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「ちゃんとプロレスしてるぜ」〜アクシデントを線に繋げた強みについて〜

はじめに

スタントマンやプロのレーサーでも、事故を起こした奴は、みんなもう一度、事故を起こした時と同じことをやってみる。それをやれないと、絶対に立ち直れないんだ。
おいらだって、オートバイで事故を起こした現場には、気持ち悪くてしばらく行けなかった。
でも、あそこに行かないと何も始まらないって思ったから、思い切って行ったんだよ。
逃げてるだけじゃ、延々と傷を背負っていくことになる。

ビートたけし『悪口の技術』 文庫版 177Pより


これは、ビートたけしのエッセイに登場するセリフである。
凶悪事件における「心のケア」に話が及んだ際、自身の経験(オートバイ事故etc)を交えながらコメントした内容だ。

学生時代、人間関係等の嫌な事から逃げがちだった私にとって、トラウマと向き合う旨を述べた著者のコメントは、まさに衝撃そのものだった。
怖くて踏み出せない一歩に、そっと勇気を与えてくれるように感じたから。

あれから十数年が経ち、ふと、このセリフを思い出す機会に巡り合った。




「ちゃんとプロレスやろうぜ」

2022.6.12に行われた、『サイバーファイトフェスティバル2022』
さいたまスーパーアリーナのバックステージで放たれた怒声から、約1ヶ月半が経過した。


この間、様々な事が動いた…。


遠藤哲哉のKO-D無差別級王座返上。

樋口和貞の『KING OF DDT 2022』優勝&KO-D無差別級王座戴冠。


禍根と波紋を生んだ対抗戦と、その後の流れを見て、私は確信を持って言い切れることがあった。

当事者たちは皆、「ちゃんとプロレスしてるぜ」と。


【張り手】というANSWERを提示した中嶋勝彦

2022.7.22に行われた、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会。

毎年恒例のシングルリーグ戦・『N-1 VICTORY』。

今年8月に開催するシングルリーグ戦を前に、この日のメインでは、出場選手6名によるタッグマッチが組まれることになった。


試合終盤、清宮海斗と中嶋勝彦の一騎打ちに…。

清宮がタイガースープレックスホールドを決めにかかるも、回避した中嶋が強烈な張り手一閃。
そこから側頭部へのサッカーボールキック→バーティカルスパイクを決めた中嶋が、見事に清宮から勝利を飾った。


サイバーファイトフェスで組まれたDDTとの対抗戦で、遠藤哲哉に見舞った張り手が賛否を分けた中嶋。

ただ、あのようなアクシデントがありながらも、強烈な張り手を用いつつ、根幹で"ちゃんとプロレスしている"中嶋の姿に、思わずゾクゾクした私がいる。

不謹慎な言い方かもしれないけれど、一連の出来事に対する、彼なりのANSWERみたいなものを感じずにはいられなかった。


対抗戦〜この試合の前まで、張り手そのものは繰り出していた中嶋だけれども、この試合で一層彼の凄みを感じた。

対抗戦という点を経て、張り手の説得力を線に繋げてきたところとか、特にそう…。


【張り手】がスパイスとして機能した、遠藤哲哉復帰戦

『恥をかいた人間にしか紡げないドラマがある』

2022.7.24に行われた、DDTプロレスリング・後楽園ホール大会。

この日は、『サイバーファイトフェスティバル2022』の対抗戦で負傷した遠藤哲哉の復帰戦。
上述のキャッチコピーは、対抗戦で敗戦を喫した遠藤の再起戦に付けられたものである。


復帰戦のカードは、『遠藤哲哉&秋山準&クリス・ブルックスvsHARASHIMA&坂口征夫&高尾蒼馬』の6人タッグマッチ。


復帰戦は、選手やファンが負ったであろう対抗戦の傷を癒し、負の面を洗い流すほどの力に溢れる内容だった。

そんな復帰戦を語る上で、個人的に外せないターニングポイントがある。
HARASHIMAと遠藤のマッチアップだ。

HARASHIMAの右ミドルキックをキャッチした遠藤の左頬に、HARASHIMAが強烈な張り手を食らわせたのである。

奇しくも、約1ヶ月半前に遠藤が欠場した時と、全く同じ箇所への技。
『恥をかいた人間にしか紡げないドラマ』と銘打たれた試合に投入される、強烈なスパイス…。

私はこのシーンを見て、カメラを持つ手が震えた。


HARASHIMAの張り手が放たれたのは、意図的だったのか、瞬間的だったのか、外野の私には知る由もない。

それでも、あの【張り手】が、復帰戦において重要な役割を担ったのは確かだ。
最大のトラウマを超える為のハードル、とでも言いましょうか…。

試合後にHARASHIMAが残したコメントも、感慨深いものがある。

「今回のことは遠藤にとっては、より人間味が増したというかプラスでしかない。」


まとめ

私は、正直なところ、『サイバーファイトフェスティバル2022』の対抗戦は点のままで終わってしまうのだろうと(勝手ながら)思っていた。

試合終了直後のアクシデントも考えると、このまま蓋をして、NOAHもDDTも日常へと戻る事も十分出来たし、それが一番平和な選択肢だったように感じたから。


しかし実際は、中嶋も遠藤も、それに関わる多くの関係者も、今回の傷を封印したり、慰め合ったりする方向には進まなかった。
寧ろ、敢えて厳しい局面を選択し、暗い話題にも逃げずに向き合った事で、今回の点を線へと見事に昇華した感すらある。

でも、あそこに行かないと何も始まらないって思ったから、思い切って行ったんだよ。
逃げてるだけじゃ、延々と傷を背負っていくことになる。

私の脳内で、今回の出来事と(冒頭で紹介した)たけしのコメントが何となくリンクしたのは、トラウマから逃げずに向き合う覚悟を見たのも大きい。

逃げずに向き合った人の姿は、他人の胸を震わせる。

今回の一件は、当事者や関係者が「ちゃんとプロレスしてるぜ」という事の証左であり、人がトラウマに打ち克つプロセスを垣間見る瞬間でもあった。

挫折やトラウマを超えた人は、強い。


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