就活と日本経済とグローバル化

「私は、大学で学んだことを活かして、御社のプロジェクトの中でグローバルに働ける人材になりたいです!」

なかなか突っ込みどころのある就活の志望動機だが、今回はその中でも「グローバル」について掘り下げよう。

「グローバル」と言ってあなたは何を連想するだろうか。「英語ペラペラ」「海外のプロジェクトに参加している」「アメリカの大学を卒業した」「外国に友達がいる」「〇〇カ国旅行した!」といったところだろうか。どれも間違っていない。

ただ、日本ではグローバルという言葉がポジティブに捉えられすぎなのではないかと思う。globalという言葉は「世界的な」という意味だが、特に経済問題を議論するときには、「新自由主義」などと一緒に語られる。小難しいことは避けることにするが、要は、日本に黒船がやってきたときのようなことをグローバル化と呼ぶ。それまでの江戸の世の中は日本国内だけで政治・経済活動を行っていた。もちろん出島のオランダ貿易や薩摩藩の密貿易などの例外はあるが、原則日本は鎖国によって外敵から保護された経済圏であった。そして開国とともに外国の知識や技術、人材が流れ込み、文明開化の音がする時代を迎えたのだった。

我々が生きる21世紀はすでにグローバル化した世界だ。ヒト・モノ・カネの移動は自由になった。今や若者はアメリカが作ったiphoneを使い、日常生活をinstagramに投稿し、中国が作ったTik tokのスターの動向に一喜一憂する。ジャパンアズナンバーワンとまで言われた日本の工業製品を今どき使っている人はめったにいない。

この流れは、私が大学に入った2016年頃に一気に加速した気がする。特に顕著なのはファッションであろう。それまでの日本人女子のモテと言えば、前髪を作って黒髪で清楚な見た目のイメージだった。明らかに世界的なトレンドから浮いていた。しかし、今は、前髪を書き上げたワンレンで、髪もグレージュやアッシュのような透明感のある色で、へそが出る丈の短いTシャツにハイウエストノのスキニーではないだろうか。どこの国のライブ配信者も同じような格好をしている。写真の加工技術も相まって、もはや説明なしでは日本人なのか中国人なのかもわからない。男性ではナイキのトラックパンツを使ったコーデが急に流行りだした時期があった。これもグローバルなトレンドと一緒だ。

街並みも段々似通ってはいないか。パリの中心地の駅のテナントと、渋谷や新宿の駅ビルのテナントが見分けがつかなくなる時がある。どこにいてもH&Mがありスタバがありマックがある。インスタ映えするカフェの内容は日本もフランスも変わらないし、ハノイの女子も自撮りの角度をチェックするのに必死だ。日本国内で語られる「日本とは」論や「日本人の特徴」系のテーマのほとんどは「外国も同じだよ?」で片付く。

ただ、私が言いたいのは「文化の画一化が残念だ」「世界から多様性が消えてしまう」ということではない。

問題なのは、今まで日本人だけでやれたことができなくなるということだ。最も顕著な例でいうと会社経営であろう。人口減少、移民の増加により、日本企業の外国人採用率はどんどん高まるだろう。

あなたがリクルートスーツを着て一生懸命考えたガクチカを発表した横で、英語も中国も話せ社会で役立つスキルを大学で身に着けた中国人の若者が同じ会社を志望していたらどうだろう。「今回の採用プロセスでは日本人よりも外国人の方が多いのでグループディスカッションを英語でやってください」と言われたあなたはどうするか。「自分が就活する頃にはまだそんな時代は来ないから大丈夫だろう」と高をくくっているあなた、30代中盤になって転職しようとしたときに英語が話せなくて新しい仕事が見つかるだろうか。

きついことを言うが、あなたのまわりで半年海外の語学学校に通ってそこそこ英語を喋れる人がいるだろうが、その人の英語レベルはゴミレベルだ。偏差値教育を極めた東大生の英語でさえ、そのあまりのレベルの低さにもあきれる。TOEIC900以下は受験したことにすらならないレベルだ。

「日本人はリーディングと文法はできるけど、それ以外が弱い」なんて話はよく聞くが、それも苦し紛れの言い訳だ。受験英語の4択に助けられてリーディングや文法の点数が高く出ているだけである。長文読解で出される文章も実は簡単な単語で書かれたものが多い。TOEIC900以上ある僕ですらNew York Timesの文章を辞書なしでは読めない。

私が塾講師として教えていた子供があるとき「僕は一生日本で生きていくから英語なんて学ぶ必要ない」といった。いい度胸だ。僕は「全然それでいいよ」と彼に言った。その子の親は資産家だったのでその子がどんなにクズな人生を送ろうとも野垂れ死ぬことはないだろう。

もしあなたに大した資産も親の加護も、経営者の才能もないのなら、これからの社会は厳しいことは覚悟しよう。

夢も希望もない話を延々として申し訳ない。しかし、グローバル化が真に意味するのは真の競争社会である。その世界戦では、海外の優秀な人材が濁流のように日本国内に流れ込み、あなたたちと一緒に職を奪い合うことになろう。なんのスキルもない日本人は外国資本が人件費を削減するため単純労働力と成り下がりはしないか、心配で仕方がない。

「別にグローバルとか興味ないよ。日本働くだけだから。海外は旅行で行くくらいでいいかなあ」というぬるい言葉をいつまで聞くことができるだろうか。

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