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同じところに留まり続けるグルグルドーナツ思考の罠から抜け出した朝

まだ、もうちょっと眠い、寝ていたい・・・

グルグルドーナツ思考の罠に気づいたのは、眠りから覚めてもまだ寝ていたい、そんな微睡みの最中だった。

グルグル回る思考に意識がただただ囚われ続けている。

一見、面白おかしそうな興味をそそられる内容だから、ついつい意識が「何?何?何を言っているの?」と向いてしまう。

その内容に入っていき、「ふんふん」とついていくが、内容が、無いのだ。

どこまでついていっても、同じところをグルグルと回っている感覚に見舞われ、どんどん頭が重苦しくなっていく。

「なんなんだ、この生産性のない思考は?
付いていっても、時間ばかりが無駄に過ぎていくだけで、何も得られないじゃないか。」

頭が鉛のように重くなって、エネルギーが消耗していくのがわかる。

「もう、ウンザリだ!これ以上、時間を無駄にするのはやめた!」

と決めて、目を開けてベッドから体を起こす。

どれだけの時間が経っただろうか。

少なくとも小一時間は優に過ぎているに違いない。

つまり、それだけ、グルグル同じところを回る生産性のない思考に、限られた人生の貴重なエネルギーと時間を費やしてしまったということに、私はやっと気づいた。

「ずっと同じところでグルグル回って、人生が止まってしまっているの、わかっているよね?」

何度か、こう人に指摘されたことがある。

人生が停滞してしまっている自分には、とっくのとうに気づいていた。

停滞してしまっていた人生に動きをもたらし、活性化しようと、思いつくアクションは全て取ってきたつもりだった。

それでも悶々として霧が晴れないように鬱積した時間が流れていた。

時間とお金とエネルギーだけが消耗されていく、そんな焦燥感。

周りのみんなが幸せそうで恨めしくさえなり、自分がどんどん惨めで貧しく意地悪になっていくのがわかる。

表面的にはどんなに繕っていても、心の底にある淀んだエネルギーを敏感に察知する人は、どんどん離れていくのがわかる。

そんな時だった。

これか、私の人生が停滞している真の原因は。

グルグル同じところを回るドーナツ思考に囚われていたからだ。

気付いたということは、その創造から抜けた、ということだ。

私はベッドから起き上がり、モーニングルーティーンの統合をした。

360度のフルスクリーンを抜け、夢の次元で使った周波数を統合し、そして、頭の周りに土星の輪のように回っているドーナツ思考を統合した。

あまりに滑稽で笑ってしまうのは、このドーナツ型思考も、私という創造主が創り出したものなのだ。

これまでは、このドーナツ型思考にコントロールされていたが、創造の外に出た私は、コントロール下から抜け出したことになる。

ベッドから起き上がったものの、まだ眠気が残っていた私は、もう一度ベッドに潜って、実験をしてみたくなった。

今度は頭の周りにあるドーナツ型思考ではなく、みぞおちに意識を向けながら寝ることにしたのだ。

無努力でスッと意識をみぞおちに向け、呼吸に意識を集中してみた。

ところが、一分も経たないうちに、いつの間にか思考に囚われているのがわかる。

思考に足元をすくわれるとは、こういうことか。

そして、また意識をみぞおちに向ける。

「私は本当に何がしたいのか、教えてください。」

みぞおちは魂の中心。

自分の魂の中心に答えを求めた。

すると、施術ベッドのビジョンが浮かんできた。

あぁ、そうか。

私は、自分のリビングに置いてある施術ベッドを思い出した。

途端にワクワクしてきた。

私は、アクセスバーズの施術がやりたいのだ。

これにワクワクするのだ。

なんだ、もうすでにやっていることじゃないか。

これをこのままやり続けていけばいいんだ!

同じところに留まり続ける生産性のないドーナツ思考から意識が抜け出た途端、人生の詰まりから抜け出たようにスッキリした。

グルグルドーナツ思考は、ただその存在のためだけに私の注意関心を引き寄せ続けたいだけなのだ。

私の注意関心だけがグルグルドーナツ思考のエネルギー源で、それは自分が生き延びることしか考えていない。

私は、グルグルドーナツ思考にどれだけの人生の時間とエネルギーを注ぎ続けてきたのだろう。

私の人生は、グルグルドーナツ思考のためにあるのではない。

私は、私の人生を生きると決めた。

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