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Billie Holiday『Lady in Satin』(1958)

アルバム情報

アーティスト: Billie Holiday
リリース日: 1958/6
レーベル: Columbia(US)
「『歴代最高のアルバム』500選(2020年版)」における順位は317位でした。

メンバーの感想

The End End

 一番最初に出す感想じゃないのは分かっているのだけど、深いエコーのかかったコーラスがめちゃくちゃシンセサイザーみたいな音で、ストリングスと溶けあうことで本当に美しい景色が生まれていて感動した。
 どの曲のそれももちろん素晴らしいが、「Glad to Be Unhappy」の歌唱は特に流し聴きしていてもスルーできない魔力を持っていると思う。気がつくと歌声ばかり追いかけてしまう。

コーメイ

 “なかなか飽きない声だな”。これが、このアルバムを聴いて最初に抱き、最後まで継続した感想である。ややしわがれている歌声と思ったけれども、「恋は愚かと言うけれど」の途中から虜になった。こうなると、ビリー・ホリデー、しめたもの。ロマンティックな映画のサウンドトラックのように流れていく演奏が、彼女の独特な声と合流する。この波に乗り、気付くと、最後の曲が終わっていた。引っかかりがある声色が、ここまで滑らかに私を運んでいく作用があるのだ。そのようなアルバムであった。

桜子

 壮大で、聴いていて満足感のある歌声。声が大きいとか迫力があるという意味で言っているのではなくて、長い物語をみた後の心の豊かさに近いものを得れるといいますか、そういった豊かさがこもっている歌声、音楽だと思います。経験や、それに付随する知識が、表情や表現となって現れているように感じます。

俊介

 オリジナルラブの「ラヴァーマン」聴きたくて検索した結果、彼女の「ラヴァーマン」が出てきてなんの気なしに聴いた高校生の頃が初めての出会いで、新しい類の悲哀の表現の仕方と、邦ロックに慣れてた耳がみつけた確かな感動に対する高揚感はすべて自分のものにした高一の夏。
 「Strange Fruit」に代表される自身の壮絶な生い立ちや人種に対する差別に、同じ時代に生きた同じ黒人であるリトル・リチャードとはまた異なった表現のアプローチの仕方が気になる。
 『Lady in Satin』みたいな大きなオーケストラの中でも、小規模でクローズドな音像の中でもひたすら魅力を余すことなく伝えてくれる彼女の歌声は、彼女の波乱万丈を伴って最高の気分にさせてくれます。いいですすごく。ありがとう。

湘南ギャル

 どんなに音量を大きくしたって、決して耳障りにならない。むしろ、彼女の声のコントロールがいかに繊細なものであるかが、壮大なストリングスからより際立って感じられる。
 目を閉じて聴いていると、夜空をゆっくりと飛んでいるようで気持ちが良い。ふわふわと風に流されるのではなく、行きたい方向まで自在に飛び回ることができる。綺麗な夢を見ているかのようだ。

しろみけさん

 優美なストリングスのバラード。それをメロウなものとして鑑賞すればいいはずなのに、背筋が交直してしまう。どれだけ噛んでも酸味と渋みしかせず、飲み込む寸前になって豆粒ばかりの甘味がほんの少しの間だけ口に広がる。ビターそのもののような声だ。僕はこの声と正体するにはちょっと若すぎるというか、自分がこれまでに味わったものとは到底比較にならないほどの艱難辛苦が歌の深い箇所に込められているような気さえしてしまう。このラブソングを自身の体験にトレースするなんて、とてもできない。歌うべき人が歌えば十分だと否応なく説き伏せられた気分、感服。

談合坂

 バンドに対してどの箇所でどう合わせて歌っているのかが全然つかめないけど、すごい安定感があるということだけはわかる。声が乗った瞬間に、これは聴かなければという意識がはたらく。楽譜などに変換された瞬間に崩れてしまいそうな、音を媒介にしなければ感じられない表現に溢れていて、レコード音楽の力がこれ以上なく発揮されているのを感じた。

 フルートや管楽器の音の一つ一つが豊か過ぎる。おまけに歌っている本人の声も喉にオーケストラを飼っているような響きの深さである。どこまでも広がっていく大地や海や空を思い出さずにいられない。良いマイクで空間自体を拾っているような響きがある。ビョークのアルバムの中に時折この頃のポップスを思い出すような曲があるが、すなわち鳴っている音や声自体の中にある神秘性を引き出すことで時代性を超えたものが出力されるということだろう。

みせざき

 レッド・ホット・チリ・ペッパーズのフリーがビリー・ホリデーのことを、「この地球上で一番のシンガーだ」だと評しており、実際に本作を聴いてみると、他のシンガーには無い音程の高低差の使い方、ありえないビブラートの繊細さ、また息継ぎや僅かな口の動きまでもが空気のように伝わる表現力は、確かに地球上最強と言っても過言では無いと素直に感じた。
 ジャズとは正に生の表現力であり、そこには偽りが一切無く音楽としての真髄が込められているものだと改めて感じた。このローリング・ストーンのリストではこのようなアーティストが現代ポップアーティストと同義に扱われてしまうが、それらは別次元として本来扱われるべきものであると強く感じた。

六月

 この人の代表作である「Strange Fruit」を聞いたとき、呪いの音楽かと思った。この歌が歌っていることを鑑みたとき、ある種それは間違いではないが。とにかくこの時代は"声"というものがどの楽器よりも重要な音として存在していたのではないか?と思う。最も原始的な楽器とも言える声によって人々を魅了する音楽は、今に至るまで連綿と続いているが、この人もそのうちの一つなのだろう。フランク・シナトラと同じく、あまりに大きな事物をそのなかに抱え込んでいることを除けば。このアルバムでの彼女の歌声は、先ほど述べた、初めて聴いた彼女の音楽よりも綺麗に聞こえるが、その沈痛さ、重々しさは一つも変わらない。

和田醉象

 ボーカルがめちゃくちゃうまい管楽器のよう。その息遣い、その声のブレに感動する。でも、少しでも余計にブレたら魅力的に感じなくなるんだろうな。恐ろしいまでの精度で狙い撃ちするスナイパーみたいな達人の腕前。だけど、おれにもこんな歌い方ができる日が人生に1日くらいあるはずだ。あってほしい。

渡田

 呟くような発声かと思いきや、そこから大きく伸びていく歌声からは、ミュージカルを見る時のような、特別な興奮と緊張を感じた。
 楽器の音は決してゴージャスではないけど、伸びやかに、豊かに、歌声を彩っていて、歌というものが常に舞台の上にあった時代、特別なものだった時代を思わせる。
 曲の構成に繰り返しがほとんどなく、一方通行の展開で進んでいるように感じた。こういう特徴からは、昔は音楽が映画や演劇といったものに近い存在だったんじゃないかと思う。

次回予告

次回は、Miles Davis『Kind of Blue』を扱います。

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