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吉田美奈子『扉の冬』(1973)

アルバム情報

アーティスト: 吉田美奈子
リリース日: 1973/9/21
レーベル: Showboat/ Trio(日本)
「50年の邦楽ベスト100」における順位は80位でした。

メンバーの感想

The End End

 直前に聴いていたウェイン・ショーターの「Native Dancer」と全くシームレスに聴けてしまった。録音が非常に良い。アコースティックドラムとリズムボックスを左右に配置することによるハイハットの広がりが心地よいし、生ドラムのみの曲も、ドラムが中央ではなく“周辺”にいるようなミックスが面白い。
 個人的には「綱渡り」がフェイバリットだった。後半のポリリズムはかなり狂気的だし、確信犯的に差し込まれるフュージョンみたいな音のギターも可愛い。全体的に“経済”を感じないプリミティブな歌唱なのも好印象だった。
 常々「ベクトルが下に向いた暗い音楽じゃなくて、“ただ低い位置にいる”暗い音楽が好き」と言っているのだけど、これはまさにそれかも。私の生活に入ってきそうなアルバム。

桜子

 ”週末”で”あの時の愛へ もう一度戻りたい”というメロディがハイになる切なさが美しい。
 歌声の高音が本当に綺麗で澄んでいて...
 あと綱渡りのアウトロのパンの動きもめちゃカッコイイ!この時代からこんなことやってたんだ!

俊介

 フォークに対する解像度が低いので他のフォーク系の名盤との差異があんまりわからない。
けど、ほかのアルバムより遊びの部分が多い印象。異様な音の距離感とか、よく分からない展開に続いたりとか。
退屈なのにきいてて飽きない。変なアルバム。

湘南ギャル

 ジャンル分けをするなら確実にJ-POPなんだろうが、こんなにもエキゾチックな魅力があるのはなぜなんだろう。要因は何個かあるんだろうが、今わたしは吉田美奈子の歌い方についてしか考えられない。どう動いていくかわからない節回しは、聞き慣れた単語にすら新しい響きを持たせる。本当に無理なお願いだということは承知なのだが、吉田美奈子さん、この世のすべての曲をカバーして聴かせてくれないだろうか。想像しただけでワクワクが止まらないし、想像を超えてくることを想像してまたときめく。

しろみけさん

 掴めない声。バックバンドがキャラメル・ママだからだろうか、どうしても同時代のユーミンとの歌唱法の違いにばかり耳が向かう。ユーミンが言葉の一つ一つをバッツリ切りながら発音するのとは違い、吉田の発音は前後の言葉にそれぞれ引っ張られながら、母音が伸び縮みしてグルーヴを生み出している。「綱渡り」のAメロや「変奏」などは、舌足らずな吉田の声自体が線毛のように揺れてミクロなダイナミズムへと誘っているかのようだ。汎邦楽的なユーミンとは全く逆の魅力がある。

談合坂

 オープニングバージョンでも十分に仕上がっているアニソンを、89秒サイズの先で遊びまくっているフル尺で聴いたときと似たような感覚でした。アルバムが進んでいくほどに一曲一曲の丁寧さに対して単純な驚きが塗り替えられていくような。

 なるほど、「ひこうき雲」と双璧をなす作品で、キャラメルママが演奏をしているという。へえっと思って聞いたら驚いた。どこまでも声が伸びる。ソウルフルだ。同時に印象深いのが静謐さで、演奏の温度感と「待ちぼうけ」で見せるような冷たい歌唱がその印象を作っている。似たような質感の作品がオザケンの「eclectic」か。熟したグルーブとハッとする程聴くものを突き放す瞬間が同居している。

毎句八屯

 ファンキーで朗らかな曲調に高らかなブラスに包まれながら始まる一曲目。芯がありつつ透き通る声から繰り出される歌詞はサウンドとは対照的に暗がりの内容ばかり。序盤まだ押し込めていた胸の内は、「綱渡り」であまのじゃくな心情を吐露してから、徐々に空元気な虚勢すら張れなくなり、悲しみを叫ぶ。グラデーション的に本心がどんどん表面化していく、そんなアルバムに感じた。当時のシーンを担う中でさまざまな感情を抱いているであろうキャラメル・ママがバックを務めたことも心情や描写の音楽的な投影に一役買っているだろう。

みせざき

声としてはストレートだけどしっとりとした質感を持っている点や、また声の伸びがものすごいという印象を受けました。「外はみんな・・・・・・・」での管楽器のアンサンブルや、バンドサウンドの中でさり気なく鳴っているカッティングギターなども作品の中で自然な調和ができているなと感じました。歌詞も含めて聴いてみると、全然共感したとか、納得したという感覚にはならないですが、ぼんやりとした、どこかノスタルジックな雰囲気を後に残してくれるような気がしました。

和田はるくに

 扉の冬なんて書いてあるが、一曲目から楽しいぞ、これ。冬というよりかは、ちょうど今頃(3月中頃)みたいな、暖かさが目の前に見てきたワクワク感がある。リズムボックスの併用が心地よい「待ちぼうけ」や、後ろ向きな歌詞とは正反対に堂々と歌い上げるタイトル曲「扉の冬」に始まる。「ねこ」で暗くなりかけても、そこから先はやはり冬の空気というよりかは、せめて小春日和である。文字通り「綱渡り」な譜割の歌唱にブルージーさを感じたり、「ひるさがり」の昼の静けさって仕事で家を空けた人達の帰りを待つ街のことを言っているのだろうかと憶測したり。音色に風景があるし、歌詞が説明しすぎないから空白に居座ってあれこれ考えられる、じっくり聴ける内容だと思います。
 昔から吉田美奈子のCDは家にあって、微妙にうすくら〜いジャケで判断して聞かずにいたが、ここに来て大きな収穫。これからはこの季節になったら毎年聞いちゃうかも。

渡田

 前評判でも聴いていたけれど、ユーミンと少し似ている。ただユーミンほど垢抜けてはいない印象。歌い方や歌詞からそう感じさせられた。声の雰囲気は同じでも、ユーミンのようなはっきりした声の出方ではないからか。あるいは、歯切れの悪い内容の歌詞がそう思わせるのかもしれない。
 素直な感想としては、前向きのようで前向きでないアルバム。それぞれの曲の歌詞からもそう感じたし、暗くなったと思ったら急に爽やかになったり…そういった乱高下のある曲順からもそう感じた。気持ちを切り替える節目にあって、そのために自分自身色々やるのだけれども、どうしても後ろ髪引かれるのを振り切れない感じ。この感じが春らしいのかもしれない。

次回予告

次回は、サディスティック・ミカ・バンド『黒船』を扱います。

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