石

【いつか来る春のために】㉔ 第二部加奈子の想い出編❹  黒田 勇吾

 再び歩き出して次の交差点を左に曲がった。通称 川通りの道。ここを百メートルほど行くと南流川にかかる内瀬橋がある。加奈子は交差点を曲がったところでまた足を止めた。一昨年の夏、祭りの日、ここで隆ちゃんが金魚掬いをやったんだよね。忘れられない場所。あの日二人で何気なく金魚掬いをしているのを見ていたら、隆ちゃんが、加奈子おれもやるから付き合って、と急に言いだして金魚掬いのおじさんにお金を払った。そしてしゃがみ込んでお椀のような最中で作ったポイで真剣に金魚を掬い始めた。見ていると赤い金魚には目もくれず、黒い大きな一匹の出目金ばかりを狙って必死になっていた。ポイが壊れるともう一回といってまたやり始めた。隆ちゃん、出目金は難しいってば、と言うと、うんと答えながら相変わらず一匹の大きな出目金だけを狙い続けていた。8回くらいでようやく目当ての出目金を掬った時には真剣な顔だった隆ちゃんが子供の笑顔になって、私に加奈子やったぜ、とVサインした。私は少し怒った顔をした。そんなにお金を使って、と私がぼやいたら、ハハハと笑ってビニールに入った出目金を見つめた。それから内瀬橋を渡って森石漫画館に到着したとき、何をするのかと思ったら、漫画館の向こうの広場まで私の手を無理やり引いて、川のほとりでしゃがみ込んだ。そして私に言った。夕闇が迫っていた。たくさんの人が夜の花火大会を見るための場所取りをしていた。
「加奈子、この出目金ね、さっき俺が見たとき、私を掬ってと話しかけてきたんだ。それでこの子をあの狭い水槽から救ってあげたってわけ」
「隆ちゃん、出目金が話すわけないでしょ」と私は呆れて隆ちゃんを見た。
「いや、確かに俺を見上げて、私を助けてと話しかけてきたんだ。この出目金は雌だった」私は思わず噴き出して笑った。そんな私のことは気にも留めず、南流川のほとりまで下りていき、出目金をそっと水辺に逃がした。そのあたりを出目金は泳いだ後やがて見えなくなった。それを確かめた後で振り返り、満足そうに私を見つめて少し真剣な表情で隆ちゃんは言った。
「何か大切なことをするときは、善いことをやってから行うと必ず成功するって、おじいさんが言ってた。それを今しました」
「え、これから何か大切なことをするの」私が訊ねたら、あとでわかります、加奈子、もう少しその辺を歩くべ、と私の手を握った。その夜、花火が上がっている空の下で隆ちゃんは私にプロポーズをしてくれた・・・
 加奈子は金魚掬いをした思い出の場所からゆっくりと内瀬橋に向かってまた歩き始めた。ここは一方通行で狭い道。端っこを歩きながら光太郎に話しかけた。光ちゃん、今からお母さんがプロポーズされたところに行くからよく見といてね。ベビーカーの光太郎に話しかけたら、いつの間にか眠っていた。あら、と思いながらかけている毛布をそっと直した。光ちゃん、寝てたら見れないですねぇ、と呟きながら加奈子は川瀬通りの交差点を渡って内瀬橋の緩い坂をのぼった。橋は50メートルほどのスロープになっていて真ん中が少し高い。目の前の右手に漫画館があって、そこは南流川の河口にある中洲になっていた。プロポーズされた場所は漫画館の左手の中州の神社だったところ。畳屋さんの横の坂を下りていき、すぐに突き当たりの狭い神社があって、そこであの日花火を見ながら告白された。

          ~~㉕へつづく~~

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