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いつか二人で祝杯を

居酒屋に入ってきた先輩は、明らかに泣き腫らした目をしていた。それでも、既に席で待っていた私を見つけるなり、いつもの笑顔を作って小走りで近づいてきた。

「ごめん、2時間遅刻だよね。……あれ、まだ飲んでなかったの?」

その先輩は、私より一つ年上の小柄な女性で、私と同じ学習塾でアルバイトをしていた。当時大学4年生。その日は第一志望の企業から最終合否の連絡を受ける日だった。仮名として、カオリさんと呼ぶことにする。

「カオリさんが来るまで、飲むのは待とうと思いまして。でも、焼き鳥とか頼んで食べちゃっていました。すみません」
「そんなに気を遣わなくていいのに。こちらこそごめんね」

化粧も落ちてしまっているカオリさんの表情から、合否の結果は推測できた。「受かったらお祝いパーティ、落ちたら慰めパーティね」と冗談っぽくこの会に誘われたのをふと思い出す。お酒を飲めない彼女からの夕食の誘いは極めて珍しかったが、密かに私が好意を寄せていたこともあって、私の二つ返事で決まったのだった。

「じゃ、飲もっか。ビールでいいでしょ?」
「はい、僕はビールで」
「私は緑茶ハイにしようかな」

思わず聞き返してしまった。

「実は私、お酒飲めるんだよ。気を許した人としか飲まないけど」

お酒を飲めることへの驚きよりも、「気を許した人」に仲間入りできたうれしさが胸に広がって、これから移る重い話にふさわしからぬ笑顔を浮かべてしまったのが、ひとり恥ずかしかった。

飲み物が運ばれてくると、カオリさんは堰を切ったように話し始めた。

就職活動がうまく運ばないもどかしさ。

第一志望の企業にかけていた思い。

最終面接での手応えのなさ。

そして、その日の夕方に知らされた不合格の失意。

翌年に同じ思いをするかもしれないという不安を感じながらも(そしてその不安は現実となったのだが)、私は一生懸命に話を聞いた。彼女は何度も大きな目に涙を浮かべた。「飲んだ勢いで言うけど」と何度も口にした。私は彼女の辛さを感じて、言葉に詰まることが何度もあった。

カオリさんは、結局最初の緑茶ハイを1時間半かけて飲みきった。彼女が本当にお酒を飲める体質だったのか、不明である。ただ、その夜の別れ際に発した彼女の言葉が忘れられない。

「一緒に飲めて楽しかったよ。お酒は、飲む相手が重要だね」

私も同感である。この夜のお酒ほど、身に沁みたお酒はない。二人にとって辛かったが、二人にとっていい時間だった。

(文字数:1000字)

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