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【いつか来る春のために】㉖ 加奈子の想い出編❻ 黒田 勇吾

外に出ると、日差しが少し翳って雲が多くなっていた。加奈子は早足になりながら漫画館の向こうに向かって行き、そこにある椅子に腰かけた。ベビーカーのストッパーを押して動かないのを確かめてからボックスから小さな直方体の手作りの灯篭を出して、そこに準備してきた手紙の封筒を入れた。手紙には、プロポーズの時に指輪の箱に巻かれていた金のリボンを巻いてきた。光ちゃん、ちょっと待っててねぇ、と声をかけてから、加奈子は水辺の近くまで階段を下りてしゃがみ込み灯篭をそっと川に浮かべた。薄紅色の紙づくりの小さな灯篭がゆらゆらと揺れながらゆっくりと川下に流れ始めた。加奈子は立ち上がって流れていく灯篭に向かって手を合わせ祈った。
(隆ちゃん、ありがとう。幸せな思い出をありがとう。光太郎は元気に成長しています。お母さんもずいぶん元気になりました。あなたに最後の手紙を書きました。どうぞ読んでくださいね。私と隆ちゃんの思い出と、あの日のことと、これからの私の思いを書きました。どうかいつまでも光太郎と私とお母さんの三人を見守っていてね)
 そうして加奈子は川面を下流へと遠ざかっていく灯篭を見つめて溢れだそうになる涙をこらえた。灯篭は昼の光に照らされて時折きらきら輝きながら、揺らめいてやがて小さくなっていった。
 加奈子はしばらくぼうっと立っていたが、不意に目をきつく細めて川下の灯篭を睨み返すと、意を決したように振り返り、ベビーカーのあるベンチへ歩き出した。

           加奈子の手紙
 前略、隆ちゃん、元気ですか。もうすぐお別れして一年が経とうとしています。今仮設住宅のお部屋ではあなたの子供、光太郎がすやすやと寝ています。こうしてあなたに手紙を出そうと思ったのも、あなたがいなくなってからの激動の日々をあなたにご報告することと、あなたとの忘れ得ぬ二年あまりの日々を心の中で整理して、新しい出発をしようと思ってペンを執っています。

           ~~㉗へつづく~~

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