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推しのいる日々ーその20 黄色いスカーフとPuffyなお顔

 私の推しであるK君☆(あえて名前は伏せる)は人気K-POPアイドルグループのメンバーの一人。彼は私好みのちょっと面長なお顔とスマートで柔軟な身体を持つ心優しく真面目な好青年であり、ダンスの名手である。

 ひとたびステージに上がれば彼は実にクールでセクシーだ。その色気はもはや「けしからん」域に達していて、近頃では彼がパフォーマンスをするたびに世界の各地で若いお嬢さんたちがバタバタと気絶しそうな勢いすら感じられる。要するにとびきりカッコいいのだ。

 私がかろうじて倒れずに済んでいるのはこのところ女性ホルモンの分泌量が減ってるからだろう。悔しいが自然の摂理には逆らえない。

 そんなK君☆という青年の存在を意識するようになって以来、私は日ごと夜ごと彼の映像と画像を見て命をつないでいる。彼は私のビタミン剤、いやもはや必須栄養素と言っても良い。いつかコンサートで彼の名を思い切り叫んでみたいというのが私の密かに抱き続けている願望だ。

 そしてこのたびようやく、ついに、とうとう、待ちに待ったコンサートの日がやってきた。

 が、今回は「オンラインコンサート」なのでとりあえずは大人しく鑑賞せざるを得ない。私が熱烈にK君☆を推していることを家族は知らない。それでも「この日にオンラインコンサートを見る」ことだけは伝えた。「映像テレビに出す?」と聞かれたけれど、それは丁重に断った。そんなことをしたら自分の顔に責任が持てない。

 それに今回はお金の都合で「HDシングルビュー」という一番お値段的にリーズナブルなコースを選んでいたからわざわざ大きな画面で見るまでもないと思ったのだ。これまでもiPadの画面で見てきたのだから今回もそれでいけるはずだ。

 が、コンサートが始まると私は自分の選択を呪った。あれほど待ちわびたK君☆の晴れ姿が「小さい」「見えない」「映らない」だったから。マルチビューにすべきだったし、テレビで見るべきだったし、サウンドチェックの時間帯も絶対見た方がよかった。

 今日はその後悔と反省も含め、初めて本格参戦したオンラインコンサートの印象ベスト3をここに記しておこうと思う。

◎第三位 オンラインなのにオフライン仕様だった

 オープニングは以前にリーダーさんが「コンサートができるようになったら最初にこの曲をやりたい」と言っていた通りの激しい曲から始まったのだけれど「あれ?」と思うくらい熱気が高まっていかない。4月に配信で見たサンパウロでのコンサートがオープニングからものすごい勢いでボルテージが上がっていったのに比べると、今回は曲が粛々と進んでいくように見えた。

 理由ははっきりしている。観客が一人もいないからだ。6月のファンミーティングの時は会場にたくさんのモニターが置かれていて、彼らに熱狂するファンたちの姿が映し出されていたけれど、今回はそうしたフィードバックもなかった。それにオンラインコンサートだというのにステージもセットも全然オンライン向きじゃない。きっと彼らは元々今回のコンサートに観客を入れるつもりだったのだろう。
 
 しかも、今回はメンバーの一人T君がリハーサル中に膝を痛めてしまって、一人だけ椅子に座ったまま歌うという形式だった。二年ぶりのコンサートで、無観客の上にフィードバックゼロ、そしてメンバーが負傷。この状況でテンションを上げろといってもそりゃ難しかろう。

 いや、それでもセットリストは素晴らしかった(知らない曲が一つもなかった)し、舞台セットも演出も凝っていてきっと会場で見たら素敵だろうなぁとは思った。が、私のiPadでは見るものすべてが小さかった。大好きなK君☆の姿も本当に小さく映るだけ。これは完全に私の側の準備不足だった。

◎第二位 推しの黄色いスカーフが素敵だった

 今回のチケットは「サウンドチェック付き」と「コンサートのみ」があって私は後者を選んでいた。当日15時からサウンドチェック、コンサートの開演は18時半から。サウンドチェックというのが、コンサート前の準備のことらしいというのはわかったけれど、それを見る意味がよくわからなかったからだ。

 が、当日15時を過ぎるとTwitterに続々とK君☆の映像がアップされ始めた。サウンドチェックではなんとK君☆のラップで始まる曲、彼がメインで作詞・作曲した曲が使われたようだった。服装は黒のスウェットとゆったりしたパンツ、黒い靴と全身黒づくめ。頭には黒いニット帽を被り、顔には大きなサングラス、そして首元には黄色に黒の幾何学模様の入ったスカーフを巻いている。

 その姿で踊りながらラップをする彼の姿がとにかくカッコいい。ああ、なんということ!なんでサウンドチェック付きチケットを買わなかったのか、と私が地団駄を踏んだことは言うまでもない。そして、結論から言うとこの日一日の彼の衣装を含めても、この私服姿が一番私好みのスタイルだった。

 K君☆は自分に似合う服、自分をより素敵に見せる服をよく分かっている。今回は黄色いスカーフがなんともおしゃれだし、マフラーのようにさらっと巻いているだけなのにとってもカッコいい。

 Twitterお衣装探索班の皆様によると(今回はまた一段と特定するまでのスピードが早かった)このスカーフはグループがこの春から契約している某ハイブランドのものらしい。残念ながら私には手の届かないお値段であった。

◎第一位 推しのお顔がPuffyだった

 K君☆はコンサートの前に一枚のセルカを投稿していた。彼の写真(相変わらず帽子で髪は隠れている)には韓国語でメッセージが添えられていた。自動翻訳にかけると

「コンサートホール!!!!でもブイエッタ…」

 例によってまったく意味をなさない。この翻訳の精度はなんとかならぬものか。が、彼が伝えようとした言葉の意味はコンサートが始まるとすぐに明らかになった。オープニングに登場したK君☆にはある異変が生じていたからだ。

 お顔がむくんでる……?

 彼はプロ意識が高く日々体のケアと美容には余念がない人だ。まさかそんな彼のお顔がむくんでるなんてことがあるだろうか。でも、彼のお顔は今まで見たことのない下膨れホッペちゃんだったのだ。

 サウンドチェックの時は気づかなかった。というより、あれは気づかれにくいよう彼が注意していたというのが正解だろう。真っ黒で大きなサングラスと派手なスカーフにすっかり騙されていた。

 髪色は黒だった。こちらの方はむしろ予想の範囲内だったと言っていい。彼は以前から「次は黒の短髪なんてどうかな」と口にしていたし、秋が深まるにしたがって濃い髪色がまた恋しくなるものだから。衣装は白のジャンプスーツに映画「マトリックス」のキアヌ・リーヴスを思わせる変わった形のサングラスでめちゃくちゃクールだった。なのにお顔を見るとふっくらホッペちゃん。

 自己紹介でサングラスを外した推しの顔が冴えていない。目もいつもより小さく見える。彼自身も今日の顔の状態については不満だろう。

 そういえばT君の膝の不調が判明したのは昨日のリハーサル中のことだった。T君がパフォーマンスに参加しないと決まってから、彼らはもう一度リハーサルをやり直したに違いない。寝る暇はあったのだろうか。そうでなくても久しぶりのコンサートだ。興奮で眠ってないのかもしれない。

 ああ、なんてこと!彼の無念な思いと、それでも精一杯の笑顔とパフォーマンスを見せようとしてくれる姿を見て私は何かとても悲しい気持ちになった。結局最後まで私はそこから立ち直ることができなかった。せっかくのコンサートだったのに、私はいったい何を見ていたというのだろう。推しのふくらんだホッペ、それだけかよ。

 一縷の望みは、1ヶ月後にLAで開かれるオフラインコンサートがインターネット配信で視聴できると判明したことだ。次こそ、私は腰を据えて見る。気合を入れて観る。絶対に本気出して応援する。愛するK君☆がステージでキラキラと輝く姿を次こそこの目に焼き付けるのだ。

 手始めにあのデタラメな自動翻訳機能に別れを告げることにしよう。韓日翻訳はダメすぎる。SNSの設定画面を開いて私は翻訳言語を「日本語」から「英語」に変えて、推しのメッセージをもう一度読んでみた。

 Concert!!!! But My face is Puffy...(コンサートだ、でも僕の顔がふくらんでる)

 そうか、英語ではPuffyって言うんだね。何だか妙にかわいいじゃないか。「むくんでる」って言うよりよっぽどいい。これでまた一歩推しに近づいた。もう彼の言葉を見逃しはしない。

 きっとK君☆ならやってくれる。次のLAコンサートでは私をあっと驚かせてくれるに違いないのだ。それを信じて私は生き延びる。私が生きてる理由はただそれだけなのだから。

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