牡蠣鍋

【いつか来る春のために】❺ 三人の家族編 ④ 黒田 勇吾

「おお、光ちゃん、起こしてしまってごめんなぁす。おんちゃんは声だけがでかいのが取り柄なんだぁ」と言って笑いながら、
「なあに牡蠣だっちゃぁ。ようやっと夢川の浜にも希望が差し込んできたべぇ。夢川の俺の後輩が何やかやと頑張って、わずかばかりだけんども牡蠣が採れたんだってば。あそこでも牡蠣棚が津波にやられなかったところが少しあって、いくらか今年収穫出来たそうだ。それを分けてくれたんだ。美味えがら食べてみらいん」
「そすたら所も在ったのすか?よぐ採れだっちゃねぇ」と加奈子は驚いて牡蠣を見た。
「そうがぁ、有難いなぁ、奇跡の牡蠣だっちゃ」と美知恵も驚いて言ったあと、少し涙ぐんで目頭を押さえた。
「みっちゃん、海は俺だぢのごど、完全に見捨てた訳じゃないんだなぁって思った」そう言ったおじさんも少し涙ぐんでいた。おじさんの言葉に頷きながら加奈子が
「そしたら今日、牡蠣鍋にしましょう、ねぇお母さん。おんちゃんも夕方になったらもう一回来てけさいん」と言って美知恵を見た。
「加奈子さん、そうすっぺ。いろいろ語りながら牡蠣鍋で温まっぺし。酒もあるから」と美知恵は頷いた。
「そうが。それは嬉しいごって。ありがたいなゃ」康夫おじさんは涙目をちょっとこすった後、夕方また来ることを約束して帰っていった。
 加奈子に抱かれた光太郎は機嫌がよくなったのか、にこにこ笑いながら美知恵に手を伸ばしてきた。
「光ちゃん、なにぃ、おばあちゃんに抱っこしてほしいのかぁ」と美知恵は笑いながら光太郎のほっぺたを指で軽くポンと押した。光太郎はそれが面白かったのか、あはっと笑った。

 夕方、美知恵は夕食の鍋の食材を買いにコンビニに行った。ここの仮設は近くに大きなスーパーがない。まとめ買いをするときは蛇川地区の大手スーパーに車で行くのだがそれは週に一度と決めている。今日は予定になかった鍋料理になったので、いくつか足りない食材だけをコンビニに買いに来たのだ。白菜二分の一切れ。えのき一束。絹ごし豆腐二丁。それからしらたきを一袋。あとは日用品を買い足してレジに並んだ。夕食前になるとこのコンビニはとても混雑する。みな同じようにその日の夕食の買い物に来ているのだ。会計を済ませて入口を出ると、駐車場の隅で赤いバンダナをした男がタバコを吸っていた。バンダナの鈴ちゃん、だった。苗字が鈴木なので鈴ちゃん。美知恵が近寄って声をかけると、鈴ちゃんは片手をあげて笑った。四十歳になったかならないくらい。美知恵は鈴ちゃんの年齢を聞いたことがなかった。

              ~いつか来る春のために❻三人の家族編⑤につづく~~

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