。一面の砂漠の海。
◯ 同・小さな町・バー
砂漠のオアシスにある小さな町のバーに入店するニール。客が一斉にニールを舐めるように見る。ニール、カウンターに座る。バーテンがニールに歩み寄る。
バーテン「ハゲワシは死体以外に何を食べる?」
どっと笑いが起こる。ニール、真顔。
ニール「冷えたビールを」
ニール、懐からしわくちゃのお札を取り出し、それをカウンターに置く。バーテン、頷き、ビールを注ぎに席を離れる。
ニール、カウンターを指で小突く。バーテン、ビールジョッキを持ってくる。
バーテン「ニールよ」
ニール「なんだ?」
バーテン「いつまで死体漁りなんて続けるつもりだ?」
ニール「さあね。死ぬまでかな」
バーテン「スカベンジャー(屍肉食)はここではよく思われねぇってのは知ってるだろう?」
ニール、タバコに火をつけ、ふかす。
バーテン「保安官に目をつけられてる」
ニール「今に始まったことじゃないさ」
バーテン、ひそひそ話。
バーテン「それが血眼になってお前をしょっ引こうとしてるらしいんだ」
ニール「僕が何をした? 死んだ奴の金品を拝借してるだけだ」
バーテン「それがダメなんだ! ニール!」
ニール、しかめ面。
バーテン「自警団は煙たがられる。この砂漠に法律は二つも必要ないからな」
ニール「俺がいつ自警団を?」
バーテン「この前だって、娼婦をヤク漬けにしたゴロツキどもをタコ殴りにしたじゃないか」
ニール「あいつらが悪い」
バーテン「まったく」
バーテン、天を仰ぐ。
ニール、ビールを飲み干して立ち上がる。
バーテン「おい! もう行くのか?」
ニール、服の砂塵を払う。
ニール「ああ。おしゃべりなバーテンは嫌いだ」
バーテン、両手を広げてお手上げのジェスチャー。
◯ バーの外
ニール、意味ありげに微笑む。行き交う人。歩き出すニール。人、人、人。娼館を通り過ぎるニール。
娼婦「あら、ニール!」
娼婦、ニールの腕に自分の腕をまとわり付かせ、胸を押し付ける。
娼婦「戻ったのかい?」
ニール「ああ」
ニール、娼婦の腕を振り解こうとする。
娼婦「あんた、保安官に目をつけられてるよ」
ニール「知ってるよ。おしゃべりのバーテンも言ってた」
娼婦「いつまで死体漁りを続けるつもりさ。……まあ、あんたのお陰でウチらは安心
して暮らせるんだけどさ」
ニール「ああ、そう」
ニール、焼き鳥を頬張る。娼婦、通行人とぶつかり、ニールとはぐれる。
娼婦「ニール! いつんなったらあんたは私を買ってくれるのさ!」
ニール、振り返る。
ニール「ああ! いつかかならず!」
◯ 宿・中(夜)
ニール、宿の部屋のベッドに潜る。ニール、ペンダントを胸元から引き上げ、蓋を開ける。ニール(十二歳時)、幼馴染のハンナとイサク(同・十二歳時)の三人で撮った写真。ニールの顔。ふたたびペンダントの写真。カメラのフラッシュが瞬く。場面変わる。
◯ 回想
三人で並んで写真を撮ってもらうニール、ハンナ、イサク(すべて十二歳)。写真屋、カメラから目を離す。
写真屋「もういいよ」
ハンナ「ありがとう!」
写真屋、ごちゃごちゃやる。
写真屋「あとで現像するから、またここに来るといい」
ハンナ、写真屋に駆け寄り、撮った写真を見ようとする。写真屋、カメラをハンナに貸す。
ニールとイサク、思春期なのか、見仕舞いしてカッコつける。写真屋、ニールとイサクに微笑み、
写真屋「ほら。二人もご覧」
イサク、ニールを見て、微笑む。ニール、眉を上げる。ハンナに歩み寄るニール、イサク。
ハンナ、次々に液晶の写真をスライドさせる。何枚かスライドして、他人の写真が目に止まる。家族写真。三十代前半の主人と二十代前半の夫人、そしてその赤子。ハンナ、目を輝かせる。
写真屋、歩み寄り、
写真屋「コーネルさんの家族写真だね」
三人、顔を上げる。
イサク「コーネルさん?」
写真屋「ああ。(間)この土地の保安官さ」
ハンナ「保安官ってあの保安官?」
写真屋「そうだとも」
写真屋、腰からリボルバーを取り出してそれを発砲する振りを演じながら、
写真屋「砂漠のゴロツキから街を守る立派な保安官さ! パン! パン!」
笑う三人。
写真屋、架空の銃口から昇る硝煙を吹き消す。
◯ 宿・中(朝)
ニールの枕元のニワトリ、堂々と鳴く。ニール、驚いて起き上がる。
◯ 宿・外
背伸びをするニール。ニールの顔。
◯ レストラン・中
朝食を頬張るニール。窓の外からニールを見るグロリア(十三歳)。ニール、窓外のグロリアに気がつく。ニール、フォークで窓の外のグロリアを指して、
ニール「あの子供はなんだ?」
ニールと同席する農夫、グロリアを見る。
農夫「親が無法者に殺されたのさ」
ニール、農夫、朝食をかき込む。
ニール「身寄りは?」
農夫「ないからああしているんだろ」
ニール、複雑な顔。朝食を食べ続ける農夫。
◯ レストラン・外
ニール「ごちそうさん」
ニール、レストランを出る。笑顔のニール、グロリアと目が合い、顔を曇らせる。二人、しばらく見つめ合う。
ニール、歩き出し、グロリアを置いていく。
◯ オアシスの街
ニール、歩く。その後ろをついて行くグロリア。ニール、肩越しに振り返り、グロリアを見る。グロリア、歩みを止める。ニール、前を向く。グロリア、歩き出す。ニール、左に行く振りをする。グロリア、それに引っかかる。ニール、得意顔。ニール、小走りになる。グロリアも小走りに。しばらく街を疾走する二人。ニール、息切れし、とうとう立ち止まり振り返って叫ぶ。
ニール「もう十分だ!」
ニール、膝に手をつき息を整える。グロリア、ニールを見上げる。ニール、グロリアを見て、
ニール「君のご両親は残念だった。ほんとうに。……でも僕じゃ君の助けにはならないよ」
グロリア、ニールを見つめたまま。
ニール「君は喋れないのか?」
グロリア、首を横に振る。
ニール「じゃあなぜ喋らない?」
グロリア「……」
ニール「まったく……」
ニール、ひざまずき、グロリアの肩に手を添える。
ニール「いいかい? (間)僕は……その……独身で、子供を育てた経験はないし……、そ
れに僕の家は砂漠のど真ん中にある。(間)こんな小さな女の子を連れてあの灼熱の砂
漠を渡るなんて……」
グロリア、めそめそする。ニールも泣きそうな顔に。ニール、グロリアの頭をぽんぽんと軽く叩き、
ニール「おー……頼むから泣かないでおくれ。僕の方が泣きたいくらいだよ」
グロリア、ついに声を上げて泣く。ニールの複雑な顔。
長い間。
ニール、グロリアを抱き寄せる。目をつむるニール。グロリアを離すニール。
ニール「分かったよ。僕が引き取ろう」
グロリア、パッと笑顔になる。はしゃぐグロリア。天を仰ぐニール。
◯ モハーヴェ砂漠・デスヴァレー
馬に二人乗りするニール、グロリア。グロリアが前でニールが後ろ。
ニール「名前は?」
グロリア「グロリア」
ニール「グロリア。いい名前だ」
笑顔のグロリア。
ニール「どこに住んでた?」
グロリア「五番街」
ニール、眉を上げる。(五番街は風俗街)
ニール「好きな食べ物はなに?」
グロリア「ザリガニのソテー」
ニール「うん。僕も好き」
間。
グロリア「ニールおじさんは盗賊なの?」
ニール「誰から聞いた?」
グロリア「街の人はみんなそう言ってる」
ニール「盗賊はやってないよ。(間)でもスカベンジャーはやってる」
グロリア「スカベンジャー?」
ニール「ああ。死体漁りだよ。死んだ人間から金品を拝借するんだ」
グロリア「盗賊と何が違うの?」
ニール、気まずい顔。
ニール「もう死んでるんだ。奪ったことにはならないさ」
◯ 同
砂漠を馬で歩くニール、グロリア。渓谷の上にニールの家が見える。蜃気楼に揺れるニールの家。
◯ ニールの家・外
ニールの家に到着する二人。グロリア、家の前の噴水に駆け寄り、水を顔にかける。ニール、馬から降り、グロリアの行動を微笑ましげに見る。
ニール「まるで初めて水を見たようじゃないか」
グロリア、水に頭を沈める。
◯ ニールの家・中(夕)
晩餐会を催すニール。食べ物に夢中のグロリア。
ニール「もっと味わって食べろ。誰も食べ物は奪わない」
グロリア、ミートボールをかき込む。ニール、テーブルのグラスに手を伸ばす。食べ物を奪われると勘違いしたグロリア、両腕で食器を隠す。ニール、苦笑い。
ニール「まったく……。強情な子だ」
◯ 同(夜)
カウチでうたた寝するグロリア。ニール、毛布をグロリアにかける。ニール、椅子に腰掛けてグロリアを見る。
ニール、ペンダントを開き中の写真を眺める。
ニール「London Bridge is falling down, Falling down, Falling down. London Bridge is falling down, My fair lady.」
ニールの憂いに満ちた顔。ニールのセリフをバックに、徐々に写真を拡大する。
ニール「Stick and stone will all fall down, all fall down, all fall down. Stick and stone will all fall down, My fair lady.」
◯ 回想
ハンナ「London Bridge is falling down, Falling down, Falling down. London Bridge is falling down, My fair lady.
Stick and stone will all fall down, all fall down, all fall down. Stick and stone will all fall down, My fair lady.」
ハンナ(十二歳)、妹(一歳)を抱きかかえて子守唄を歌う。それを興味深げにながめるニール(同)とイサク(同)。熟睡する妹。
ハンナ「よしよし」
ハンナ、妹の額に口付け。
イサク「まるで自分が産んだみたいじゃないか」
ハンナ「半分そう」
イサク「半分だって? 分娩を手伝っただけじゃないか」
ハンナ「うるさい」
ニール「僕にも抱かせてよ」
ハンナ「うん。いいよ」
ハンナ、ニールに妹を手渡す。ニール、無表情で妹をあやす。
ニール「London Bridge is falling down, Falling down, Falling down. London Bridge is falling down, My fair lady.」
イサク「それしかないの? 子守唄は」
ハンナ「じゃあこれは。……Baby shark, doo doo doo doo doo doo. Baby shark, doo doo doo doo doo doo」
イサク「それじゃあ起きちゃうよ」
ハンナ、不貞腐れる。
ニール「London Bridge is falling down, Falling down, Falling down. London Bridge is falling down, My fair lady.」
ハンナとイサク、ニールを見る。
ハンナ・ニール「Stick and stone will all fall down, all fall down, all fall down. Stick and stone will all fall down, My fair lady.」
ハンナ、ちらとイサクを見やる。
ハンナ・ニール「Build it up with wood and clay, wood and clay, wood and clay,」
ハンナ・ニール・イサク「(ゆっくりと)Build it up with wood and clay, My fair lady.」
しんとする。間。そして笑い合う三人。眠る妹。
◯ 回想・続き
カウボーイごっこをするニール、ハンナ、イサク。街中を走り回る。ニール、保安官のコーネルにぶつかる。
ニール「ごめんなさい」
コーネル、微笑み、脱帽する。
コーネル「カウボーイごっこかい?」
ニール「はい」
コーネルの保安官のバッチ、光輝く。
ハンナ「あなた保安官?」
保安官A、色をなす。
保安官A「コーネルさんになんて口を!」
コーネル「まあまあ。いいじゃないか。子供の戯れだ」
保安官A「しかし……」
ハンナ「あなたコーネルさん?」
コーネル、ハンナにひざまずき、
コーネル「ああ。そうだとも。私がコーネルだ」
ハンナ「写真屋のおじさんがコーネルさんは砂漠のゴロツキからこの街を守ってるって」
コーネル「(乾いた笑い)そうか。私はカウチに腰掛けて命令しているだけだけどね」
ハンナ「あら。だったら私がそのバッチをつけたほうがよくて?」
コーネル、爆笑。コーネルの取り巻き、卑猥な笑み。
コーネル「このバッチは特別なものなんだ。女の子がつけていいわけが」
ハンナ「私は女だけど、家事に甘んじるようなことはしないわ」
コーネルたち、また卑猥な笑い。
コーネル「これは参った(笑い)。将来結婚できるかどうか」
取り巻きたち、どっと笑う。
イサク、ハンナの前に出る。
イサク「すみません。度が過ぎたことを。行こう」
立ち去るニールたち。コーネル、立ち上がる。取り巻きの保安官B、
保安官B「ジャクソン家の娘だな。父親に今日のことを言いつけるぞ」
取り巻きたち、卑猥に笑う。ニールたち、特にハンナの後ろ姿を舐めるように見つめるコーネル。
◯ 同
イサク「どうして保安官に突っかかるような真似をしたんだ!」
ハンナ「だってムカついたんだもん!」
イサク「だとしても無礼だ! 法の執行者たる保安官には敬意を払わなくちゃ」
ハンナ「馬鹿馬鹿しい」
イサク、憤懣やるかたない。
ニール「僕はスッキリしたよ」
ハンナとイサク、ニールを見る。ハンナ、ニールの腕にすがる。
ハンナ「やっぱり⁉︎ 偉そうな奴には鉄槌を!」
ニール、ハンナ、笑い合う。イサク、お手上げといったふうにため息をつく。
イサク「まったく」
イサク、歩き出す。
ハンナ「イサクー! どこ行くの?」
イサク、振り返らず、
イサク「家に帰るのさ」
ハンナ「遊ばないの?」
イサク「興醒めだ」
ハンナ「私はそうじゃないけどぉ!」
ニール「僕もだ!」
イサク、振り返らずに手を振る。取り残されるニールとハンナ。
◯ 回想・続き
暗い夜道を歩くニール、ハンナ。鼻歌を歌うハンナ。背後から忍び寄る人影。
人影「ハンナ・ジャクソンだな」
立ち止まるニールとハンナ、振り返る。
ハンナ「はい。そうですけど……」
ニール、拳銃の銃床で殴られて昏倒。ニール、倒れ込む際に男の胸ポケットから飛び出るハンカチを掴み取る。ハンナ、悲鳴をあげるも、すぐに人影に口を覆われてしまう。ハンナ、吸入麻酔を吸い込み、入眠。ニール、連れ去られる人影を睨みつける。
◯ ニールの家・中(早朝)
悪夢を見て飛び起きるニール。冷や汗を拭うニール。ニール、グロリアを見やる。グロリア、すやすやと眠る。息を整えるニール。
◯ 同・バスルーム
顔を洗うニール。水を止め、鏡に映る自分を見つめるニール。
グロリア「お腹減った」
ニール「ああっ!(驚き)」
ニール、無様に驚き、振り返る。ニールの背後に立つグロリア、まだ眠そう。
ニール「なんだ。起きてたのか」
グロリア「うん。お腹減った」
◯ 同・リビング
朝食を食べるニールとグロリア。
ニール「よく眠れた?」
首を横に振るグロリア。
ニール「慣れない場所だからね」
朝食にがっつくグロリア。ニール、半ば呆れたように、
ニール「だから誰も君の食べ物は奪わないって」
グロリアを微笑ましげに見つめるニール。
◯ ニールの家・外
巨大な蜘蛛の巣状のネットを確認するニール。グロリアも彼について歩く。
ニール「これは砂漠の霧から水を得るためのネットだ。ここではなりよりもまず水の確保が優先される」
貯水タンクを開けるニール。貯水量は芳しくない。タンクを閉めるニール。
◯ ニールの家・裏庭
わずかな雑草が生える裏庭。そこには鶏舎や小さな畑が。
ニール「地中に水脈があるんだ」
ニール、しゃがみ、畑の土を手に取る。
ニール「不毛な土地だよ。小麦と落花生を植えたんだけど、……この通り、なにも生えやしない」
不毛な大地を見渡すニール。
グロリア「ニール」
畑にしゃがむグロリア、ニールを呼ぶ。ニール、グロリアの元に向かう。グロリアに足元に小麦の芽が。ニール、驚きに目を見開く。
ニール「これは……」
しばし小麦の芽を映す。
◯ 同・納屋
納屋の棚を捜索するニール。それを見るグロリア。ニール、小さい麻袋を見つける。
ニール「これだ」
ニール、梯子を降りてグロリアの元に向かう。
ニール「芽吹いたのはこの種だ」
ニール、麻袋から小麦の種を手のひらに出してグロリアに見せる。グロリア、興味津々。
ニール「無法者から頂いたんだ。馬鹿な奴らで、野宿の跡を消さずに行ったんだ」
グロリア、無言でニールを睨む。ニール、難しい顔。
ニール「そんな顔で睨まないでくれ。……仕方がなかったんだ」
ニール、小麦を麻袋に戻す。
◯ 同
梯子を降りるニール。ニール、グロリアに向かい、
ニール「紹介したい人がいる」
ニール、グロリアの頭を撫でる。
ニール「きっと気にいる」
◯ ガーフィールド牧場
馬に乗ってガーフィールド牧場に到着するニールとグロリア。
◯ 同・ガーフィールドの家
戸口に出るハンナ(五十歳)、馬に乗るのがニールだと気がつき、ふっと表情を綻ばせる。
◯ 同
ガーフィールドの家の前に馬を停めるニール。ニール、馬を降りる。
ニール「久しぶり。ハンナ」
ハンナ「久しぶり。ニール」
ハグする二人。
イサク(五十歳)、戸口から出てきて、
イサク「太ったな。ニール」
ニール、ハグをやめてイサクを見る。ニールとイサク、握手を交わす。
ニール「君こそ。ジョナサンは元気?」
イサク「ああ。中にいるよ」
イサク、親指を家の中に向ける。
ハンナ「あの子がグロリア?」
ハンナ、馬に乗るグロリアを見る。
ニール「ああ。手紙の通り、身寄りがないんだ」
ハンナ、ニール、イサク、周囲を興味津々と見つめるグロリアを見つめる。
◯ 同・家の中・リビング
イサク・ガーフィールドの家に入るニール。リビングテーブルのジョナサン(十五歳)と目が合うニール。
ニール「ジョナサン」
思春期のジョナサン(彼の年齢は要検討。ハンナは五十歳という設定のため、ジョナサンが若すぎるとかなりの高齢出産になってしまう)、はにかんでニールを迎える。
ジョナサン「ニールおじさん」
ニール「やあ。前よりハンサムになった」
ハグするニールとジョナサン。
ニールの後ろにグロリア。ジョナサン、グロリアに気がつく。
ジョナサン「その子わ?」
ニール「グロリアさ」
ジョナサン「おじさんの隠し子?」
ハンナ「こら。ジョナサン」
笑うニールとイサク、ジョナサン。グロリアは怯えている。ジョナサン、グロリアに手を差し伸べて握手を乞う。
ジョナサン「ジョナサン。よろしく」
グロリア、おそるおそる手を差し伸べてジョナサンと握手を交わす。
グロリア「グロリア」
ジョナサン「グロリア。……グロリア、グロリア、グロリア。……綺麗な名前だね」
微笑むグロリア。ニール、にやにやとイサクを見て、
ニール「とんだプレイボーイに成長したな」
イサク「俺の血が遺伝したんだ」
ニール「バカ言え」
笑い合う大人たち。
間。
柱時計を見るハンナ。
ハンナ「さあ。夕食の時間。グロリア、手伝ってくれる?」
グロリア、無言でハンナの元に向かう。
◯ 同(夕方)
食卓につく皆。ハンナ、夕食を配膳する。ろうそくの光が揺れる。
ニール「今年の収穫は?」
イサク「まずまずだ。伝染病で鶏と牛をやられて危なかったが、今年は大豆がよくとれた。そっちは?」
ニール、苦笑い。
イサク「どうした?」
夕食を配膳するハンナ。
ニール「どうしたって……僕の生業を知らないはずがないじゃないか」
イサク、頷く。
イサク「まああれだ……。なんとかやってるよ」
ニール「それはよかった」
配膳が終わり、自身も食卓につくハンナ。目配せし合う皆。食前の祈りを捧げる皆。間。食事を食べる皆。
ニール「小麦はどうだった?」
イサク「小麦? ……ひどいもんだ。この痩せた土地に加えて風土病にもやられた。植えた麦より収穫できた麦の方が少ないよ」
ニール、頷く。
ニール「それはひどい」
夕食を頬張るニール。
間。
ニール「もし……もしもの話だが」
イサク、ニールを見る。
ニール「この死んだ土地にも適応できる、強い麦があったら……君はそれを幾らで買う?」
イサク、考え込む。
イサク「そんな麦があったら全財産をはたいてでも手に入れるに決まってるさ。そんな麦があったらな」
イサク、ハンナに目配せして、微笑む。ハンナ、微笑み、グロリアに関心を向ける。頷くニール。
◯ 同
食事を済ませて団欒するニール、イサク、ハンナ。グロリアとジョナサンはジョナサンの部屋で遊んでいる。
イサク「何年振りだ? こうして三人で話すのわ」
ニール「さあね。覚えてないよ」
ハンナ「二年か三年振りじゃない? ほら、最後に皆んなで食卓を囲んだのは、確かニールが落花生の種を分けてくれた日……」
イサク「ああ、あの日か」
ニール「苦い思い出だよ」
笑い合う三人。物思いに耽る三人。
イサク「お前が嬉しそうに種を分けてやると言ってここに来たはいいが、その種が行商人から奪ったもので……(笑い)それを聞いたハンナに」
ニール・イサク「平手打ちされた・殴られた」
笑い合う三人。
間。
ニール「ハンナには頭が上がらないよ。子どもの時からね」
ハンナ「ニールって大人しいように見えて危なっかしいから」
イサク「街一番の問題児はニールだった」
ニール「お酒に馬の精力剤を混ぜて大人たちを困らせたり、ハンナのお父さんのブーツにガラガラヘビを忍ばせたり……(笑う)ほんと、楽しかった」
しんみりする三人。イサク、ニールの目をまっすぐに見て、
イサク「いつまで屍肉漁りを続けるつもりだ?」
ニール、天を仰ぐ。
ニール「イサク。勘弁してくれよ」
イサク、ワインをあおりニールに向く。
イサク「お前は必要悪なんだ。ニール。……でもな、風向きが変わった。保安官はお前を処罰するために動いてるって話だ」
ニール「今に始まったことじゃないさ」
イサク「ニール」
ニール「なんだ」
イサク「ハンナは今でもあの日のことを感謝しているんだぞ。お前がハンナを助けたあの日のことを」
ニール「昔のことは忘れたよ」
イサク、ニールに詰め寄る。
イサク「足を洗え。ニール! お前が死んだらあの子はどうなる? また路頭に迷うんだぞ!」
ニール、無言。
イサク「ニール! いつまで償いを続けるつもりだ!」
沈黙。
ニール「償いってなんだ? なんの償いだ?」
イサク「保安官を殺した償いさ……」
ニール、離席しようと腰を浮かす。ハンナ、ニールの手を握る。ニール、はっとして椅子に座り直す。
ニール「わからない」
イサクとハンナ、ニールを見る。
ニール「僕にはわからない。僕のことが」
間。
ニール「僕は二人みたいに器用じゃないから、これ以外の生き方を知らないんだ」
沈鬱な表情のニール。
間。
ハンナ「ニール」
ニール、顔を上げる。
ハンナ「戻ってきて。この街に」
ニールの無表情だが、涙を堪えるような表情。
グロリア「ねえ」
三人、グロリアの方を見る。グロリア、リビングの入り口に突っ立つ。
ハンナ「どうしたの?」
ハンナ、グロリアに歩み寄る。
グロリア「眠いの」
ハンナ「そう。じゃあ眠りましょう。(考える)でもどうしよう、どこで眠ればいいかしら」
イサク、立ち上がる。
イサク「エリザベスの部屋が空いているだろう」
ハンナ、ニール、複雑な顔になる。
間。
ハンナ「ええ……そうね。グロリア、行きましょう」
ハンナ、グロリアを連れ立って二階に向かう。酒をあおるニールとイサク。
◯ 同・二階・エリザベスの部屋
ベッドに入るグロリア。ハンナ、ベッドに腰掛けてグロリアを見つめる。
ハンナ「ここは安全な場所よ。(グロリアの額に手を添える)ゆっくりと目を閉じて、お眠
りなさい」
グロリア、ハンナの手を強く握る。ハンナ、安堵のため息。
間。
グロリア、目を開ける。グロリア、ハンナを窺うように見て、
グロリア「エリザベスはどこに行ったの?」
ハンナ、作り笑い。長い間。
ハンナ「旅に出たの」
グロリア「どこに?」
ハンナ「遠い所へ」
ハンナ、微笑む。グロリア、ハンナを見つめる。
グロリア「私も死んだらそこに行くの?」
ハンナ、泣き顔になり、グロリアを抱き寄せる。
ハンナ「そうよ。皆んなそこに行くの。(間)私もグロリアも、ニールも夫も……」
間。
グロリア「眠い。子守唄を歌って」
ためらうハンナ。じゅうぶんな間。
ハンナ「London Bridge is falling down, Falling down, Falling down. London Bridge is falling down, My fair lady.」
ハンナの瞳。グロリアの顔。
ハンナ「Stick and stone will all fall down, all fall down, all fall down. Stick and stone will all fall down, My fair lady.」
ハンナの瞳にフラッシュの映像を映す。
(フラッシュ)
血塗れのハンナ(十二歳)、ニール(同)。床に腰を下ろしてニールがハンナを後ろから抱きしめている。二人の近くに拳銃が。慌ただしく動く大人たち。
大人たち「(ガヤ)」
ニール「(ゆっくり)London Bridge is falling down, Falling down, Falling down. London Bridge is falling down, My fair lady.(ニール、ハンナの耳元に口を添えて)もう大丈夫。誰も君を一人にしない」
震えるハンナ。
(フラッシュ終わり)
ハンナの頬に涙が伝う。グロリア、ハンナを見つめる。ハンナ、しばらく放心。
ハンナ、我に帰り涙を手で拭う。ハンナ、グロリアに微笑みかける。じゅうぶんな間。
ハンナ「グロリア」
グロリア、頷く。
ハンナ「ニールおじさんは好き?」
グロリア、また頷く。
ハンナ「じゃあグロリア」
グロリア、三度頷く。
ハンナ「あの人の悪行をどうかやめさせて。私たちじゃもうどうにもならないの(泣き言)」
グロリア、何度も頷く。悲嘆に暮れるハンナ。
グロリア「London Bridge is falling down, Falling down, Falling down. London Bridge is falling
down, My fair lady.」
ハンナ、はっとしてグロリアを見る。
グロリア「Stick and stone will all fall down, all fall down, all fall down,」
グロリア・ハンナ「Stick and stone will all fall down, My fair lady.」
カメラ、徐々に引き、家の屋根を映す。
グロリア・ハンナ「Build it up with wood and clay, wood and clay, wood and clay, Build it up with wood and clay, My fair lady.」
◯ 同・リビング
ニールとイサク、酒を酌み交わす。
イサク「なぜ俺がハンナを娶ったか、わかるか?」
ニール、酒を一口飲み、イサクに向く。
ニール「(卑屈に微笑む)さあね。美人だったから? ……」
イサクも酒を一口飲む。
イサク「好きだったからさ」
笑うニール。
ニール「いきなりなんだ? 僕をからかってるのか?」
イサク「違う」
ニール「じゃあなんだ」
間。
イサク「ずっと独り身でいるつもりか?」
ニール「ああ。そのつもりだ」
呆れるイサク。
イサク「馬鹿馬鹿しい」
ニール「僕は器用じゃないから」
イサク「またそれか」
イサク、立ち上がりバケツに冷やしたビール瓶を取ってまた椅子に座る。イサク、ニールにビール瓶を手渡す。それを受け取るニール。
ニール「異性の扱いがわからないんだ」
イサク「まさか童貞なんて言うつもりじゃないだろうな」
イサク、挑戦的にほほえむ。ニール、苦笑い。
ニール「よしてくれ」
間。
イサク「グロリアはどうする? 母親代わりが必要なんじゃないのか?」
ニール「ああ。そう思うよ。やっぱり彼女には甘えられる母親が必要だ。それこそハンナみたいな母親が」
イサク、目を鋭くする。イサク、酒をあおる。
イサク「ハンナはお前を愛していたぞ」
階段を降りたハンナ、リビングの入り口の壁にさっと隠れ、手で口を覆う。ニール、臆病な不安顔。ニール、酒を飲む。
ニール「知らないよ」
イサク「(言下に)知っていたくせに!」
ニール「久しぶりに会ったっていうのにケンカはよせよ」
イサク「ハンナは今では俺を愛している。……だから彼女は俺に昔お前に恋心を抱いていたと告白したんだ。あれは結婚して七年目の春だった。忘れるわけないさ」
ニール「それを僕に言ってなんになる?」
イサク、心底失望した顔。
イサク「お前を愛してくれる人はいるってことさ!」
ニール、はっとする。イサク、酒をあおる。
イサク「いつも不幸そうな顔しやがって……。いいか(ニールに詰め寄る)、辛いのはお前だけじゃないんだ。確かにお前の過去は不幸だ……。でもな、そのために自分の未来を犠牲にする必要はどこにもないじゃないか!」
ニール「…………」
その場に座り込むハンナ。
イサク「なんて奴だ。悪徳保安官を殺した挙句、その罪悪感に苦しんで砂漠で苦行生活をしているときた! まったく……悲劇じゃなく喜劇だな」
ニール「……」
イサク「黙ってないで何か言い返したらどうだ? ええ⁉︎」
イサク、ニールに詰め寄る。ニール、無言、苦しい顔。しばし睨み合う。イサク、ニールの頬に平手打ちを連続で食らわせる。無抵抗のニール。
イサク「くそっ! 殴り返せよ! ニール! これじゃあ俺が狂ってるみたいじゃないか!」
ニール、無抵抗。ハンナ、涙を流す。
イサク「この弱虫め!」
イサク、椅子に深く腰掛ける。酒を飲むイサク。ニール、暗い顔。長い沈黙。
イサク「皮肉な話だよな。お前を追放した保安官が今じゃお前を欲している。十九世紀のマフィア、日本のヤクザ、メキシコの麻薬カルテル……必要悪ってのはいつの時代も重宝されるからな……」
ニール「僕は自分の好きなように生きているだけさ」
イサク「無法者を殺してその金品を奪うことが?」
ニール「生きるためには必要なことだよ」
イサク「工場で靴を作ることのほうが俺には必要なことに思えるがな」
長い沈黙。
ニール「僕もハンナが好きだった」
イサク、顔を向けずニールに目だけをやる。
ニール「でも僕の手は血で汚れていて……彼女を抱きしめたら彼女まで血で汚してしまうような気がしたんだ」
ハンナ、涙を拭う。
間。
イサク「そして今もお前の手は相手の血で汚れている」
ニール「ああ。洗っても洗っても落ちないんだ」
イサク「まったく……どうしてこうなった」
沈黙。ニールの顔。ニールの瞳。ニールの瞳をさらにアップ。そして場面変わる。
◯ 回想・続き
地面を這うニール、重々しく立ち上がる。頭に手をやるニール、血が赤黒く付着する。ニール、重い足取りで歩き出す。
◯ 回想・ニールの家
ニール、帰宅する。ニールの姿を見た母親、
ニールの母親「あんた! どこでなにをやってきたの!」
ニール「うるさいなぁ……アバズレ……」
ニールの母親、目をひん剥く。父親も出てくる。
ニールの父親「また物でも盗んだんだろう。放っておけ」
ニールの愛犬のシェパード、ニールに近づき尻尾をふる。ニール、階段を上がり自分の部屋に。タンスに隠した拳銃を腰に帯びるニール。ニール、シェパードを撫でる。
ニール「いい子だ。僕のお願いを聞いてくれたら一生分のジャーキーをやる」
ニール、男から奪ったハンカチを取り出す。シェパード、首を傾げる。
◯ 回想・続き
ニール、頭に包帯を巻き、それを隠すように帽子をかぶる。ハンナを襲った保安官のアパートに到着するニール。ニール、シェパードを入り口に繋ぐ。
ニール「アバズレとクソ親父より頭がいい」
シェパード、ニールに撫でられて満悦。ニール、アパートを見上げる。
◯ 回想・アパートの廊下
子連れの夫婦とすれ違うニール、咄嗟に、
ニール「すみません。保安官の荷物を届けにきたんですけど、部屋を忘れちゃって」
夫婦は微笑み、夫の方が、
夫「ウィルソンさんの部屋は四階の一〇一だよ」
ニール「ありがとう」
子連れの夫婦、立ち去る。その子供(女児)と目が合うニール。ニール、目を伏せて目的の部屋に向かう。
◯ 回想・続き
ウィルソン(ハンナを攫った保安官)の部屋に着くニール。ノックしようとするが自制してノブを回す。ドアが開き中を覗き込むニール。人はいない。中に入ろうとするニール、チェーンのために入れない。ニール、持ってきたチェーンカッターでチェーンを切断する。部屋に忍び込むニール。キッチンを抜け、リビングに入り、光の漏れ出る部屋の前にやってくるニール。中からウィルソンの声。
ウィルソン「静かにしろ! この小娘!」
ウィルソン、ハンナのスカートに手を伸ばす。ハンナ、必死の抵抗。ニール、後ろから慎重に忍び寄る。
ウィルソン、ハンナの頬に平手をお見舞いする。ハンナの抵抗が激しくなる。ウィルソン、ハンナに完全に馬乗りになり、ズボンのベルトを緩め始める。
M(ニール)「正義が腐敗しているのなら、私が正義になろう」
ハンナ「いやぁ! んん!」
ウィルソン、ハンナの首を絞める。
ウィルソン「おとなしくしていれば処女だけを奪って命は助けてやる」
ハンナの抵抗。ウィルソンに忍び寄るニール。
M(ニール)「悪が蔓延っているなら、私が悪を懲らしめよう」
ハンナの抵抗。ウィルソンに忍び寄るニール。
ウィルソン「殺してやる!」
M(ニール)「神が不在なら、私が神の代わりに鉄槌をくだそう」
ハンナの抵抗。ウィルソンの形相。ハンナ、失神しかける。ニール、ついにウィルソンの後頭部に銃口を突きつける。
ウィルソンの動きが止まる。
M(ニール)「撃鉄を起こせ」
撃鉄を起こすニール。
M(ニール)「弾は軟膏に指を突っ込むみたいに容易く敵の心臓にめり込んでいく」
ウィルソン「なんだお前……。まさか、あの時のガキ……」
ニール「敵の眼差しを忘れるな。それを忘れた時、すなわちお前が死ぬ時なのだから」
ウィルソン「なんだ……」
◯ 回想・アパートの外
発砲音が響く。
◯ 回想・ウィルソンの部屋
血まみれのハンナ、部屋の隅で丸くなる。ニール、ウィルソンの死体を検める。保安官のバッチを見つけるニール、それを自分の胸につける。ニール、銃を投げてハンナに歩み寄る。ハンナを後ろから抱きしめるニール。
ニールにウィルソンの部屋を教えた夫婦、部屋に入ってくる。
夫「なんてことを……」
妻、目を剥く。夫と妻、部屋の隅のニールとハンナに目を向ける。夫、ウィルソンの脈を確認する。目をつむり、ウィルソンの瞼を閉じる夫。
夫「全部この子達がやったのか? ……」
妻「ウィルソンさんは?」
夫「だめだ。死んでる」
間。
夫「保安官を」
妻「ええ」
妻、部屋を後にする。
夫、ニールとハンナを哀れみの表情で見つめる。
ニール「(ゆっくり)London Bridge is falling down, Falling down, Falling down. London Bridge is falling down, My fair lady.(ニール、ハンナの耳元に口を添えて)もう大丈夫。誰も君を一人にしない」
◯ 現在・リビング(早朝)
騒々しくリビングの窓を開けるハンナ。いびきをかくニール、飛び起きる。ニール、カウチに横になり、イサク、椅子で眠る。テーブルには酒瓶が散乱する。ニールとイサクの顔に朝日が差し込む。イサク、やっと目を覚ます。
◯ 同
朝の食卓を囲むニール、ハンナ、イサク、グロリア、ジョナサン。
ニール「ジョナサン」
ジョナサン、皿から顔を上げる。
ジョナサン「なに? ニールおじさん」
ニール「……恋人はいるか?」
水を飲んでいたハンナ、危うく水を吹き出しかける。イサク、ハンナ、ジョナサン、目配せして、意味ありげに笑い合う。
ニール「えっ? なに? ……」
ジョナサン「やめてよ父さん」
イサク、ハンナ、笑い合う。イサク、口をナプキンで拭う。
イサク「こいつ、最近フラれたんだ」
含み笑いのハンナとイサク。ジョナサン、笑顔で天を仰ぐ。グロリア、皆の顔を順繰りに見る。ニール、真顔でジョナサンやハンナ、イサクと目を合わせ、ついに吹き出す。
爆笑するニール、ハンナ、イサク、ジョナサン。キョトンとするグロリア。しばらく笑う。
間。
笑いがややおさまるイサク、
イサク「ジョナサンのやつ、結婚するって息巻いてたのに、あろうことか彼女の誕生日をすっぽかしてベースボールの試合を見に行っちまったんだ」
ニール、大口を開けて笑う。ジョナサン、はにかむ。
ジョナサン「父さん。もう勘弁してよ」
ハンナ「あんなに仲がよかったのに。ほんと、詰めが甘いんだから」
ジョナサン、笑いながらベーコンを食べる。ニール、まだ笑う。グロリアも笑う。
間。
グロリアが笑っていることに気がつく皆。皆、静まり、グロリアを見る。グロリア、人を窺うように笑う。
ハンナ「グロリア……あなた……」
ニール「ちゃんと笑えたのか!」
グロリア、咎められたと勘違いして笑顔を引っ込める。
ニール「違うんだ! グロリア。素敵な笑顔だよ。ほら、もっと君の笑顔を僕らに見せて」
ニール、グロリアに跪く。
ニール、笑顔でグロリアに対応する。グロリア、恥ずかしそうにする。ニール、自分の口角に人差し指をやって笑顔をつくる。グロリア、無邪気に笑う。
ニール「素敵な笑顔なのに、今まで隠していたとは」
グロリアのはにかみがちな笑顔。
◯ 家・外
馬に荷物を乗せるニール。グロリア、ハンナに懐く。ニール、イサクとハンナ、ジョナサンの元に向かう。
ニール「行こう」
グロリア、ハンナの後ろに隠れる。ニール、しゃがみ、グロリアを捕まえようと鬼ごっこをする。
ニール「ほらっ。あっ、なんてすばしっこい子なんだ」
笑顔の皆。逃げるグロリア。
ニール「よしっ! ハハっ! それ、捕まえた!」
ニール、グロリアを抱き寄せる。そのままニール、グロリアを抱え上げる。
ニール「もう行くよ」
ハンナ「いつでも戻ってくれていいのよ」
ニール「ああ。またグロリアを連れて戻るよ」
ニール、ハンナと抱擁。ニール、背を向けて馬に向かう。ニールに抱かれるグロリア、体をひねってジョナサンに笑いかける。グロリアに没頭するジョナサン。イサク、肘でジョナサンを小突く。ジョナサンとイサク、笑う。
馬にまたがるニールとグロリア。ニール、帽子を高く上げる。
ニール「じゃあ! また来るよ!」
イサク「次来る時はワインを持ってこい! ニール!」
ニール「ああ! 必ず! それ!(馬の手綱を鞭打つ)」
走り出す馬。ニールとグロリアの背中を見送るハンナ、イサク、ジョナサン。
◯ ニールの家
家に帰ったニールとグロリア。ニール、馬屋に馬を戻そうとする。グロリア、砂の地平線を凝視する。ニールもその方を見る。三頭の馬とそれにまたがる保安官の姿。ニール、グロリアを見る。
ニール「家に入ってなさい」
グロリア、無言で家に入る。
ニールの不安げな顔。
◯ 同
三人の保安官がニールの家の庭に到着する。ニール、保安官たちに歩み寄る。
ニール「これはこれは保安官殿。ご用件は?」
保安官たち、一斉に下馬する。
保安官A「パーキンソン。仕事だ」
保安官B、ニールに書簡を差し出す。ニール、それを受け取り、中を見る。
ニール「また略奪ですか。まったく、保安官たちは何をしているのでしょうか」
保安官たち、卑猥な笑い。
保安官A「報酬ははずむぞ。それで娘を養える」
ニール、顔を上げ、不審な表情を隠そうともせずにそれを保安官に向ける。気圧される保安官B、C。
ニール「家族のことにまで気を配っていただけるなんて嬉しいです。保安官殿」
保安官A「必要な物は? なんでも言ってくれ」
ニール、考える。
ニール「じゃあレールガンを一丁お願いします」
保安官たち、また失笑。ニールも皮肉な笑い。ドアが開く音がしてニール、振り返る。グロリアがドアの隙間から様子を伺う。保安官たち、グロリアの存在に気がつく。
ニール「こら! 家の中に入っていろとあれほど!」
グロリア、さっと身を隠す。
保安官A「誰との間にできた子だ?」
ニール「保安官殿には関係のない話です」
保安官A、葉巻を吸いはじめる。
保安官A「娼婦か?」
保安官たち、猥褻に笑う。ニール、首を振る。
ニール「まさか」
ニール、笑いながらも、怒りを燃やす。
保安官A「顔は悪くない。上玉に育つ」
ニール「嫁に出す気はありません」
保安官A「じゃあ娼館で働かせるか?」
ニール、怒り心頭に発し、内ポケットに手を伸ばす。それを見た保安官B、C、ニールに拳銃を向ける(ニールが拳銃を取り出したと思った)。
保安官B「パーキンソン!」
保安官A、手を挙げて保安官BとCを制する。ニール、保安官たちと睨み合う。しばし睨み合い。
保安官B、C、拳銃を下ろす。ニール、頷き、内ポケットからタバコを取り出して吸いはじめる。目配せし合う保安官たち。
ニール「保安官殿は神経質になられている」
マッチを捨てるニール。
ニール「そろそろ戻っても?」
ニールに圧倒される保安官A、ためらいがちに、
保安官A「ああ。私たちにも公務がある」
ニール、保安官たちに背を向けて家に帰る。ニールの背中を忌々しげに見る保安官たち。保安官Aの鋭い顔。
◯ ニールの家・中(夕)
街に帰る保安官たちを観察するニール。ニール、カーテンを閉める。ニール、リビングのグロリアに歩み寄る。
ニール「家の中に入ってなさいとあれほど言ったのに」
グロリア、俯く。ニール、グロリアに詰め寄る。
ニール「彼らを信用してはいけない。彼らは法を執行する無法者なのだから」
グロリア、俯いたまま。ニール、グロリアの肩を強く掴む。
ニール「もう二度と私の言ったことは破らない。いいかい?」
グロリア、無言。ニール、イライラする。
ニール「返事は? ほら、グロリア!」
グロリア、不貞腐れて無言。ニール、さらにイライラする。
ニール「グロリア! 君の命を守るためなんだぞ!」
グロリア、無言。ニール、さらに力を込める。
ニール「グロリア! 君のために言っているんだぞ!」
グロリア、ニールの手を手で払う。ニール、色をなす。
ニール「グロリア!」
ニール、グロリアをぶとうと手を上げる。
(フラッシュ)
ニールの父親「なんて聞き分けのない子なんだ!」
ニールの父親、鬼の形相で子供のニールに手を上げる。ニール、怯えて体を硬直させる。
(フラッシュ終わり)
ニールの鬼の形相、はっとして元の温厚な顔に戻る。グロリア、泣き出す。ニール、罰を咎められる犬のような顔になる。ニール、グロリアを抱きしめる。
ニール「すまない……。僕は我を忘れて……。ああ……なんてことを……」
泣き続けるグロリア。ニールの不安げな顔。
◯ ニールの家・外
空き缶や空き瓶を的に射撃をするニールとグロリア。ニール、グロリアに射撃を教える。グロリア、拳銃を撃つ。
ニール「そう……肘を使って反動を抑えるんだ。うまいぞ」
グロリア、空き缶を撃ち抜く。ニール、砂漠に目をやる。砂漠を走る馬の姿。
◯ 同
馬に乗った配達員、ニールに手紙を手渡す。
配達員「速達です」
ニール「ありがとう」
ニール、手紙を見る。差し出し人はヨハン・コーネル。ニール、不審な顔。
配達員「お水をいただけます?」
ニール「ええ。井戸の水をどうぞ」
配達員「馬にも?」
ニール「ええ。どうぞ」
配達員、馬を連れて井戸に向かう。
ニール「忌々しい保安官め」
ニール、手紙の封を破り中を見る。
ニール「ニール・パーキンソン氏へ。痛みに勝る教訓はありません。それをよく理解しているのは他でもない、あなたでありましょう」
ニール、鼻をかく。
ニール「臆病者め。これで僕を脅した気でいる」
ニール、また手紙を読む。
ニール「先日の出来事は不問に致しますが、ゆいいつ看過できないことがあります」
ニールの顔、曇る。
ニール「我々の間に秘密はないはず……買った物はたとえチリガミであっても報告すること。これは我々とあなたとの間で結ばれた契約であるはず」
ニールの不安げな顔。
ニール「最近、あなたは反抗的になっている。そこで我々は考えました。身寄りのない子供は託児所に預けるべきだと」
ニール、手紙の最後を見る。
コーネル「あの少女はいったい誰だ?」
グロリア「ニール!」
ニール、振り返る。配達員がグロリアを抱えて馬を走らせる。ニール、銃を抜く。
ニール「グロリア!」
グロリア「ニール!」
ニール「止まれ! さもなくば撃つぞ!」
ニール、照準を配達員に合わせるも、グロリアも射線に入って撃つのをためらう。ニール、逡巡して空に威嚇射撃。構わず馬を走らせる配達員。ニールの怒りに満ちた顔。
◯ 砂漠
配達員を追うニール(ライフルと拳銃で武装)。馬で競走。配達員、後ろのニールに向けて発砲。ニール、体をかがめる。配達員、また発砲。ニール、自分のライフルに目をやる。
ニール「くそっ! グロリアに当たってしまう!」
馬を走らせるニール。
二人のチェイスを上空から空撮。砂漠に馬の足跡が点々と続く。配達員に二頭の馬が合流する。その馬には男Aと男Bが。
◯ 同
ニールの顔。ニール、馬に鞭打つ。
◯ 同
配達員の前に座るグロリア、後ろのニールを見ようと振り返る。
配達員「おい! 下手なことするな! さもなくばその腕を引きちぎってやる」
グロリア、向き直る。
配達員「あいつを足止めしろ!」
男A、頷いて減速する。
◯ 同
ニール、汗が滴る。
M(ニール)「せめて馬が横を向いてくれたら」
ニールの背負うライフル。ニールの険しい顔。突然の銃声。ニール、横を見ると男Aが並走している。ニール、拳銃を発砲して応戦。ニールに軍配が上がる。男A、砂漠に倒れる。
◯ 同
配達員、男Aがやられたのを見て舌打ち。
配達員「このまま撒くぞ!」
男B「はい!」
グロリア、馬の手綱を盗み見る。グロリア、配達員の顔を盗み見る。恐る恐る手綱に手を伸ばすグロリア。グロリア、手綱を握り、一気に後ろに引く。馬、急停止。狼狽する配達員、グロリアの仕業と気付き、彼女を平手打ち。男Bも馬を止める。
◯ 同
馬を止め、下馬するニール、ライフルを構え、照準を配達員らの馬に合わせる。丘の上にニール。
ニール「照準に狙いを定めて、撃て。放つ弾は絶対に外れない。息を止め、肩の力を抜け。神のご加護が、私たちを守ってくれる」
ニール、発砲。配達員の馬に命中する。
◯ 同
配達員「降りろ!」
配達員、男Bに命令する。男B、ためらう。配達員、男Bに銃口を向ける。男B、馬を降りる。
◯ 同
照準に狙いを定めるニール。
ニール「神は言われた。この世で最も高貴な魂を持つのは子供であると。我々はその子供らを、命を賭して守る義務を負うていると」
ニール、発砲。配達員が乗った馬に命中。馬、配達員を振り落とす。
◯ 同
配達員、グロリアを掴んで彼女のこめかみに銃口を当てる。男B、ライフルを構える。しかしニールの姿は見えない。
M(ニール)「正義が腐敗しているのなら、私が正義になろう」
配達員「おい! パーキンソン! 姿を見せないとこの娘を撃ち殺すぞ!」
配達員、威嚇射撃。
M(ニール)「悪が蔓延っているなら、私が悪を懲らしめよう」
男B、ニールに撃たれて砂漠に倒れる。遅れて銃声。
配達員、銃の撃鉄を起こす。
配達員「くそ! ニール! 俺たちに背いて平和に暮らせると思ったら大間違いだぞ!」
ニール、から薬莢を排出する。ニール、コッキング。
ニール「神が不在なら、私が神の代わりに鉄槌をくだそう」
ニール、配達員の頭に照準を合わせる。
配達員「パーキンソン! お前が俺を殺すのが早いか! それとも俺がこの娘の頭を撃ち抜くのが早いか! 勝負しよう!」
配達員、グロリアのこめかみに銃口をねじこむ。
ニール「撃鉄を起こせ。弾は軟膏に指を突っ込むみたいに容易く敵の心臓にめり込んでいく」
ニールの横顔。
ニール「敵の眼差しを忘れるな。それを忘れた時、すなわちお前が死ぬ時なのだから。(間)神よ……私に力をお与えください……」
ニール、発砲。弾は配達員の額を貫く。配達員、その場にくずおれる。静寂。ニール、立ち上がる。グロリア、配達員にのしかかられて、それを退けて立ち上がる。グロリア、ニール、互いに歩み寄る。徐々に歩武を早くする二人。
ニール、我を忘れてグロリアに駆け寄る。グロリア、ニールに駆け寄る。
ニール「グロリア! ああ! グロリア!」
グロリア、ニールに駆け寄る。ニール、砂丘を勢いよく下る。
ニール「グロリア! グロリア!」
グロリア、ニールに駆け寄る。ニール、グロリアに駆け寄る。これはを交互に映す。ニール、砂に足を取られて砂丘を転がり落ちる。ニールの無様な呻き声。
ニール「ああ、ああ、ああ、あ……」
グロリア、ニールに駆け寄る。砂丘を転がり落ちたニール、また立ち上がりのろのろとグロリアに歩み寄る。
ニール「グロリア……僕はなんてことを……」
ひたすら無様なニール。(無様さを強調する。これはニールのグロリアに対する直向きさを表している)
間。
ニール、グロリア、ついに抱擁を交わす。その場に座り込む二人。
ニール「すまない。グロリア。……もう二度と一人にはしない。ごめんね」
グロリアの不安な顔。ニールの必死な顔。
ニール「すまない。僕が目を離したばっかりに」
しばらく抱擁したままの二人。ニール、ため息。グロリアの顔を見るニール。
ニール「もう大丈夫。……愛してる。グロリア」
グロリアの額に口付けするニール。
◯ 砂漠
グロリア、馬に一人で乗る。ニール、その馬の手綱を引いて歩く。
◯ ニールの家
家に入るニール、グロリア。ニール、すぐに大きなバックを手にして、そこに様々な物を入れる。
ニール「もうここにはいられない」
ニール、棚の調味料をバックに投げ入れる。
ニール「ガーフィールドおじさんのところに行く。しばらくそこで身を潜めるんだ」
不安げなグロリア。
ニール「大丈夫。すぐに元通りさ」
ニール、グロリアを見て表情を曇らせる。ニール、グロリアに歩み寄り、ひざまずく。
ニール「安心して。僕も行く。もうあんな怖い思いは絶対にさせない。約束だ」
ニール、小指を差し出す。グロリア、ニール、目を見合う。
グロリア「本当にニールも来るの?」
ニール「ああ。そうだとも……」
グロリア、ニールの小指に自分の小指を絡ませる。グロリア、ニールの胸に飛び込む。ニール、グロリアを抱き締める。
間。
ニール「ちょっとまってて」
ニール、部屋を出る。
◯ 納屋
梯子を登るニール、芽吹いた小麦の種の入った麻袋を手に取る。梯子を下りるニール。
◯ ニールの家・中
グロリアにひざまずくニール。
ニール「今から僕が言うことをよく聞いて」
グロリア、頷く。
ニール「よし。(間)この前裏庭で見たことを僕に教えてくれない?」
グロリア「芽が出てた」
ニール「そう。芽だ。あれは小麦で、この不毛な大地では絶対に栽培できないと言われていたものだ。その芽が芽吹いた」
グロリア、頷く。
ニール「だからね、僕が言いたいのは……あの麦には大きな価値があるということなんだ」
グロリア、頷く。
ニール「ああ……、女が結婚するには持参金がいる。あいにく僕にはお金がないから、それをお金の代わりに持っていくといい」
グロリア、首を横に振る。ニール、悲しく微笑む。
ニール「悪いんだけど、君には自由恋愛をさせてやれない。余裕がないからね……。でも、ジョナサンはいい子だ」
グロリア、首を横に振る。ニール、また悲しく微笑む。
ニール「わかるだろ? 君は頭がいいんだから」
グロリア、大袈裟に首を横に振る。ニール、グロリアを労る。
ニール「ほら、顔をよく見せて。(グロリアの顔に手をやる)君は強い子だ。人に攫われても、涙一つ流さなかった。僕じゃ泣いてたよ」
ニール、微笑む。
ニール「グロリア……」
グロリア、俯き、沈黙。
ニール「必ず戻るから、ほら……」
ニール、グロリアの手を取る。ニール、グロリアの手のひらに小麦の入った麻袋を置く。ニール、グロリアの手を自分の手で包んでそれを握る。
ニール「大丈夫。僕は強い。この砂漠で子供の頃から一人で生き抜いてきたんだ」
ニール、グロリアの目をまっすぐに見る。
ニール「そしてグロリア……君も生き抜いた。僕は神を信じるけど、それ以上に人の意思も信じている。強いよ、君は……グロリア」
グロリア、ニールを窺うように見上げる。
間。
グロリア、麻袋をポケットにしまう。ニール、微笑む。
グロリア「約束」
グロリア、小指を差し出す。
間。
ニール、グロリアと指りきげんまん。
ニール「約束だ。必ず生きてカタをつける」
ニールの瞳。グロリアの顔。
◯ ガーフィールド牧場
イサクの家の前に馬に乗ったニールとグロリアが到着する。ドアの前でニールとグロリアを迎えるハンナとイサク。イサク、イライラしてニールに歩み寄る。
イサク「良い知らせではなさそうだな」
握手を交わすニール、イサク。
ニール「ああ。成り行きで、保安官を撃ち殺した」
イサク「(驚き)成り行きで⁉︎ 一体何をされた?」
ニール「グロリアを攫われそうになったんだ。仕方がなかった」
イサク「そうやってハンナの時も撃ち殺したのか?」
ハンナ「やめて! あなた!」
ハンナ、ニールとイサクの間に割って入る。
ハンナ「グロリアが無事でよかったじゃない」
イサク、不承不承ながらも頷く。
ハンナ「さあ、グロリア。入って」
ハンナ、グロリアを自宅に招く。ニールとイサク、ハンナの配慮を使って話し合う。
イサク「どうしてお前はいつも事を荒立てる」
ニール「仕方がなかったんだ」
イサク「その一点張りだな。話にならない」
ニール「この過酷な砂漠で生きていくには力が必要なんだ!」
イサク「力? 権力に背く力か? そのために何を犠牲にした? 平凡な人生か? それとも安らかな生活か?」
ニール「分からない」
イサク「分からないってなんだ? 何が分からない? そんなんだからお前は周りの人間に不幸をばら撒くんだ」
ニール「不幸? 僕がいつ不幸を」
イサク「不幸さ! 俺たちがグロリアを匿っていることが保安官に知れたらいったいどうなるか⁉︎」
ニール、絶句。イサク、ニールに詰め寄る。
イサク「いいかニール。いつか長い物に巻かれることに甘んじなければならない時がくるんだ。俺はとうの昔にそれを経験した。……でもどうだ? ニール。お前は思春期のガキみたいにいつまでも権力に背いてばかりいる。だから面倒ごとが絶えないんだ」
ニール「僕はただ理不尽を許せないだけだ」
イサク「理不尽を受け入れなければならない時だってあるんだ」
ニール「それで、グロリアを匿ってくれるのか?」
イサク、ニールの傲慢な物言いに唖然とする。イサク、ニールを睨む。
イサク「ああ。ほとぼりが冷めるまで匿うつもりだ」
ニール「ありがとう」
ニール、腕時計をみる。
ニール「行かなきゃ」
ニール、イサクに背を向けて歩き出す。
イサク「お前を追放したコーネルを殺しにいくのか?」
ニール、足を止める。間。
ニール「ああ。そのつもりだ」
イサク「成功してもニール……お前の居場所はなくなるぞ」
ニール、皮肉に笑う。
ニール「もとからそんな場所はなかったよ」
イサク「自分から居場所を捨てたくせに」
ニール、危険な雰囲気を醸し出す。
ニール「僕はね、イサク」
イサクの険しい顔。
イサク「理不尽に屈して農具をふるうような臆病者にだけはなりたくないんだ」
イサク、激怒してニールに掴み掛かる。ニール、振り返りイサクと取っ組み合いになる。イサクとニール、床に倒れ込み、殴り合い。ニール、イサクに馬乗りになる。ニール、イサクの首を絞める。
ニール「僕はこの理不尽な砂漠で生きていく! たとえ自分の命を失ったとしても!」
イサクの顔、鬱血する。
ニール「そこで手をこまねいて見ていればいい! ハンナの時みたいに!」
イサク、口から涎をこぼす。
ニール「力は正当な批判がなければ必ず腐敗する! それを僕たちは見てきたじゃないか! (間)保安官が娼婦を締め殺しても無罪! 政治家が子供を犯しても、無罪! 徴税官が農民から小麦を奪って餓死させても無罪! 僕がハンナにイタズラをした保安官を裁かなければ、きっと彼も無罪放免だったに違いない! ……なにもかも理不尽じゃないか……」
イサク、失神しかける。
ニール「僕はやるぞ! やり遂げる! コーネルの額に風穴を開けて奴を裁いてやる! 君が権力者に媚を売っているあいだにね!」
イサクの死にかけの顔。ニール、イサクの首から手を離す。イサク、苦しげに息をする。ニール、立ち上がる。ドアの前にハンナ。ハンナ、心配そうな顔でニールを見つめる。ニール、後ろめたい思いを隠さない。ニール、無言で立ち去ろうとする。
ハンナ「ニール!」
ニール、足を止める。
ハンナ「私がグロリアのお母さんの代わりになれても、お父さんの代わりは誰にも務まらない!」
ニール、悩む。間。ニール、歩き出す。
ハンナ「だから行かないで! 正直に行きたくないって言って! 怖いって言って!」
ニール、馬に乗る。帽子を被り直すニール。
ニール「僕に怖いものなんてないよ。ハンナ」
ハンナの泣きそうな顔。ニール、俯き、手綱をふるい、その場を後にする。グロリア、ハンナの影から走り出してニールを追う。
ハンナ「グロリア!」
ハンナ、グロリアを追いかけようとするが、イサクに止められる。
イサク「行かせてやれ。どうせ追いつけない」
ハンナ「でも……」
イサク「熱にうかされてるんだ。二人とも。もしかしたら俺たちも……」
ハンナ、思い詰める顔。
◯ 砂漠
馬を走らせるニール。ニールを追うグロリア。グロリア、どんどん距離を離される。それでも全力で走るグロリア、ついに足を止めてニールの背中を見送る。しばし棒立ちのグロリア。
ジョナサン、馬に乗りグロリアを迎えにくる。いななく馬。ジョナサン、無言でニールの背中をみる。砂漠にたたずむグロリアとジョナサン。
◯ 同
馬を走らせるニール。
◯ ニールの回想
公開裁判に出廷するニール(十二歳)。つめかけた民衆が子供のニールを口々に罵る。ニールの父と母もつめかけ、ともに罵声を浴びせる。
ニールの父「この悪魔め! 人の皮を被った悪魔! はやく殺してしまえ!」
ニールの母「親不孝もの! 出来損ないのバカ息子!」
ニール、出廷するコーネルを睨みつける。
裁判官、ギャベルを鳴らす。
裁判官「静粛に!」
静まる民衆。
裁判官「本裁判は社会的な影響をかんがみて公開裁判とする。そして、陪審員には無作為に選出した市民を立てるものとし、よって判決の是非は市民に委ねられることになる。理性的な判断を期待する」
老若男女の陪審員たち。
裁判官「では早速裁判を開始する」
◯ 同
原告の保安官、裁判官らに訴える。
保安官「被告のニール・パーキンソンは保安官のダニー・ウィルソンの自宅に違法に侵入したばかりでなく、無抵抗の被害者を一切のためらいもなく撃ち殺しました」
驚きのため息が漏れる。
保安官「さらにニール・パーキンソンの胸元には被害者の物とみられる保安官のバッチが付けられていました。これはパーキンソンが保安官のバッチ欲しさにダニー・ウィルソンの自宅に侵入し、家主を射殺したとみていいでしょう」
ニールの弁護士、険しい顔。
保安官「したがって我々は被告に強盗致死罪を求刑します」
観衆や陪審員から驚きのため息が漏れる。(強盗致死罪は終身刑か死刑のいずれかだから)
保安官、着席する。ニールの弁護士、手を上げる。裁判官、頷く。ニールの弁護士、立ち上がる。
ニールの弁護士「ええ……ニール君は警察の調書でもある通り、幼馴染のハンナ・ジャクソンを助けようとして、その場にいた保安官を殺害したと言っています。被害者のハンナ・ジャクソンは前科のある保安官、ダニー・ウィルソンに連れ去られ、性的な暴行を働かれたとあります。……どうも、原告の主張は整合性を欠いていると思うのですが……」
原告の保安官、挙手。裁判官、頷く。ニールの弁護士、座る。
保安官「その調書はニール・パーキンソン一人の証言を元に作成されたものであって、第三者の客観的にして有用な証言を欠いています。よって被告の無実を決定する材料にはなり得ません」
保安官、座る。隣のコーネル、鋭い目。裁判官、ニールの弁護士に目をやる。ニールの弁護士、挙手。ニールの弁護士、立ち上がる。
ニールの弁護士「ではその第三者に登場していただきましょう」
裁判所の扉からニールがウィルソンの部屋を聞いた夫婦が登場する。夫、証言台に立つ。夫、聖書に手を添える。
ニールの弁護士「あなたは神の教えに従いここで真実のみを語ることを誓いますか?」
夫「誓います」
ニールの弁護士「では、あなたのお名前を教えてください」
夫「アーノルド・ハントです」
ニールの弁護士「ハントさん。……あなたは殺されたウィルソンさんと同じアパートに住んでいましたね」
夫「ええ、その通りでございます」
ニールの弁護士「事件の日の夜、あなたはニールと会っている。違いますか?」
夫「はい。確かに彼と会いました」
ニールの弁護士「その時の彼はどのような様子でしたか? 調書によると被告人のニールは保安官のダニー・ウィルソンに拳銃の銃床で頭部をなぐられたという。混乱していた様子はありませんでしたか?」
保安官「裁判長! 弁護人の質問は示唆的で誘導的です! 中立性を欠いている」
裁判官「弁護人。誘導尋問は控えるように」
弁護士、鼻白む。
ニールの弁護士「ええ。では、ハントさん。事件当日のニールくんの振る舞いはどのようなものでしたか? 教えてください」
ハント「あのくらいの歳にしては落ち着いていて、とてもあんな事件を起こすようには見えませんでした」
ニールの弁護士「混乱していた様子は?」
ハント「確かに、言われてみれば、何かに取り憑かれていたような感じはありました。しかし、取り乱した様子はありませんでした」
ニールの弁護士、ハントの主張に苦い顔になる。逆に保安官たち、ニールに不利な証言にほくそ笑む。
ニールの弁護士「取り憑かれていたとありますが、具体的にどうでした?」
ハント「目は一点を見つめ、表情は硬く強張っていました。あれは……何か悪いもの、そう、悪魔に取り憑かれた目です」
ニールの弁護士「悪魔?」
ハント「ええ。でなければ説明がつかない」
固唾を飲む一同。
ハント「あんな子供が人を殺せるはずがありません。あれは悪魔の仕業です! ニール・パーキンソンは悪魔に取り憑かれていた!」
◯ 同
ニール、縛められ街を歩く。街の人々、ニールに罵声を浴びせる。ニール、無表情。
◯ 同・砂漠
ニール、縛めを解かれる。
保安官A「コーネルさんがお前の求刑を取り下げたんだ。感謝しろよ」
ニール、コーネルを見上げる。ニール、コーネルを睨む。
保安官A「このガキ。命の恩人をなんて目で!」
保安官A、ニールに蹴りをみまう。ニール、砂に倒れ込む。
保安官A「コーネルさんの一声がなければお前はよくて終身刑! 悪くて死刑だったんだぞ! それをお前は!」
コーネル「まあよさないか」
保安官A、動きを止める。
保安官A「すみません」
コーネル、ニールの前に出る。
コーネル「いいかニール。……この世の中にはまったくの善人もいなければ、まったくの悪人もいない。お前の友達を虐待したダニーは麻薬の売人を挙げて勲章を貰ったことがある」
ニール、コーネルを睨んだまま。
コーネル「お前はこの世が腐って見えているようだが、実際はそうじゃない。親は子を愛し、牧師は貧しい人々を救い、我々はこの街の治安を守っている。(間)しかしどうだ。お前ときたら暴力で事を解決しようとする。それじゃあこの街の治安は守れない」
コーネル、拳銃を構える。
コーネル「振り返るな。振り返ったらお前を殺す」
間。ニール、背を向けて砂漠に歩き出す。蜃気楼がニールをむしばむ。
◯ ニールの家
自宅に帰るニール、静かに家の中を探索する。他人から奪った品々。ニール、子供のイサクとハンナと共に写る写真を手に取る。ニール、写真の埃を息で飛ばす。写真の中のハンナがニールを見つめているよう。
◯ 同
ニール、机の上に武器を並べる。その武器を体に装備するニール。ニール、戸口に向かう。
◯ 砂漠
馬に乗るニール、砂漠を走る。ニールの横顔。
◯ 街
保安官の事務所にて、コーヒーブレイクを楽しむ保安官たち。突然、事務所が爆発する。
ニール、爆破した事務所に入る。息のある保安官たち、ニールに応戦する。ニール、すかさず保安官たちを撃ち殺す。しばし撃ち合い。
間。
ニール、保安官の事務所を出る。野次馬がニールを凝視する。
◯ 砂漠
砂漠のど真ん中で料理をするニール。ふと、ニール、砂の地平線を見る。馬に乗ったコーネルがニールの元にやってくる。ニール、コーネルを見たまま肉を頬張る。
◯ 同
ニール、直立してコーネル(?歳)を出迎える。コーネル、馬を降りる。しばし睨み合う二人。
コーネル「俺が馬鹿だった」
ニールの顔。
コーネル「あの時、殺しておくんだった」
ニール、ほほえむ。
コーネル「決闘の仕方は知ってるな?」
ニール「ええ」
コーネル、卑猥な笑み。ニールに歩み寄るコーネル。コーネル、ニールを睨む。しばし膠着状態。コーネルとニール、互いに背中を向ける。
コーネル「一」
互いに一歩足を踏み出す二人。
コーネル「二」
また一歩、歩く。
コーネル「三」
同じことの繰り返し。
コーネル「四」
コーネルの腰の拳銃を映す。コーネル、また卑猥に笑う。
コーネル「五!」
互いに振り返り、拳銃を発砲する二人。銃声がこだまする。二人の険しい顔。ニール、やがて砂漠に倒れる。コーネル、拳銃をしまう。ニールに歩み寄るコーネル。虫の息のニール、腹から血を流している。
コーネル「腕がにぶったか?」
苦しげにほほえむニール。怪訝な顔になるコーネル。コーネル、ニールの拳銃を手に取る。コーネル、ニールの拳銃をトカゲに向けて発砲する。死なないトカゲ。コーネル、続けざまにトカゲに発展するも、死なないトカゲ。コーネル、拳銃をニールに投げつける。コーネル、ニールの胸ぐらを掴んで起き上がらせる。
コーネル「なんの真似だ? パーキンソン」
不敵に笑うニール。
コーネル「(怒り)!」
コーネル、ニールを砂漠に叩きつける。しばし動揺するコーネルだが、ややあって馬にまたがる。コーネル、ニールを睨みつけて馬を走らせる。
砂漠に残されたニール。ニール、懐から手帳を取り出す。グロリアの写真を見るニール。ニール、手帳に遺言を書く。
◯ ニールの回想
グロリアにカメラを向けるイサク。
イサク「お前はいったい何を守っている? それに命をかける価値があるのか?」
ニール、イサクを見つめる。
ニール「(ほほえむ)いつか分かるさ。(間)人々の血で砂漠の平和が守られるのなら、今僕が守っているのはその平和よりももっとずっと大切なものなんだ」
イサク「命よりも大切なもの?」
視線を落とすニール。
ニール「ああ。たまげるぞ(笑い)。いつか必ず見せてやる」
ハンナ、心配そうにニールを見つめる。ニール、ハンナをチラと見るが、すぐに視線を逸らす。フラッシュがまたたく。
◯ 砂漠
砂漠を馬で駆けるジョナサンとグロリア。ジョナサンが手綱をにぎり、グロリアはジョナサンの前に乗っている。ニールを見つけるジョナサン。馬を降りるグロリア。
グロリア、ニールの傷口に手をやるが、ニールはすでに死亡している。風にめくれるニールの手帳。
M(ニール)「すべての子どもはあることづてを携えて生まれてくる」
ニール、グロリアの顔に手をやる。
M(ニール)「神はまだこの世に絶望していないという言伝を」
グロリアの泣き顔。
M(ニール)「なぜ天使がすべて子供の姿で描かれるのか、今やっと分かった」
グロリア「ニール! ニール!」
グロリアの小さな手からニールの血が溢れる。グロリアの涙がニールの頬に落ちる。
M(ニール)「なんて可愛らしいんだ……。愛してる。グロリア」
グロリア「ニール……。血が、止まらない……」
M(ニール)「ガーフィールドおじさんのところへ行け。馬の扱いは知ってるな」
グロリア「ニール! いや! 行かない! 私! 行かない!」
ニール、自分の身につけた道具をグロリアに渡す。
M(ニール)「この笛を吹けばネイは戻ってくる。必ず」
グロリア「いや! ニール! ……」
M(ニール)「自分の足で歩くんだ。たとえ砂塵でゆく手を阻まれようとも、たとえ愛する人を失っても。私たちは決して一人じゃない。私たちは決して迷子にならない」
グロリア、号泣。
M(ニール)「行け! ここで死んだら私が許さない!」
◯ ガーフィールド牧場
グロリア(二十三歳)、歩きながら豊穣な小麦に手をやる。揺れる小麦。グロリアにお腹は膨れている(妊娠している)。
M(グロリア)「死はすべての終わりではない。確かにそれは無かもしれないが、新しい生命のために動物がその肉体を自然に捧げるように、死の訪れは生の来訪を告げる福音に他ならない。若者よ、前を向け。たとえ砂の海に取り残されようとも、命ある限り、希望の燈は決して消えないのだから。たとえその命が終わったとしても……」
グロリア、ニールの日記を閉じて、ジョナサンの胸に顔をうずめる。木の根元に横になるジョナサンとグロリア。ジョナサン、グロリアのお腹に手を添える。
二人の背後には、ニール・パーキンソンの墓標がある。
(スカベンジャー・終わり)