見出し画像

”方舟"から教わった、『箱推し』と『選手推し』の楽しみ

はじめに

私はプロレスを見る時、『根無し草』である事を実感させられる。

『箱推し』と主張するには、あまりにも好きなものが混在しすぎているし、『選手推し』の方達のような熱量にも、遠く及ばないという自覚がある。


「色んな団体を見ている」事が、私には偉いとも思えない。

私の場合、「見ないことには評価も出来ない」事や、「色々見るのが楽しいし面白い」事が結果そうなったという感覚で、それ以上でも以下でもない。

一番偉いのは、どんな時でも団体や選手を応援し、支え続けている人達だと私は思う。

テイストが合わなくて行かなくなり、離れた団体が2~3箇所ある私には、『箱推し』に対して羨望の念すら感じている…。


そんな『根無し草』の私に、『箱推し』や『選手推し』の面白さを教えてくれた団体がある。

プロレスリング・ノアだ。

画像14


ドラマを追う感覚からのめり込んだ『方舟』

2017年頃から不定期に見ていたプロレスリング・ノアだったが、私が本格的に追いかけだしたのは、2018年の秋以降だったように思う。


丁度、清宮海斗が最年少でGHCヘビー級王座を戴冠した頃だった。

画像1


2019年初頭、リデット・エンターテインメント社がノアの親会社に就いた。


その辺りから、『杉浦軍』、『金剛』と新ユニットが生まれ、ユニット抗争が活発化していった。

画像2


偶然にも、方舟の新章に立ち会えた私は、連続ドラマを見るような感覚でノアにのめり込むようになった。

(下記は私のノア観戦記集になります)


コロナ前の2019年には、親やその知人を三沢メモリアルに誘ったり、


会場でノアファンの方がとガッツリお話する機会があったり、


「自分の行ける日程(私だと日・祝)にやっている興行を見に行く」感覚しか知らなかった私に、『箱推し』の面白さを教えてくれたのはノアだった。

画像3

画像13


観戦数も、2019年:18大会、2020年:20大会、2021年は21大会(記事執筆時点)と、年々『方舟』の虜になりつつある。

虜になったのは、団体だけではない。


杉浦貴が教えてくれた、『選手推し』の楽しみ


私に『選手推し』の楽しみを私に教えてくれたのは、ノアの杉浦貴だ。

画像11


プロレスが好きになり、物心ついた時期から何となく好きだった選手だけど、本格的に好きになったキッカケは2019年秋だった。


エディオンアリーナ大阪第1競技場で行われた、シングルリーグ・『N-1 VICTORY』優勝決定戦・『拳王vs杉浦』。

社員旅行等で訪れた事はあるものの、身銭を切って行くのは初だった大阪の地で、魂が震えるような激闘を目撃した。

画像4

画像6


その後、地方に遠征してプロレスを見る機会が増えた。


新型コロナウイルスの猛威が日本に迫りくる中、最後に会場で杉浦の名を叫んだ、2020年2月の名古屋(『杉浦vs清宮海斗』)。


アイスリボン後楽園ホール大会終わりに新幹線でハシゴした、2020年9月の高崎(『杉浦vs谷口周平』)。


コロナ禍以降、初めて仙台まで遠征した2021年7月の仙台(『丸藤正道vs杉浦』)。


振り返ってみると、私が遠征に行く最初の動機は、「杉浦貴の大一番を見に行く」事だった気がする。

画像6


以前であれば、自分の居住圏(千葉・東京・神奈川)が主体で、遠征は殆どなかった私のプロレス観戦にも変化が生まれた。

好きな選手は、観戦スタイルをも変えてしまうのだ。

画像15


まとめ

気になるカードや興行があれば行くけれど、特定の『箱推し』や『選手推し』という訳ではなかった私に、その楽しみ方を教えてくれたのはノアだった。

画像7

恐らく、今後何かの事情で、私がノア観戦、或いはプロレス観戦から離れてしまったとしても、この体験を忘れることはないだろう。


私は、今のノアが面白いし、大好きだ。

創設者である三沢光晴の事は、プロレスファンになる前から深夜のTV中継等で認知していたものの、正直なところ、私はそういった歴史には明るくない。

画像12

私の場合、古くからのノアファンが三沢に感じる思い入れやシンパシーみたいなものは、苦境の時期でも団体を盛り上げてくれた、今を闘う選手たちに向けられている気がする。

画像8

画像9


自分の中で、今ハマっているものが一番面白いし、楽しい。

その感覚は、今後も変わらないような気がしている。


好きです、今のプロレス!

画像10


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?