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たった一度の帰り道

いつの間にかその旅は始まっていて、気がつけば 僕は歩いていた。

旅の途中、訳も分からずいろんな荷物を持たされた。僕にしか価値がわからないような石ころや花を拾った。

荷物はとにかく邪魔だったから途中で捨てた。誰かにゴミだと言われても、石ころや花を拾い続けた。どっちがほんとに必要かはわかっていた。
いや、ほんとはなんにもわかっていなかった。

少し歩くと気の合う旅人に出会った。
少し歩くと別れ道があってひとりになった。
少し歩くとまた新しい旅人に会った。
少し歩くとまたひとりになった。
そんなことを繰り返していたら、もと来た道は見えなくなった。

道のわきの小さな木陰に膝を抱えて座る人が見えた。
「一緒に行く?」
その声は届かない。

無理矢理木陰に突き飛ばされたあの子。
「大丈夫?」
その声は届かない。

木陰は怖い。一度入ると木陰の外の人の声は届かない。

もう随分と歩いてきた。
もと来た道はわからない。
どこへ行くかもわからない

ふと木陰が視線に入り、立ち止まった。
僕には自分から木陰に入る勇気はなかった。
でも、もし木陰に入ったら、後には何が残るのだろう。

悩んでいると、前を歩いていた人が振り返ってこう言った。
「これは旅じゃなくて、帰り道だよ」
その人が言うには この道の先には大きな大きな木があって、たどり着いた旅人たちは旅の思い出を木陰で語り合うそうだ。しばらく笑い合った後、また木陰を出て元来た道を戻る。そしたら、その先にも大きな木があって、また思い出を語り合う。だから今は、元来た木への帰り道なんだって。途中で木陰に入ったら、すぐに帰れるけどしばらく一人でいなくちゃならないらしい。

途中で木陰に入るのも、道の先で木陰に入るのも、なに一つ変わらないとその人は言った。どんなに早く走っても、どんなにゆっくり歩いても、どんなに遠くを目指しても、どんなに宝を見つけても、行きつく先はみんな同じだとも言った。それが本当のことかはわからないけど、何もわからず歩き続けるくらいなら、その人を信じてみるのも悪くない。

気づけば心が軽くなって 鼻歌交じりに空を見る。
行きつく先も木陰なら、わざわざ途中で木陰に入ることもない。自分勝手に遠回りして、僕だけのルートを見つけてやろう。そこには誰も見たことのない綺麗な景色があるかもしれないし、バカみたいに笑える出来事が起こるかもしれない。木陰に入る前は持ち物は全て捨てるのがルールらしいから、荷物は最小限にしよう。いつか木陰に入った時に楽しい思い出話ができるように、なるべく時間をかけて、色んな旅人に出会って、歌が聞こえたら立ち止まり、美味しい食べ物があるなら嫌いなものでも食べてみよう。新しく見つけた道には足跡をつけて、また帰る時や次に通る旅人が気づけるようにしておこう。

自由気ままな帰り道
僕の僕だけの帰り道
たった一度の帰り道


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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