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【初愛】~君に捧ぐいのちの物語~③

 活動開始

翌日の午前10時過ぎに、『待ち合わせ』の一階で、田辺と大宮久美と美瑠と菜月が打ち合わせをしていた。
 昨日の話の確認と今後の二人の活動の方向性が話し合われていた。みやくみは数枚の書類を見ながら話し始めていた。

「昨日の会議で決まった話だけど、菜月さんと美瑠さんはなべっちにしっかりとネットビジネスの基礎について勉強してください。ネットビジネスと言っても、ブログアフィリエイトですから、割と地味にコツコツやる感じです。最初は、こんなんで収益あがるのかな、と思いますが、なべっちに教えてもらえば、早ければ来月から収益が出るようになります。実際にお金が振り込まられるのは2か月先ですが、やがて金額も増えていきますので、がんばって。それがこれからの活動の財政的基盤になります。収益がなければ復興支援どころじゃなくなるからね。
 震災1年目の頃は世界中から様々なご支援をいただきましたが、いつまでも他人様のご支援に甘えていくわけにはいかないの。
自分たちの手で自分たちの街を再生するの。それが本当の復興につながるからね。
 それを前提としながら、私のひまわりチームのメンバーとして、活躍していただきます。
 今年からひまわりの植える場所とか再度検討しなくちゃならないから、そちらはじっくりと取り組みましょう。苗を植える5月までまだ時間は十分あるから、最良の道をみんなで探りましょう」
 
「ひまわりの種はもう準備しているんですか」菜月が尋ねた。
「5万粒は確保したけど、今年はどれだけ植えられるかまだ分からないわね」みやくみが応えた。
「震災の年は20万本植えたんだけど、市の管理地の関係で、植えられるエリアが今年からずいぶんと制限されるようになったの。ひまわりプロジェクトの今後の展望をよく考える必要があるのね。これが震災5年目の現実かな」
「いろいろ難しいことがあるんですね」美瑠が頷いた。
「あのう、基本的なことを聞いてもいいですか?」菜月がみやくみを見た。
みやくみは二コリ、としながら、どうぞ、と言って腕を組んだ。
「リライブプロジェクトをそもそも始めたきっかけって何なんですか」

いい質問だね、と田辺が応じてみやくみを見た。
みやくみは田辺を見て、頷いてから話を始めた。

「震災があって、春べえとなべっちは津波被害で住んでたところが全壊して、すぐに浜田中学校の体育館の避難所に移ったのね。わりと内陸の津波が来なかったところ。私の家は何とか無事で、でも二人と連絡が取れたのが震災から3日後。それから私も避難所に合流したの。その間にいろんな悲しいことが起きていて、うん、皆1か月ぐらいは、生きることや避難所の運営とかに没頭してて、何も考えられなかった。
 4月になって心が少し落ち着いてきたころに、3人で話し合った時に、この瓦礫に埋もれた牧野石の街を、奇麗な花で埋めてみない?と私が提案したの。最初は春べえもなべっちも乗り気じゃなかったんだけど、とにかく何か行動を起こそうということで、『ひまわりをこの夏に20万本咲かせようプロジェクト』ってのを立ち上げて、地域の皆さんや友達にもたくさん手伝ってもらって始めたわけ。
 京都から背丈の大きくならない品種のひまわりの種を大量に仕入れて、毎日牧野石の道路沿いのいろんなところに手分けして植えていったの。とにかく花でこの街をいっぱいにしたいという想いだけだった。
 やがて瓦礫だらけの街が少しずつ整備されていって、あちらこちらの道路沿いにひまわりが咲き香った夏は、本当に気持ちが高揚して、そこらじゅうをみんなで歩きながら、笑ったり、泣いたり。
 私たち3人とも失職していたから、何もすることなかったのよ」
みやくみは一気にそこまで話すと、菜月を見て微笑んだ。菜月はその先を聞きたそうにしながら頷いた。
「そしてこの花を毎年植えて、復興のお手伝いをみんなでしていこうと決めたの。だいたい若いメンバーが中心になって進めていったわ。
 それからもう一つは、復興支援コンサートというイベントを始めて、牧野石だけじゃなく、宮城県のいろんなところに招かれて、1年間やったの。全部で24会場でやったわ。歌は春べえが作詞作曲したものを歌ったの」
「え、春べえさんすごいですね。ボーカルは誰でしたか」
わたし、とみやくみは照れながら自分を指さした。
「みやくみさん、歌が上手なんですね。羨ましい」美瑠は拍手をしながら感動しているようだった。田辺が話を続けた。
「みやくみと春べえと俺たち3人とも吹奏楽部だったから、割と音楽は何でもできたんだ。春べえはアコーステックギターの伴奏が上手い。僕はアルトサックスで泣きの間奏。みやくみはキーボードを演奏しながら歌ったんだ。なんかあの頃を思い出すだけで泣けてくんなぁ」
みやくみは、うんうん、と頷きながら美瑠と菜月を見た。

「中学校や高校の時の文化祭なんかで、演奏経験があったの。それが生かされたんだよね。私はもともと4歳の時からピアノ習っていたので、それまでいやいやでもやってきたことが全部生かされてきたわけ。この世界に無駄なことなどないんだなぁって思ったわ。春べえが創った歌は、5曲ともちょっと悲しい歌なんだけど、ちょうどあの時期にぴったりの歌だったなぁと今は思う」
「春べえさん、作詞作曲ってすごい」菜月が感動した風にみやくみに言った。
「それを今年の秋にまた大々的にやるんですね。それは会議でも大賛成しました。私も大学時代、バンドのボーカルやってたんですよ」菜月が興奮して言った。
「マジですか。それはいいことを聞きました。みやくみとハモれればいい感じになりそう。みやくみ、いいんでねえがな?」田辺が尋ねた。
「早速検討事項にいれま~す。というか菜月ちゃんのソロを聴きたいわ」みやくみがペーパーにメモしながら菜月を見た。
「俺はコンサートをしていた時が一番楽しかったな」しばらくして田辺が何の脈略もなく呟いた。
「少人数の仮設住宅の集会所や百人以上来てくれた会場でもやったけど、みやくみの歌をバックで演奏しながら聴いていた時が一番幸せだったような気がする。
 なんていうかさぁ、心から涙が出てくるというか、その涙によって俺の心が浄化されていくのがわかった。演奏しながら客席を見ると聴いているみんながずいぶん泣いているんだよね。それはとても悲しいことなんだけど、その光景を見て自分の命がその涙で洗われていくように感じてた。そして泣きながら心は楽しんでた。不思議な感覚だった。俺何言ってんだろう、、」
みやくみが田辺の話を聞いて、しばらく考えてから話した。

「あれは、私の歌が上手かったからじゃなくて、春べえの歌が素敵だったからだと思う。春べえの歌は5曲とも心に染みてくるような不思議な力のある歌だったから、私も歌いながら何度も声が詰まりそうになったっけ」
 それはそうだなと田辺は頷いた。
「春べえは、高校の頃は恋の歌ばっかり創っていたのに、どうしてあんな追悼の歌が創れるようになったんだろう」
「それはさ、ほら、いろいろあったから。春べえがいつか言ってたことある。あの5曲は全部避難所にいたときに創ったらしいわ。春べえ、いつも避難所の学校の体育館の裏で、一人でいたじゃない。なんかいろんな本を持って読みながら、原稿用紙にいろいろ書いてたでしょ。たぶん万里江ちゃんのことかなぁと思ってそんなときは声をかけないで、そっとしておいたんだよね。なんか海外の詩人の本とか、宗教書とか読んでたようだった。余計に声掛けずらかったし、慰めの言葉なんて見つからなかった。でもあの頃、春べえは歌を創ってたんだよね。亡くなったいろんな人のことを思って、、、そうそう、一つ覚えているのが日本の小説家の話をしてたことあった」
美瑠ちゃんも菜月ちゃんも、宮本輝さんって作家の本読んだことある?みやくみはじっと自分と田辺の話を黙って聴いている二人に尋ねた。二人とも首を振った。それを見てみやくみはまた話し始めた。
「宮本輝さんの小説で、『錦繡」という本があるのね。その中の主人公のセリフにこんなのがあるの。ええと、こんな感じ。『生きていることと死んでいることとは、もしかしたら同じことかもしれへん』私も春べえに教えられてその小説読んだことあるんだ。主人公の女性が呟いているの。私もこのセリフには、あの当時考えさせられたわ。春べえはこのセリフを読んで、それまで亡くなった方々のことを悲しんでばかりいたけど、なんか自分の心の色が変わっていったんだ、このセリフを読んでから。そう言った春べえの気持ちが私は少しわかったの、なんとなくわかったの」

「俺もその話は春べえから一度聞いたことある。俺はなんか難しくってあの当時は納得いかなかったけど、今は春べえの気持ちが少しはわかる。俺たちは間一髪で津波から逃げられた。そして生かされた。でも多くの方は海に持っていかれちまった。万里江も海に持っていかれた。そして帰ってこない。でもやがてもしかしたら俺たちのそばにもう帰ってきてると思うようになった。いのちは、永遠にこの世界に生々流転してるって思うようになった」いつの間にか田辺は涙を流していた。そして椅子から地べたにしゃがみこんで大泣きになった。美瑠も菜月もただじっと見ているしかなかった。

椅子から立ち上がって、田辺の横に行って、みやくみが田辺の背中をさすった。そして二人を見ながら言った。
「なべっちってね、はじめの印象はカタブツで、結構人の気持ちを踏みにじったりするような冷たい人に見られるけど、仲間4人の中で一番泣き虫なの」その言い方は、いじめられた弟を介抱しているお姉さんのようだった。二人とも頷きながら、優しく田辺を介抱しているみやくみを尊敬するような表情で見ていた。
「大丈夫だ、もう泣かないから」田辺はみやくみにありがとう、と言ってからまた席に着いてポケットからハンカチを出した。みやくみも席に戻ってまた話し始めた。
「そうやって復興支援コンサートをしながら、ひまわりプロジェクトで市内を回りながら思ったの。この活動をずっとやっていこうって。少なくとも10年は続けようって増えてきた仲間たちと誓ったの。そして4年間やってきた。いろんなことを被災地の一部の方々からも言われたわ。そんなことやっても、もうこの街は元に戻らないって。もちろんいろいろと協力して活動を応援してくれてる人もいっぱいいるのよ。
 ただ私はこの4年間、いつも心にあったのは、万里江のことともう一つ。亡くなった妹がまた帰ってきますようにっていう願いかな。そう願いながらずっとやってきた」
「みやくみさんの妹さんも津波で、、」美瑠はそのあとの言葉が出なかった。
みやくみは小さく頷くと、
「妹のことは、また今度話します。とにかくこの4年間の活動の足跡っていうか、私たちがやってきたことを、二人に話しておこうと思って。初めが肝心だから」みやくみは微笑んで二人を見た。

「そしたらみやくみ、話はこれくらいにして、11時から始まるビジネス講義の準備、始めようよ。2階の講習室のセッティングするから俺行くね」田辺はそういうと、階段を小走りに昇っていった。
「なべっち、暖房は強めにしておいてね。今日は普段より寒いから」みやくみは立ち上がって、二階に昇っていく田辺に声をかけてからまた椅子に腰かけた。そして持っている袋から、何かを取り出した。小皿、スプーン。
そして1階の小型冷蔵庫を開けて、シホンケーキをひとつずつ取り出して小皿に置いた。それを菜月と美瑠の前にひとつずつ置くと話し始めた。
「10時のおやつにはちょっと遅れたけど、皆で食べましょ。万里江が好きだったケーキ。万里江のうちに遊びに行くと、よくご馳走になったの。あなたたちもこのケーキの味を楽しんで。このテーブルに万里江がいると思って」
 みやくみは手を合わせてお祈りの格好をした。美瑠と菜月もあわてて手を合わせ、目を閉じた。
みやくみは、さて、と言いながら、食べ始めた。美瑠も菜月も遅れて食べ始めた。
「これを食べたら、二階で本格的な勉強開始しましょ。二人とも万里江のことは知らないから、無理やり祈っていただいた感じだけど、これで二人とも私たちの正式な仲間になったの。このリライブプロジェクトの新規参加者はシホンケーキを食べて、初めて正式なメンバーになるの。私たちは万里江とともに活動をしてるって意味に取ってくだされ」食べ終わったケーキ皿をもって立ち上がりながら、二人にお礼をした。菜月も美瑠もいろんな想いを抱きながらケーキを黙々と食べていた。

          ~④に続く~

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