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桃より赤く
お気に入りのソファに身を沈めてスクリーンをセットする。
この前別れた彼が私にくれた観葉植物は、あっという間に成長した。
サボテンさえ枯らしてしまう私が、こんなにも青々とさせた鉢にさせるなんて奇跡としか言えない。
あの部屋に行くことはきっともうない。
だけど、夢のような一室だった。
10畳ほどのワンルームに所狭しと並べられたモンステラやアンスリウムは、入った瞬間にどこでもドアで密林にでも迷い込んだかのようで。
「いい景色だったなぁ…。」
キャンドルに火をつける。
最近買ったばかりのお茶を淹れてお気に入りのチョコレートとともに映画を見るのが私の至福の時間だ。
菫に応援して別れたと言ったのも本当。
歴代の彼氏を考えても長続きした方だと自分でも思っている。
「社交的だしかわいいし、絶対モテるでしょ。」
「彼氏とっかえひっかえ出来て羨ましい。」
何度言われたかわからないセリフは、私からすると無意味なものなんだ。
自分の時間を大切にするために、恋愛しながらも結婚をしない選択をするのは、わがままなことなんだろうか。
きっとその先もそんなことができるなんて思っていない。
見た目がいいからって、恋愛を常にしているなんて誰が決めたんだろう。
社交的かどうかなんて、私にはどうでもいいことの一つでしかない。
昔からキラキラしたものが苦手だった。
母がかわいいものを押し付ける。
回りがふんわりした私を求めて応えていた。
誕生日に毎年もらうかわいいぬいぐるみやドールハウスの数々は、私に苦笑いを教えてくれた。
我慢できなくなって高校生の頃長い髪をバッサリ切った時、周りの目が自分の事のようにがっかりしたのを今でも覚えている。
それなのに。
今着ているのはジェラピケ。30代で着ているのは痛いなんて言われてるらしいけど、肌触りの良いものは持っていたいとも思っている。
いつの間にか集まっている、甘すぎない可愛さが集まったこの部屋を崩れるのはたとえ彼でも嫌だった。
大判のブランケットにくるまった至福の時間は、きっとあの部屋では味わえないし、彼もきっと私の部屋では落ち着かない。
あの部屋にあったアイビーのつるが私の足の小指に絡みついたとき、私はもう終わりだと思った。
こんな小さなことで終わりになるなんて夢にも思っていなかっただろう。
私も、思ってなかった。だけどこの小さな違和感が、今までの恋愛だってダメにしてきていたんだ。
大きなスクリーンの中では、私の半分ほどの年齢の女の子が広い田園を歩き回っている。こんなにも縛られないシーンを、私は経験したことがない。
今この時だって、ひっきりなしにスマホが鳴り続けている。
「ごめん、寝てた」
一時停止した瞬間にヒステリーに叫ぶ母に当たり前かのように嘘をつく。
本当ならこの電話だっていつかは途切れてしまえばいいのにって思ってたのに。
じわじわと私の中に私が流れ込む。
スクリーンの中の女の子と目が合う。
”もうやめちゃえよ。”
鍵を開けてベランダに出る。
「ねぇ!ちょっと聞いてるの!あなたの思ってることなんて…」
分かってるよ。
まっすぐに突き出した腕の上に満月が輝いてる。
そう、もうやめるの。
手を離す。みるみるスマホは小さくなっていく。
なくなるのなんて一瞬なんて言うけど、これは本当かもしれない。
私が現代人の相棒と再会したのは次の日の朝。
粉々に砕けた私の相棒ともいえるスマホは見事なまでに使い物にならなくなっていた。
「朝のリラックスタイムに一杯いかが~?」
「ありがとう。香りからして助かるわ。」
コーヒーを口実に話しかけると、私にとっては香りよりも助かる菫が笑いかける。
「昨日どうしたの?電話繋がらなかったよ?」
「あ、ごめんね、大破しちゃった。」
困惑しながらも詮索しない彼女は、その理由を知らない。
「ねぇ、帰りにスマホショップ付き合ってくれない?」
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